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『供物 ―― 正しさの檻と、受け取る器』 第二部:困惑の器 ―― 佐藤の場合

佐藤は、人から向けられる感情が苦手だった。


期待されるのも怖い。

感謝されるのも怖い。


自分には、そんな価値があると思えなかったからだ。


彼が作った動画やアイデアは、多くの人を救っていた。

だが本人は、ただ「面白いからやっただけ」の感覚だった。


ある日、小さな町工場を経営する男が、彼の事務所を訪ねてきた。


疲れ切った顔をしていた。


男は、分厚い封筒を机に置いた。


「佐藤さんの動画を見て……首を吊るのをやめました」


佐藤の背筋が凍る。


男は続ける。


「これは、お礼です。

受け取ってください」


封筒の中には、大金が入っていた。


佐藤は混乱した。


(いや、待て。

こんなの、おかしいだろ)


(この金は、この人の家族に必要な金じゃないのか?)


(僕は、人の人生を背負えるほど立派じゃない)


喉まで、「返します」が出かかった。


だが。


男の顔を見た瞬間、言葉が止まった。


その表情は、「施している側」の顔だった。


救われた人間の顔ではない。

自分の感謝を、必死に「形」にしようとしている人間の顔だった。


もしここで断れば。


この人は、「誰かの役に立てた自分」ごと否定されるのではないか。


佐藤は、そこで初めて理解した。


感謝とは、金ではない。


「あなたに届きたかった」という、存在証明なのだと。


佐藤は震える声で言った。


「……ありがとうございます」


「大事に、受け取ります」


その瞬間、男は泣いた。


まるで、自分の人生が肯定されたように。


佐藤は、その涙の意味を最後まで理解できなかった。


ただ、封筒が異様に重かった。


金額ではない。


人の祈りの重さだった。


それから佐藤は変わった。


数字で人を見られなくなった。


売上の向こうに、生活が見えるようになった。

再生数の向こうに、孤独が見えるようになった。


彼は相変わらず、自分に自信がなかった。


成功しても思う。


(なんで、みんなこんなに僕を支えるんだろう)


(僕はそんな大した人間じゃないのに)


それでも、差し出された感情だけは、無碍にしなかった。


受け取るたびに苦しかった。

期待が怖かった。

依存されることにも怯えた。


だが彼は知っていた。


感謝を受け取るとは、支配することではない。


相手の「誰かに届きたかった心」を、壊さず持つことなのだと。


いつしか彼の周囲には、人が集まった。


「この人を勝たせたい」


そう願う人々だった。


佐藤は英雄ではなかった。


ただ、人の矛盾を、切り捨てなかった。


それだけだった。


そして気づけば。


彼自身が、誰かに生かされる側になっていた。

あとがき


第二部の佐藤のように、「感謝の形」としてお金を受け取ることに、嫌悪感を抱く人は多いと思います。


実際、それは依存や搾取にも繋がり得る危うい行為です。


だから世の中的には、感情とお金を切り離そうとする人の方が、誠実で正しく見えるのかもしれません。


けれど。


現代では、人が「ありがとう」を本気で伝えようとした時、その感情を形にする方法が、お金しか残されていない場面もあるのではないかと思うのです。


言葉だけでは軽すぎる。


「応援しています」だけでは、本当に届いている気がしない。


だから人は、

時間を使い、

労力を使い、

そして最後には、お金を差し出す。


それは、商品の対価ではなく、


「あなたに救われた」

「あなたに生きる理由をもらった」


という感情を、この世界に実在させるための、不器用な儀式なのかもしれません。


そして皮肉なことに。


お金を多く持つ人ほど、「ありがとう」という言葉を、そのまま信じられなくなっていくのかもしれません。


社交辞令。

打算。

営業。

媚び。

利益。


多くのものを見てきた人ほど、言葉だけでは現実感を持てなくなる。


だからこそ逆に、


「わざわざ時間やお金を使ってくれた」という事実にだけ、人の本気を感じてしまう。


それは、とても寂しいことです。


本当は、「ありがとう」の一言だけで、人は満たされるべきなのかもしれない。


けれど現代では、その言葉だけでは、自分の感情が届いたと信じ切れない人が増えている。


だから人は、お金という記号に、感情の重さを載せようとする。


この物語は、その行為を肯定したかったわけではありません。


ただ。


人がなぜ、そこまでして「感謝を形にしたい」のか。


その切実さだけは、否定したくありませんでした。




そして最後に。


この物語を通して、


「では、どうするのが正しいのか」


という答えを出したかったわけではありません。


感謝を受け取ること。

拒絶すること。

距離を取ること。

寄り添うこと。


どの選択にも、きっと誰かを傷つける可能性があります。


感謝を受け取れば、依存や支配になることもある。


拒絶すれば、その人の「誰かに届きたかった心」を壊してしまうこともある。


だから結局のところ、


「どうすれば相手の気持ちをないがしろにしないで済むのか」


という問い自体、机上の空論なのかもしれません。


人間の感情は、あまりにも曖昧で、矛盾していて、正解がない。


それでも人は、

傷つける可能性を抱えながら、


誰かに「ありがとう」を伝えようとしてしまう。


そして誰かもまた、

それを受け取ろうとしてしまう。


この物語は、その不完全さそのものを書いた話です。

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