殺されてたまるか
「匠、命に関わる重要な話とは何だ? そっちで何かあったのか?」
父が心配そうに眉をひそめ、画面越しに俺を見つめてきた。
「皆さん、まずは冷静に聞いてください。そして、これからお話しすることは冗談ではなく、事実です」
俺は深呼吸を一つ置き、真剣な眼差しで続けた。
「以前、サンタクララの自宅周辺に不審者がうろついていると連絡しましたよね」
父たちがうなずくのを確認し、さらに言葉を重ねる。
「その対策として、SS警備の人員を増員していただきました。ここまでは皆さんご承知の通りです。……問題はその先です」
一瞬間を置き、声を落とす。
「誰からの情報かは申し上げられません。しかし――宮原康之氏が殺し屋を雇い、私と優子ちゃん、そして彩乃ちゃんの3人を殺そうとしていることが分かりました」
画面の向こうでざわめきが広がる。
俺は唇を噛みしめ、心の中で言葉を補った。
(彩乃ちゃんがハッキングして突き止めた、なんて口が裂けても言えないし……それを指示したのが俺だとも絶対に言えない)
今のところ、皆は「匠が言うのだから本当だろう」と信じてくれているようだった。
もしかすると、「誰からとは言えない」という部分を、保のことだと勘違いしているのかもしれない。
康之の会社でAI開発を率いているのが保だというのは、ニュースで広く知られている。
俺がAI関連で、年齢の近い保と交流があり、彼が正義感から「匠たちが危ない」と教えてくれた――そう思ってくれるなら、それが一番都合がいい。
「康之氏は、アメリカで立ち上げたAI会社がうまくいかないのは、我ら3人のせいだと――勝手に思い込んでいるようです。……まったく、迷惑極まりない話ですよね」
ここまで聞いた親たちの顔は、誰もが鬼のような形相に変わっていた。
特に、すでに康之に酷い目に遭わされている裕太さんと恵さんは、今にも爆発しそうな勢いだ。
(これはまずい……ここで感情をぶつけ合えば、話は先に進まない)
「大事なのは、我々が“気付いている”ことを康之に悟らせないことです。相手が知らないうちに対策を整える必要があります。ですから、くれぐれも平常心を保ち、普段と変わらない様子で過ごしてください」
俺は声を落として、全員に冷静さを促した。
「ですが、どう対策すべきかは僕には分かりません。ですから、坂下さんと平山弁護士に大至急、具体案を検討していただきたいのです」
坂下さんが深刻な面持ちで口を開いた。
「匠くん、アメリカはいろんな武器が簡単に手に入る国だ。だから全員帰国して、秋葉原ビルで殺し屋を迎え撃った方が安全だと思う。もちろん、ビルの守りは徹底的に強化しなければならないが」
平山弁護士もうなずき、すぐに言葉をつなぐ。
「今、坂下さんが言われた通りです。日本に拠点を移して迎え撃つ方が現実的でしょう。坂下さんと私の人脈を総動員して、警察にも協力を仰ぎます」
「坂下さん、お金はいくらかかっても構いません!」
俺は即座に応じた。
「“未来技術研究所”が必要な資金はすべて負担します。秋葉原ビルを要塞化してください。それと……もし可能なら隣のビルの許可も取って、屋上から隣接ビルへ脱出できるシューターとかも設置してください」
俺の言葉に、画面越しの親たちの表情がさらに引き締まる。
「秋葉原ビルに籠もるとしても、私たちの自宅は9階と10階です。敵がロケット弾やライフル弾を撃ち込んでくる危険性もあります。その対策についても、どうかお願いします」
(何といっても、前世はロケット弾で殺されたからな……!)
しかし――日本でロケットランチャーなんて本当に手に入るのか?
坂下さんが腕を組み、真剣な顔で言った。
「敵がそこまでするかどうかは分からない。だが、君たちの命がかかっているんだ。できることは何でもする」
俺はうなずき、慎重に言葉を選ぶ。
「坂下さん、日本への帰国はどうしましょうか?」
「明日でも明後日でも、なるべく早い方がいい」
彼は目を細め、画面越しに強い視線を送ってきた。
「ただし、逃げるように見えるのは良くない。堂々と帰国した方がいいと思う」
坂下さんがさらに補足する。
「アメリカのSS警備には、日本に戻るまで最高レベルの警戒を維持するよう伝えておきます」
「ありがとうございます」
俺は深く頭を下げた。
「では、明後日――1月末に帰国します」
こうして、その日の打ち合わせは一旦終了となった。
……それにしても康之。
お前はいったい、何者なんだ?
人の人生を好き勝手に振り回しやがって――本当に大迷惑だ。
保よ……イカれた親父とは、もう少し距離を置け。
そうしないと、お前まで巻き込まれるぞ。
***
2010年2月――
サンタクララから、全員そろって日本へ帰国することになった。
あくまで“逃げる”のではなく、普段通りに、普通の帰国を装って。
だが――心臓の鼓動は早鐘のように鳴り止まなかった。
いつ、どこで襲撃されるか分からない。
空港へ向かう道中も、飛行機の中も、一歩外に出るたびに恐怖が背中にまとわりついてくる。
緊張で肩に力が入りっぱなしだった。
それでも、どうにか秋葉原ビルへ到着した瞬間、張りつめていた糸が少しだけ緩んだ。
ようやく、わずかな安堵を覚えることができたのだ。
***
いったん秋葉原の自宅に全員を集め、これからの作戦について坂下さんと平山弁護士から説明を受けることにした。
まず俺たち3人についてだ。
殺し屋のターゲットになっている以上、現状で最も安全な秋葉原ビルに立て籠もることが決定した。
当然、「子供だけを危険にさらすわけにはいかない」との親たちの強い意志で、3家族全員が秋葉原ビルに籠城することになる。
坂下さんが立ち上がり、説明を始めた。
「まず、警察ですが……非常に協力的です」
――すごいことだ。
本来なら警察は、事件が起こってからでないと腰を上げない。
「殺し屋から子供を守ってください」と直訴したところで、普通なら相手にされず、逆に怪しまれるのが関の山だ。
「一体、誰が子供たちを殺そうとしているのですか? 証拠はあるのですか?」
そんなふうに問い詰められ、「確かな証拠もないくせに」と叱責され、不審者扱いで追い返されてしまうだろう。
だが今回は違った。
坂下社長と平山弁護士の広い人脈が大いに力を発揮したのだ。
特にSS警備には警察OBが顧問として加わっている。
もともと坂下さんから「SS警備の業務の性質上、警察OBを顧問に迎えたい」と相談を受けたとき、俺は即座に「ぜひ進めてください」と強く後押ししていた。
その結果、平山弁護士の人脈を通じて、最高の人材を顧問に迎えることに成功したらしい。
――お金、人材、そして人脈。
結局のところ、世の中はそうした要素で動いている。
改めてその現実を思い知らされるのだった。
「康之氏が帰国すれば、警察から連絡が来ることになっています。帰国後は康之氏に警察が張り付き、逐一行動を監視する予定です」
彼が帰国すれば、このビルの下見に来るかもしれないな。
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