誰もが信じていたディープステート
まえがき
本作品はフィクションです。
作中に登場する人物、組織、国家、出来事などは、現実の存在を断定したり、特定の個人や団体を批判したりすることを目的としたものではありません。
「もし世界が、一人の支配者ではなく、人々の合理的な選択の積み重ねによって動いているとしたら」という仮説を、小説という形で表現した作品です。
どうか一つの物語として、お読みいただければ幸いです。
世界中の人々は信じていた。
アメリカには、大統領さえ逆らえない「ディープステート」が存在すると。
軍隊、情報機関、巨大金融資本、軍需産業。
その頂点には、世界を裏から支配する何者かがいる。
戦争も、金融危機も、景気も、選挙も、すべては彼らの描いた筋書きだ――。
そう語る者は少なくなかった。
新しく選ばれた大統領もまた、その存在を信じていた。
「私は彼らを見つけ出す。」
就任演説でそう宣言すると、国民は歓声を上げた。
極秘文書が開示され、情報機関の内部まで調査された。
軍の予算の流れも、巨大銀行の取引も、軍需企業のロビー活動も、一つずつ調べ上げられた。
しかし、何年調べても、世界を支配する秘密組織は見つからなかった。
そこにいたのは、自社の利益を守ろうとする経営者。
国家を守ろうとする情報機関の職員。
株主への責任を果たそうとする投資家。
国の安全保障を考える軍人。
財政を維持しようとする官僚。
誰も世界征服など考えていなかった。
誰も自分を悪人だとは思っていなかった。
それぞれが、自分の仕事を真面目にこなしているだけだった。
それなのに、不思議なことが起きていた。
戦争が始まれば、軍需企業の利益は伸びる。
軍需企業が伸びれば、投資資金が集まる。
市場が不安定になれば、安全資産へ資金が流れる。
安全保障上の脅威が増えれば、情報機関の権限と予算は拡大する。
誰かが命令したわけではない。
それでも、歯車はぴたりとかみ合い、一つの巨大な機械のように回り続けていた。
大統領は気付く。
敵は秘密の会議室にはいなかった。
誰も命令していなかった。
全員が、それぞれの立場で「最も合理的な選択」を積み重ねただけだった。
その結果、まるで巨大な意志が存在するかのような社会が生まれていたのである。
大統領は最後の報告書に一文だけを書き残した。
「ディープステートは確認できなかった。」
国民は歓喜した。
「やはり陰謀論だった。」
そう言って安心した。
しかし、その報告書には続きがあった。
「だから安心してはならない。」
「もし支配者が存在するなら、その人物を排除すれば終わる。」
「しかし、支配者が存在しないなら、誰を倒しても終わらない。」
「誰も悪意を持ってディープいない。」
「誰も世界を支配しようとしていない。」
「それでも、全員が合理的に行動した結果、社会は一つの方向へ進み続ける。」
大統領は窓の外を見つめた。
人々は会社へ向かう。
投資家は利益を追う。
官僚は制度を守る。
企業は売上を伸ばす。
政治家は支持率を気にする。
その誰もが、自分は正しいことをしていると信じている。
そして、その一つひとつの正しさが積み重なり、誰も望んでいない未来を静かに作り続けていた。
大統領は静かにつぶやく。
「私が探していたディープステートは、どこにも存在しなかった。」
「いや、存在しないからこそ、最も強固だったのだ。」
その瞬間、大統領は理解した。
人々が恐れていた「闇の国家」とは、秘密結社ではなかった。
合理性だけが互いを模倣し、誰も全体を支配していないのに、まるで一つの意思を持つかのように動き続ける社会そのものだった。
そして、その社会の歯車の一つが、自分自身であることにも。
あとがき
もちろん、これは私自身の一つの仮説にすぎません。
この物語を通して、「本当に世界を動かしているものは何なのか」を、読者それぞれの立場で考えるきっかけになれば幸いです。
そして、最後に一つだけ思うことがあります。
もし本当に「ディープステート」のような存在があるのなら、世界はまだ救いがあるのかもしれません。
なぜなら、支配者がいるのであれば、その存在を止めることで未来を変えられる可能性が残されているからです。
しかし、もしそのような存在がなく、一人ひとりの「合理的(模倣)」な選択の積み重ねが、誰も望まない未来を生み出しているのだとしたらどうでしょうか。
そのとき、私たちは倒すべき相手を見つけることができません。
なぜなら、その巨大な流れを生み出しているのは、特別な誰かではなく、私たち自身だからです。
もしこの仮説が現実に近いのだとすれば、人類は自ら最も合理的だと信じた行動によって、自らを破滅へ導いていることになります。
それは悲劇というよりも、あまりにも皮肉で、どこか喜劇のようにも思えてしまうのです。




