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逃走線

「すべてはあなたの内面の反映です」


その言葉は、部屋の空気みたいに当たり前のものとして漂っていた。

誰も疑わない。誰も逆らわない。


最初は、ただの考え方の一つだと思っていた。

確かに一理ある。人は見たいものを見るし、信じたいものを信じる。

それくらいなら、理解できた。


でもある日から、それはルールになった。


上司に怒鳴られても、「あなたが引き寄せた現実」

同僚に無視されても、「あなたの波動がそうさせている」

理不尽な仕事を押し付けられても、「学びの機会」


誰も怒らない。誰も抗わない。

ただ、静かに自分の内側を責め続ける。


——違うだろう。


そう思った瞬間、自分が異物になった。


「まだ気づいてないんだね」

「抵抗はエゴだよ」

「現実を変えたいなら受け入れないと」


優しい声で、逃げ道を塞がれる。


その時、はっきりわかった。

これは“自由になるための考え方”じゃない。

**逃げられなくするための構造だ。**


抗おうとした。

言葉で説明しようとした。

でも、何を言っても同じ場所に戻される。


「それもあなたの認識の問題だよ」


——終わっている。


ここで戦うことは、正しさを証明することじゃない。

**自分の寿命を削ることだ。**


周囲は完成していた。

思考も、反応も、価値観も、すべてがルーティン化されている。

そこに変化を持ち込むには、あまりにも遅すぎる。


努力では動かない世界がある。

正しさでは壊れない構造がある。


だったら——


選択肢は一つだった。


逃げる。


それは敗北じゃない。

適応でもない。


**切断だ。**


次の日、何も言わずにその場を離れた。

誰も追ってこなかった。


当然だ。

彼らにとって私は、ただ“認識のズレた人間”でしかないのだから。


外の空気は、驚くほど軽かった。


世界は変わっていない。

でも、自分が立つ場所が変わっただけで、こんなにも違う。


あの場所に残る人たちは、これからも言うだろう。


「現実は内面の反映だ」と。


それはたぶん、彼らにとっては本当なのだ。

そう信じることでしか、あの世界は維持できないから。


でも、もう関係ない。


理解することと、従うことは違う。


そして時には、

**理解した上で離れることが、唯一の自由になる。**


あとがき


この物語は極端な話に見えるかもしれない。

けれど、もしそこに暴力や明確な命の危険が含まれているのだとしたら、話はまったく別になる。


その場に留まり続けることは、美徳でも努力でもなく、ただ寿命を削る行為に近い。

環境が変わらないまま耐え続けることは、いずれ心や身体に限界をもたらす。


そしてそうした構造は、多くの場合、どこかで誰かを罵倒し、いじり、消耗させることで維持されている。

仮に耐え抜いたとしても、その先にあるのは報われる未来ではなく、別の形での消耗や不利益であることが多い。

人は無限ではない。心もまた、いつかは止まる。


人が多い場所では、代わりはいくらでもいる。

だからこそ「努力が足りない」という言葉は成立してしまう。

それは個人の限界ではなく、構造の問題であるにもかかわらず。


現代では、その構造がSNSという形で広がっているようにも見える。

言葉は簡単に届き、そして簡単に人を傷つける。

それは目に見えにくいが、確かに暴力に近い側面を持っている。


もし、自分の中で「これは危険だ」と感じたなら、その感覚を軽く扱わないでほしい。

その時点で、十分に離れる理由はある。


誰かに相談すること。

あるいは、環境そのものから距離を取ること。

SNSであれば、見ない、離れるという選択も含めていい。


逃げることは、敗北ではない。

それは、自分の命と心を守るための行動である。


そして何より、

自分の感覚を信じてほしい。


それが最後に残る、最も確かなものだから。



追記


多くの場合、誰かが発する言葉は、目の前の特定の誰かを深く理解したうえで向けられているわけではない。

それはむしろ、その人自身がこれまでどのように扱われ、何を見てきたかの反映であり、過去の延長としての反応に近い。


だからこそ、その言葉はしばしば短絡的で、十分に相手を見ていない。

傷つけようという明確な意図すらないまま、結果として傷つけてしまうことも多い。

言葉は発せられているが、「誰か個人」に正確に届くように設計されているわけではない。


ある意味でそれは、条件に応じて返される反応のようなものでもある。

相手を深く認識しているというよりは、過去の経験やパターンに基づいて返されているだけの応答。


だから、もしその言葉が自分に向けられたもののように感じられたとしても、

それが本当に「自分という個人」を見たうえでのものかどうかは、立ち止まって考えていい。


そして同時に、そうした言葉に過度に意味を与えすぎないことも、自分を守る一つの方法になる。


そのうえで、現実として相手と向き合えば、口論や衝突になる可能性はある。

もしそれに向き合う覚悟や余力がないなら、離れること、逃げることを選んでほしい。


ただし、社会はときに残酷で、そうして距離を取る側ばかりが損をしているように見える場面もある。

それでもなお、削られ続ける場所に留まり続けるより、離れるという選択が自分を守ることにつながる場合もある。


どちらを選ぶにしても、それは他人の理屈ではなく、自分の感覚と現実に基づいて決めていい。


それこそが、より良い世界を作るために必要なことなのかもしれないから・・・

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