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派遣時代・・・

雨の降らない梅雨だった。


駅前の求人掲示板には、やけに「直接雇用」の文字が増えている。かつては「派遣歓迎」と書かれていた場所が、いつの間にか「長期勤務できる方」に書き換わっていた。


高橋はその前に立ち止まり、何も見ていないように一覧を眺めていた。


履歴書は、もう三十通は送っただろうか。

だが返ってくるのは、ほとんどが同じ文面の不採用通知だった。


——職務経歴に一貫性が見られないため。


それは自分でもわかっていた。

倉庫、コールセンター、データ入力、短期のシステムテスト。

どれも数ヶ月単位で終わり、次に移る。その繰り返し。


「派遣なら、つながると思ったんだけどな」


誰に言うでもなく呟く。


かつては、それでよかった。

人が足りない場所に入り、穴を埋める。企業もそれを前提に回っていた。


だが今は違う。


人が足りないからこそ、企業は「残る人間」を欲しがる。

同じ時給なら、間に誰も挟まない方がいい。

長く働く人間の方がいい。


掲示板の端に、小さく貼られた紙があった。


——面接重視。履歴書より人柄を見ます。


高橋は少し笑った。


「今さら、かよ」


履歴書で弾かれてきた人間にとって、それは救いなのか、それとも別の選別なのか。


ポケットの中で、折りたたまれた履歴書がわずかに音を立てる。

同じような経歴が並んだ紙。

そこには、自分でも説明できない「空白の連続」があった。


だが、ふと思う。


同じような人間は、自分だけなのだろうか。


派遣でつないできた人間。

どこにも定着できなかった人間。

スキルも肩書きも曖昧なまま、年だけを重ねた人間。


もし、それが少数ではないのだとしたら。


企業は、それを履歴書だけで弾き続けることができるのだろうか。


それとも、もう——

弾けなくなっているのだろうか。


高橋は掲示板から目を離し、紙を一枚剥がした。


面接の日付は、三日後。


「どうせなら、ちゃんと喋るか」


誰に向けたわけでもない声が、やけに軽かった。


履歴書では何も伝わらなかったとしても。

言葉なら、まだ間に合うかもしれない。


雨は、まだ降っていなかった。


あとがき


この物語を書きながら、ひとつ思い出したことがある。

履歴書の職歴欄に、何を書くべきか分からなくなったことだ。


派遣ばかりで構成された経歴は、並べれば並べるほど一貫性がなく見える。

何をしてきたのか説明しようとすればするほど、逆に「何もしていない」ように見える気がした。


だから一度だけ、こう書いたことがある。

——主な経歴は書けません。

悪手だと思った。

書いた瞬間に、自分でも分かっていた。

それでも、あえてそうしたのは、どこかで試していたのかもしれない。

それでも会おうとする企業があるのか。

それとも、やはり紙の時点で弾かれるのか。


結果は、言うまでもない。


ただ、そのとき同時に思った。

これを弾ける会社は、まだ余裕があるのだろう、と。


人を選ぶ余裕。

履歴書の整合性で判断できる余裕。

けれど、その余裕はいつまで続くのだろうか。


そしてもうひとつ、どうしても馴染めなかったものがある。

志望動機だ。

なぜこの会社なのか。

なぜこの仕事なのか。


そう問われるたびに、どこか現実と噛み合っていない感覚があった。

選んでいるのは、本当にこちらなのだろうか。

あるいは、選ばれ続けているだけではないのか。

そんな違和感を抱えたまま、今に至っている。


ただ——

ひとつだけ、言い訳のようでいて、言い訳ではないと思っていることがある。

あの頃、正社員になることは、必ずしも安全ではなかった。

パワハラ。

終わらないサービス残業。

過労死という言葉が、遠い話ではなかった時代。

もしあのとき、無理に正社員という形にしがみついていたら、

今ここにいなかった可能性すらある。

だから、派遣という働き方を選んだ。

それは逃げだったのかもしれない。

けれど同時に、生き延びるための選択でもあった。


だが今、その選択が、別の形で行き場を失いつつある。

人手不足の時代に入り、

企業は「残る人間」を求めるようになった。

同じ賃金なら、直接雇用の方がいい。

長く働く人間の方がいい。

そうして、かつては受け皿だったはずの派遣という仕組みが、

少しずつ、必要とされなくなり始めている。


もしそうだとするならば。


あのときの選択は、正しかったのか。

それとも、ただ先送りしていただけだったのか。


その答えは、まだ分からない。


ただひとつ言えるのは、


履歴書で人を測る時代も、

志望動機で納得し合う時代も、

そして、派遣という中間の仕組みそのものも、

静かに形を変え始めている、ということだ。


その変化の中で、何が残り、何が切り捨てられるのか。


そして、自分はどちら側にいるのか。

それを考え続けながら今、自由・・・?を謳歌・・・?している


それはお金に少し余裕があるためかも・・・


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