最初の火星移住者
この小説はフィクションです。
実在する人物や企業、計画を批判・中傷することを目的とした作品ではありません。
ただ、もし今後10年以内に人類が火星へ降り立つことになったとしたら、その挑戦は、これまで人類が経験したことのない危険を伴うものになるかもしれません。
未知の環境へ向かうということは、どれほど技術が進歩しても、最後は人が未知を引き受けることになります。
私は、その状況が、歴史的な偉業への挑戦であると同時に、「死ぬ可能性を理解したうえで志願する人々」を集める行為にも見えてしまいます。
この作品は、そのような疑問から生まれた物語です。
西暦2042年。
世界中に一つの募集広告が流れた。
「火星開拓第一期クルー募集」
応募条件は、体力でも学歴でもなかった。
最後の一文だけが、人々を黙らせた。
「本計画は実験的事業であり、帰還を保証しません。」
それでも、数十万人が応募した。
歴史に名を刻みたい者。
地球に居場所を失った者。
人類の未来を信じる者。
そして、選ばれた十二人は静かに契約書へ署名した。
打ち上げ前日。
一人の若い記者が、計画責任者へ尋ねる。
「本当に彼らを火星へ送るのですか。」
責任者はモニターを見つめたまま答えた。
「送るのではありません。彼らが望んだのです。」
「でも、生きて帰れる保証は?」
「ありません。」
「なら、これは人類初の集団自殺では?」
責任者は首を横に振った。
「違います。」
「では何ですか。」
しばらく沈黙が続いた。
「橋です。」
「橋?」
「文明はいつも橋を架けてきました。」
「橋を架ける者は、向こう岸を見ることなく死ぬ。」
「渡るのは、その子供や孫です。」
記者は契約書を見た。
最後の一行。
私は、この事業が私の生涯では完成しない可能性を理解しています。
私の死は、人類という長い旅路の一部となることに同意します。
記者はペンを置いた。
ふと窓の外を見る。
火星まで七か月。
火星に都市ができるまで百年。
利益が生まれるまで、二百年かもしれない。
企業の決算は四半期ごと。
人類の決算は、何世代後なのだろう。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
もし地球がこれからも安定し、人類が十分な時間をかけて技術と安全性を積み重ねながら宇宙へ進出できるのであれば、この物語で描いたような心配は杞憂に終わるのかもしれません。
それは、とても望ましい未来だと思います。
しかし、もし人類が時間や資金、あるいは競争に追われ、安全性よりも速度を優先して未知の世界へ踏み出すのであれば、この物語には一定の合理性があるのではないかとも考えています。
私には、イーロン・マスク氏や宇宙開発に携わる人々が持つ情報や技術のすべてを知ることはできません。だからこそ、もし私には無謀に見える挑戦の中に、彼らだけが理解している合理性が存在するのだとすれば、それは希望であると同時に、私にとっては恐怖でもあります。
この物語は、その恐怖が現実になってほしくないという願いを込めて書いた、一つのフィクションです。




