大臣と経団連
鈴森会長に連絡を取り、TV会議で相談していた。
「匠くん、長くビジネスをやっていると、こういうことは何度も経験するものだ。気にする必要なんて全くないよ」
会長は穏やかに笑みを浮かべながら言った。
「そういうものですか……安心しました。それで、大臣とは具体的にどのようなお話になるのでしょうか?」
「国に特許をよこせ、なんて話にはならない。そんな権限は国にはないからね」
会長は首を振り、言葉を続けた。
「せいぜい『日本人ならこの国に貢献しろ』とか、『研究費を出すからプレス発表の時に経済産業省の名前を入れろ』とか、『大臣の顔を立てろ』『俺の名前を出せ』……その程度だよ」
「つまり、日本の企業である以上、経済産業省の顔を立てろ、ということですね。鈴森会長、一緒に経済産業省に行っていただけるのですか?」
「もちろんだ」
会長は力強くうなずいた。
「もし予想外に変なことを言い出しても、私が必ず守るから安心してくれ!」
「ありがとうございます。ところで、どんなことをすれば大臣の顔が立つのでしょうか」
「大臣と挨拶している場面を、マスコミに取材させればいい」
会長は肩をすくめ、少し茶目っ気のある笑みを浮かべる。
「要は“大臣に世話になっている雰囲気”を作ってやればいいんだ。実際には世話になっていなくてもね」
「笑顔でニコニコしていれば、マスコミが勝手に“良い絵”を撮ってくれる。とにかくアポを取ってみるよ。また連絡する」
***
2011年5月中旬――
大臣に会う日がやってきた。
鈴森会長と担当役員の後ろを、俺たち3人と母さんたちが経済産業省の大臣室に向かって歩いている。
大臣と会うのが面倒そうなので、父さんたちは母さんたちに同行を頼んだそうだ。
大臣室の前には、すでにマスコミが待機している。
TVカメラが俺たちを撮影し、写真もカシャカシャと撮っている。
誰も撮影を許可していないけどな……本当にいい加減にしてほしい。
TVや新聞に自分の顔が出たら、誰でも喜ぶと思ってるのかな。
今の時代、顔を晒されるリスクの方が大きい。絶対お断りしたい。
図々しいよな……マスコミって……。
大臣室に入ると、大臣がニコニコ顔で出迎えてくれた。
俺たち3人と握手する様子を、マスコミが撮影している。
俺たちは、事前の打ち合わせ通りに作り笑顔でニコニコ。
これでこの大臣にとっては、目的達成ということなのだろう。
俺たちが大臣や経済産業省に世話になっている風の映像や写真を見た国民が、勝手に勘違いするのは向こうの勝手、ということか。
マスコミには「世界の人たちを幸せにする研究をしたい……」と、無難なスピーチをしておく。
取材が終わり、ソファに座る俺たちに、大臣が何か話しかけてくる。
「大臣の顔や経済産業省の顔を……もう少し……いろいろと煩いやつは……俺が……そういえば暴漢に襲われたそうだね……私に連絡しておいてもらえば……」
何かしてくれるのか……と思わせる部分は大きな声で、肝心な部分は聞き取れないくらい小さな声で話している。
俺たちが勝手に勘違いしてくれればラッキー、ということなのだろう。
子どもだと思って、姑息な処世術だ。
誠意のない言葉の羅列に、思わずあくびが出そうになる。
大臣や経済産業省の相手は、鈴森会長にお任せしよう。
俺では、とても冷静に対応できない。
「今日はありがとうございました」と大臣に頭を下げて部屋を出る。
不本意だ……
「ありがとう」と言わなければならないのは、あなたの方だと思うけど!
経済産業省を出ると、「もう1ヶ所寄ってほしいところがある」と鈴森会長が言う。
どこだろうと思いながら車で移動していると、やがて経団連会館の前で車が止まる。
「いろいろ面倒そうなことは、1回で終わった方がいいと思ってね。悪いが、ここの大会議室にも顔を出してくれないかな?」
ここは大企業の社長さんたちが来るところだよな……と思いながら歩いていると、すぐに大会議室の前に到着する。
扉を開けて中に入ると、恰幅のいい高齢のおじさんたち――お爺さんたちがたくさんいる。
皆さん経営者だけあって、明るい笑顔で俺たちを迎えてくれる。
「ここにいるのは、どれも私の友人たちだ。安心していいよ。これで経団連にも一度顔を出したことになるからね」
「今日1日で、国と経済界に挨拶済みということになるんですね。ありがとうございます」
「この子たちが、鈴森会長が可愛がっている天才たちだね。さすがに賢そうだ。うちの会社も技術の底上げをしたいんだ。よろしく頼むな」
――というような言葉が、人を替えて何度も続いていく。
自動車業界、化学業界、通信業界、建設業界……
そうそうたる大企業の会長さんたち。TVで見たことのある人たちばかりだ。
鈴森会長の友人というだけあって、皆さん紳士的で好印象な人ばかりだった。
挨拶が終わると、「また連絡するよ」と言って、集まっていた会長さんたちは次々に会議室を出て行く。
「鈴森会長、先ほどの会社の方からの連絡は、対応するだけでかなりの時間がかかりそうです。いったんK社でまとめていただくことはできないでしょうか?」
「それもそうだな。実は私の親戚の子がいるのだが、秘書として未来技術研究所に出向させようか。給料はK社で出すから心配しなくていい。賢い子なので鍛えてやってくれ」
「分かりました。すごく助かります」
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