迫りくる影
2011年9月――
KSセキュリティ社では、企業向けのセキュリティシステムの引き合いが好調で、会社の売上は100億円を超えそうだ。
しかも、今後もさらに成長を続けていくだろう。
K社とアメリカのU社、未来技術研究所の共同出資会社であるW社が進めている量子コンピューター開発は、まだ完成には至っていないものの、2年後には実用化できそうな見込みが立っている。
まだ完成していないにもかかわらず、すでに完成品の順番待ちが発生している。
未来技術研究所によるAIの研究も進んでいるが、公開はしていない。
したがって、前世のように俺たちのAI理論が世界標準になるような状況にはなっていない。
K社全体におけるKSセキュリティ社の売上比率は大きくはないものの、先進的な技術力を持つ企業として市場から高く評価されており、K社の株価は2倍近くに跳ね上がっている。
未来技術研究所は、K社の技術力を支える会社として、日本のみならず世界中から注目されている。
秘密にしているAI研究の成果を公表すれば、注目度はさらに上がるはずだ。
だが、それはやらない……やはり、歴史の修正力の発動が怖いからだ。
未来技術研究所の技術コンサルタント料の売上自体は大したことはない。
だが、俺が保有するKSセキュリティ社の株式や、未来技術研究所が保有するU社の株式の評価額は、すごいことになっている。
将来、上場して株式公開すれば、数百億円、いやそれ以上の価値になるだろう。
経団連で名刺をもらった会長たちの会社とも、いずれは技術コンサルタント契約を結ぶことになるかもしれない。
そのあたりは美月さんに整理してもらっているので、少しずつ進めていけば良い。
ところで今日は、急ぎの用件で鈴森会長が秋葉原ビルに来ている。
事前に「重要な話がある」と聞いていたため、三家族全員が鈴森会長の前に座っていた。
秋葉原ビル襲撃事件もあったし、あの鈴森会長が「重要」と言うのだから――と、全員が会長の話に真剣に耳を傾けている。
鈴森会長の話というのは……F社という会社についてだった。
F社は、ここ最近急成長を遂げている企業で、規模こそK社には遠く及ばないが、とにかく成長スピードが異常に早いらしい。
この勢いを維持できれば、日本有数の企業に成長するだろうと言われている。
F社の社長の名前は、田沼秀次。年齢は40歳。
もともとは、中堅のソフトウェア開発会社だったそうだ。
ここまで急速に会社を大きくしてきた原動力は、他社の吸収・合併であり、業界内では「血も涙もない乗っ取り屋」として噂されている。
田沼社長の評判はとにかく悪い。
技術力があり、成長が期待される企業や、優良な資産を持つ会社を見つけては、社長を言葉巧みに騙したり脅したりして、会社を乗っ取っていくという。
企業買収そのものは、日本でも珍しいことではないが、問題はそのやり方があまりにも強引である点にある。
どうしても手に入れたい技術を持つ会社があれば、社長の弱みを徹底的に調査する。
社長本人に弱みがなければ、親や兄弟、結婚していれば妻や子供など、家族の弱みまで執拗に調べさせる。
それでも弱みが見つからなければ、策を弄して「弱みを作る」。
たとえば、家族が運転する車が突然人身事故を起こす――そんな事例があるという。
プロの当たり屋を使っているという噂もある。
いったん弱みを握ったら最後、相手が疲れ果てるまで揺さぶり続ける。
精神的に追い詰め、「もう会社などどうでもいい」と思わせるまで追い込むのだ。
もちろん、こうした仕事は足がつかないよう、裏社会の人間を巧みに使って行う。
そういう意味で、田沼はまともな経営者ではない。
その強引なやり口は業界でも有名になっているが、確たる証拠がないため、警察も手が出せない状態だという。
……その危険な男・田沼が、未来技術研究所に目を付けたという話だった。
未来技術研究所は、技術面では超優良企業であり、調べれば資産も豊富であることはすぐにわかるだろう。
たぶん、俺個人の金融資産も調査済みのはずだ。
おまけに社長は母、社員は子供が3人、大人は村岡裕太さんと鈴森美月さんだけという、非常にアンバランスな構成の会社だ。
会社組織とは言い難い人数で、3人の天才児とその家族が何かをやっているだけの、変な会社に見えるだろう。
3家族の誰か1人でも弱みを握り、3人の天才児――特に俺の首根っこを押さえれば、
(自分で言うのもなんだが……相当な利益を得られるだろう……)
鈴森会長が今回、わざわざ俺たちに話をしに来たのは――田沼が3家族に対して「弱みを握るための策」を仕掛けてくる可能性が高いからに違いない。
(どうしたらいいんだ……そんな悪党に目を付けられてしまって……)
「鈴森会長、僕たちは家族を含めて一般人です。罠にはめられたり、騙されたり、ましてや裏社会の人間まで関わってくるようなことになれば、とても対処できません。一体、どうすればいいのでしょうか?」
リビングに集まった家族全員が、不安そうな表情を浮かべている。
もちろん俺だって怖い。まるで悪いヘビに睨まれたカエルのような気分だった。
会長は少し険しい顔をして口を開いた。
「以前、うちの関連会社が田沼に目を付けられ、酷い目に遭ったことがある。それ以来、二度と同じ轍を踏まぬようにと、本社に“調査部”という部署を新設したのだ」
全員が息をのむ中、会長は淡々と続ける。
「この調査部は、普通の会社にあるような調査部とは一線を画している。警視庁の腕利き刑事や、検察庁を辞めて弁護士になった人たち……そうした人材で構成された、犯罪対策の専門部署だ」
おお……まるでSS警備の“頭脳版”みたいな部隊があるのか……。
「調査部には、警護や裏社会対策など多岐にわたる業務を任せている。今回はそこから腕利きの3名を派遣するつもりだ。彼らは頭脳チームだ。腕っぷしの方はSS警備に任せ、互いにサポートし合えれば安心できるはずだ」
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