康之がAIを開発する会社を作る
鈴森会長が帰り際、ふと思い出したように口を開いた。
「宮原会長が康之社長を引責辞任させた後、康之に1年間の謹慎を命じ、小さな関連会社の社長を任せたそうだ」
会長は少し眉をひそめ、声を落とす。
「その会社の業績を伸ばせば、次はもう少し大きな会社、最終的にはA製薬本社の社長に戻すつもりだったらしい。しかし……左遷された社長に対する厳しい目に、康之のやつが耐えきれず、半年あまりで退職してしまったそうだ」
俺は思わず息をのむ。前世をじわじわとトレースしてきているからだ。
会長は肩をすくめ、苦笑いを浮かべて続けた。
「楽をして自分の力を示したいと考えたのだろうな。息子の保がAIを開発できると分かり、今はマサチューセッツ州のM大の近くにAI開発の会社を作る準備をしているようだ」
――「怖いから」とか言っていたはずなのに、どういうことだ?
(まさか……保のやつ……父親に転生のことを打ち明けてないだろうな……?)
胸の奥に冷たいものが走る。
そんなことをされたら、俺たちはまた夜逃げ同然の立場になる。世界中から奇異の目で見られ、居場所を失ってしまうじゃないか。
それよりも深刻なのは――神様との約束を破れば命が危険にさらされることだ。
(保……お前、本当に大丈夫なのか? 人生が終わってしまうぞ……)
「転生のことを口外していないかどうか、確認しないとな」
俺は唇をかみ、パソコンに手を伸ばす。
横を見ると、優子がすでに慌てて検索を始めていた。
彼女は真剣な顔で掲示板をスクロールしている。
保には“前科”があるから、なおさら不安なのだろう。
しばらくして優子が画面から顔を上げ、ふっと安堵の息を漏らした。
「……出ていないみたい」
ネットや掲示板には転生の話は一切出ていないようだ。
それを見て俺も胸をなで下ろす。
(もし保が転生のことをしゃべっていたら、あの父親のことだ。絶対に株で大儲けする方法を思いつくに違いない……)
ただ、鈴森会長の話の中には、康之がリーマン・ショックで大儲けしたというくだりはなかった。
(……ひとまずは大丈夫、そう考えていいのだろうか……)
それにしても、保がAIを開発できることが、どうして分かったのだろうか。
もしかすると、俺たちが宮原会長の肝いりでアシストAIシステムを共同研究していることを、どこかで聞きつけたのかもしれない。
その流れで「保も頭は良いのだから、AIシステムぐらい作れないのか?」とでも言われたのかな?
強く迫られると逆らえない保は……おそらく目を伏せながら、「AIシステムは僕にもできます……」なんて、小さな声でつぶやいたのだろう。
しかし、息子とのそんな会話で、アメリカにAIを開発する会社をよく作る気になったものだ。
息子にプレッシャーをかけて会社を作っておけば、自然と成果が出るとでも考えたのか。短絡的すぎるが、あの父親らしいとも言える。
保は、前世で俺たちのAI研究を間近で見ていた。
その経験があるから、もしかするとレベルの高いAI開発もある程度はできてしまうかもしれない。
だが――危険だ。
もし前世において、俺たちのAI開発に対して“歴史の修正力”が働いたのであれば、保は容赦なく抹殺されるぞ。
……まあ、仕方がない。俺にはどうすることもできない。
親が子に望みを託し、そして保自身がそれを受け入れたのなら、第三者の俺が口を挟んでも意味はない。
それでも願わずにはいられない。
できることなら、この二度目の人生では、保が自分の意志をはっきりと伝えられる人間に成長してほしい。
前世と合わせれば、もう23歳になるんだ。
しっかりしろよ。
それにしても、康之がAIを開発する会社を作るというのは、俺たちにとって良くない流れだ。
前世ではその会社が原因で、康之が俺たちを殺そうと思った可能性もあるからだ。
もちろん証拠もないし、俺と優子の推論に過ぎないけど。
康之は注視しておかないといけない。
さあ、来月はアメリカに引っ越しだ。
アメリカに行くメンバーは、俺と優子、彩乃ちゃんに、母さんたち3人。
父は秋葉原でAKビル管理の経営。
今年から始まった仕事に、早く慣れてほしい。
村岡さんはアシストAIシステムの開発窓口を継続。この開発は長期にわたって続く。
坂下さんは、今はSS警備の経営を軌道に乗せないといけないから忙しいだろう。
というわけで、父さんたちは日本に居残りだ。
坂下社長には、シリコンバレーの日本企業向けの警備会社を、アメリカ現地法人で作れないかも調査してもらおうかな。
忙しいから、それどころじゃないと言われてしまうかもしれない。
***
2008年11月――
アメリカに出国し、前世で住んでいたサンタクララの住宅に入居する。
俺と優子は2度目なので、アメリカでの生活にはもう慣れたものだ。
アメリカ行きの話が出てから、彩乃ちゃんもインターネットで英語を勉強したようで、すでにペラペラしゃべれるレベルになっている。
ヘレンさんにお世話になりながら、ここからしばらくは、前世をトレースしたイベントが進行していく。
当面は生活の準備が優先だが、来週からはサンノゼの研究所に定期的に通い、集められた研究スタッフとディスカッションを行う予定だ。
研究スタッフの建設的な意見に対して、俺と優子、彩乃ちゃんがコメントし、さらに進化したアイデアへと導いていく。
そういえば、前世ではディスカッションに1回だけ参加した保が、ひたすら黙って下を向いていたな。
俺たちが秋葉原からサンノゼに移ったことで、KSセキュリティ社の開発部門もサンノゼにやって来ている。
午前は量子コンピューター開発チームと、午後はKSセキュリティ社の開発スタッフとのミーティングを行う。
こちらも優秀なメンバーばかりなので、建設的で有意義なディスカッションになる。
プログラムが得意な優子と彩乃ちゃんが議論を主導し、俺が時々理論的な補足をする形で進んでいく。
中国系のお姉さんが自宅を訪ねてくるイベントも、前世と同じ展開だ。
名前はファンさん。“グ……”という会社でAIの研究をしている人だ。
前世と同じく、来年1月に行われるAI研究についての講演会でのプレゼンに誘われる。
ここまで、お読みいただきありがとうございます。
励みになりますので
ぜひブックマークや評価などをお願いします。




