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『供物 ―― 正しさの檻と、受け取る器』  第一部=正しさの檻

前書き


―― お金と、感情はもしかしたら、反比例しているのかもしれない


お金が少ない時、人はお金に感情を乗せる。


今日を生きる不安。

誰かへの申し訳なさ。

助かった安堵。

「ありがとう」と言いたい気持ち。


少額のお金には、時に人の体温が宿る。


だが、お金が増えるほど、それは少しずつ「記号」に変わっていく。


数字。

効率。

流動性。

資産。

信用。


もし、莫大なお金を扱う人間が、一つ一つに感情を乗せ続けていたら、きっと壊れてしまう。


だから人は、お金から感情を切り離していく。


しかし、その代わりに。


本音。

感謝。

信頼。

「自分を数字抜きで見てくれる誰か」。


そういう、お金では買えない感情の価値だけが、逆に異様なほど重くなっていく。


もしかしたら。


お金持ちであればあるほど、お金と感情は反比例しているのかもしれない。


この物語は、そんな矛盾の中で、


「感謝を拒絶する人」と、

「感謝を受け入れる人」


を書いた、小さな記録である。

レンは、人の感情を信用していなかった。


彼にとって価値とは、数字だった。

コードの行数。処理速度。救えた人数。

そこに「ありがとう」という曖昧な感情を混ぜることを、彼は本能的に嫌悪していた。


彼が開発した災害予測AIは、多くの命を救った。

自治体も企業も彼を称賛したが、レン自身はそれを「当然の結果」としか思わなかった。


ある雨の日。

研究所の受付に、小学生くらいの少女が立っていた。


両手で抱えた古びた貯金箱。

中で小銭が揺れている。


「これ……レンさんに」


少女は緊張で声を震わせながら言った。


「レンさんのAIで、お母さん助かったから……」


レンはしばらく沈黙した。


そして、貯金箱を押し返した。


「いらない」


少女の目が揺れる。


「その金は、僕のサーバー代の数秒にもならない。

そんなもの渡すくらいなら、自分の将来に使いなさい」


「でも……」


「感情で金を動かすな。

それは、あなた自身のためにもならない」


レンは、自分が誠実だと思っていた。

期待を煽らず、依存も作らず、対等でいる。

それが「優しさ」だと信じていた。


少女は泣きそうな顔で頭を下げ、帰っていった。


その後ろ姿を見ながら、レンは小さく息を吐いた。


「これでいい」


そう思った。


だが、その出来事は静かに広がった。


SNSでは、こう語られた。


「あの人は、人の気持ちを踏みにじる」

「正しいのかもしれない。でも冷たい」

「救われた側の気持ちを理解していない」


レンは困惑した。


なぜだ。

自分は合理的だった。

間違ったことはしていない。


だが、人は次第に彼から離れていった。


投資家は「共感性に問題がある」と距離を置き、

仲間だった技術者たちも去っていった。


誰も、彼を「応援」しなくなった。


レンはそこで初めて知る。


人は、能力だけでは支えられない。


「この人の役に立ちたい」

「この人に受け取ってほしい」


そんな非合理な感情で、社会は繋がっているのだと。


だが、気づいた時には遅かった。


レンの世界には、正しさだけが残った。


誰にも汚されない、完璧な孤独。


彼は最後まで、自分がどこで間違えたのかを、うまく言葉にできなかった。

あとがき


この物語は、二部で終わる短い話です。


感謝の形を拒絶する人。

そして、それを受け入れる人。


世の中の「正しさ」で考えるなら、拒絶する側の方が誠実に見えるのかもしれません。


感情とお金を混ぜない。

依存を作らない。

合理的で、平等で、正しい。


実際、それは間違いではないと思います。



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