境界の外側
何もしていないはずだった。
部屋に座って、ただ画面を閉じて、静かにしているだけなのに、肩に力が入っている。
理由は思い当たらなかった。
誰かに急かされているわけでもない。
何かを考えているわけでもない。
それでも、どこかが緊張している。
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昔は、こういう状態になると考えた。
自分がおかしいのだと。
周りは普通に過ごしているのに、
なぜ自分だけ、こんな違和感を抱えるのか。
考えすぎているのかもしれない。
うまく適応できていないのかもしれない。
そうやって、理由を探そうとして、余計に疲れていった。
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だから最近は、考えないようにしていた。
流れてくる言葉に合わせて、
速く、軽く、結論だけを拾う。
「まあ、そういうものだろう」
その一言で終わらせる。
それが正しいやり方だと思っていた。
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でも、それでも肩はこわばる。
何もしていないときでさえ、
気づけばどこかに力が入っている。
理由はわからないまま、
ただそれが続いていた。
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あるとき、ふと思った。
もしかすると、見えていないだけで、
何かはずっと動いているのかもしれないと。
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画面を見ていないときでも、
さっきまで見ていた言葉の断片が残っている。
聞いていないつもりの音が、どこかに引っかかっている。
考えていないつもりでも、
何かは処理され続けている。
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もしそうだとしたら。
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このこわばりは、
意味のないものではないのかもしれない。
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自分は何もしていないのに、
身体だけが勝手に緊張しているのではなくて。
気づいていないところで、
ちゃんと反応しているだけなのかもしれない。
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その考えに触れたとき、
ほんの少しだけ、肩の力が抜けた気がした。
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ずっと、自分を狭く見ていたのかもしれない。
意識している部分だけを「自分」だと思って、
そこに収まらないものを、間違いだと切り捨てていた。
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でも。
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意識していないものも、
自分を構成しているのだとしたら。
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この違和感も、
このこわばりも、
理由のわからない疲れも。
どこかで、自分の一部として働いていることになる。
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それなら。
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全部を理解しなくてもいいのかもしれない。
全部をコントロールしなくてもいいのかもしれない。
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ただ、そこにあるものとして、
少しだけそのままにしておけばいい。
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そう思ったとき、
部屋の静けさが、さっきよりも深くなった気がした。
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何かが解決したわけではない。
何も変わっていない。
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それでも。
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呼吸だけが、少しだけ楽になっていた。
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意識していないものも、
自分を構成している。
あとがき
この話を書いたのは、誰かのためというよりも、たぶん自分のためだったのだと思います。
何もしていないはずなのに、なぜか肩に力が入る。
理由がわからないまま、その状態だけが続く。
これまでは、それを「自分の問題」だと思っていました。
考えすぎているのかもしれない、うまく適応できていないのかもしれないと。
けれど、もし。
速い思考が常に何かを処理し続けているのだとしたら。
自分が意識していないところで、反応が積み重なっているのだとしたら。
そのとき、人は気づかないまま、ずっと軽い緊張の中にいることになります。
それは、休んでいるつもりでも、完全には休めていない状態なのかもしれません。
そう考えたとき、これまで感じていた違和感やこわばりは、
「間違い」ではなく、ただの反応として見えるようになりました。
この話は、その見方にたどり着くためのものです。
もしかすると、深く考えることの中でしか、
人は本当に力を抜くことができないのかもしれません。
そして、もしそうだとするなら。
速さに慣れてしまった思考の中で、無意識に緊張を抱え続けることは、
ある意味で自然なことなのだと思います。
少なくとも、自分にとってはそうでした。
ただ一つだけ、言えるとしたら。
意識していないものも、自分を構成している。
そう思えたとき、ほんの少しだけ、呼吸が楽になりました。




