歴史の修正力にどう対処するか
「その後、秋葉原で優子と出会うことになる。出会った後のことは、いまさら言う必要はないよな。俺はうまく人生を変えたつもりだった」
俺は静かに目を伏せた。
「……しかし2014年、過激派に殺されてしまった。俺と両親だけでなく、優子や保まで巻き込んでしまった。優子、本当にすまなかった」
声が震え、胸の奥が締め付けられる。
「そんなこと!」
優子は身を乗り出し、潤んだ瞳で俺を見据える。
「叔父の家は地獄だったわ。家出して秋葉原に座っていたとき、そのまま死んでもいいと思っていたの。相馬家に出会わなければ、生きていたとしても碌でもない人生を歩んでいたと思う」
彼女は両手をぎゅっと膝に置き、震える声で続けた。
「その後は、相馬家の子供として本当に楽しい人生を送ることができた。生きていて良かったって、心から思ったのよ」
言葉が途切れ、2人の間に静寂が落ちた。
互いに涙ぐみ、しばし言葉にならなかった。
俺は深呼吸をして、震える声を立て直す。
「続けるね。2回目の人生が終わった後も、前回と同じ神様の場所に行き、面談をした。今度こそ悲惨な家族の未来を変えるべく、前回と同じ条件で過去の自分に転生した。つまり、2回目の転生をしたんだ」
「私も同じよ」
優子は涙を拭い、まっすぐこちらを見た。
「これまでの人生についての面談を受け、『これからどうしたいか』と聞かれたの。だから、『過去の自分に転生して、両親が死なないようにしたい』と答えたわ。私も、優秀な頭脳と前世の記憶をギフトに授けていただいて転生したの」
「そうか……」
俺は優しく頷き、優子の瞳を見つめ返す。
「望みが叶って本当に良かった。転生した目標を達成したね。おめでとう」
優子は小さく笑みを浮かべ、涙をこらえるように唇を噛んだ。
「ところで、前にメールで送ったけど……優子の両親が交通事故で亡くなった原因、やらせたのは社長の康之だと思う。証拠はないけどね。優子はどう思う?」
俺は少し声を落としながら問いかける。
「私も、そうじゃないかと思っている。でも……証拠はないわね」
優子は眉を寄せ、悔しそうに唇をかんだ。
「推測だから、怒るに怒れない。中途半端な気持ちになるよな」
俺がつぶやくと、優子の表情もますます険しくなる。
しばし沈黙が流れる。
「とにかく、優子の両親が交通事故で死んでしまう未来は変えることができた。ということは……俺の家族の不幸な未来も変えられるはずだと思う。今のところ方法は分からないけどね」
「……」
優子はまっすぐ俺を見つめ、力強くうなずいた。
「今後のことなんだけど……優子たちとは、TV会議システムでつながっているくらいの状態が安全だと思う。もちろん、ここでお別れしても構わないよ。危険だからね。村岡家の安全が第一だと思う。これからどうしたいか、優子の考えを聞きたい」
優子は少し俯いたあと、顔を上げてはっきりと言った。
「前世で、相馬のお母さんに助けられなければ、その後どうなっていたか分からなかった。そして、相馬家の子供として大事に育てられて、短かったけど……本当に楽しい人生を送らせてもらったの。その恩は忘れていないわ」
彼女は胸に手を当て、言葉に力を込める。
「それに、転生した今生でも匠が両親を助けてくれた! 自分の両親が助かったからって、じゃあ……さようなら、なんてできない。私はこの先どうなるかわからなくても、相馬家に不幸な未来が来ないように協力するわ」
真剣な眼差しで言い切る優子を見て、胸が熱くなる。
俺はこらえきれず、うれしさのあまり涙が頬を伝った。
「ありがとう、優子。相馬家の悲惨な未来を変えるためには、どうすればいいだろうか?」
優子も、すぐには案が浮かばないようだ。
「優子、神様と“歴史の修正力”について話したか?」
優子は小さく首を振った。
「いいえ」
「自分や家族の人生を変えようとすれば、歴史そのものが変わったり、別の人の人生が狂ったりするんじゃないか……そう疑問に思って、神様に聞いてみたんだ」
俺は腕を組み、視線を少し宙に漂わせながら続けた。
「……すると、“お前が作り出す揺らぎが小さなものであれば、大きな歴史の流れに影響を及ぼすことはない。だから気にする必要はない”と答えてくれた」
「それを聞いて安心したんだけど、ただし……という条件がついていた」
俺は苦笑を浮かべ、肩をすくめた。
「自分の行動が戦争を引き起こしたり、産業革命みたいな大革新を生み出したりする時には、“歴史の修正力”に抹殺される可能性があるらしい。ただし、よほどのことをしない限り大丈夫だとは言われた。でも、やっぱり恐ろしいよな……」
優子は眉をひそめ、唇をかすかに噛む。
「前世で命を失った時、自分たちの研究が戦争を引き起こしたり、産業革命レベルの大革新を生み出したとは思えないんだけど……優子はどう思う?」
俺は彼女の顔をのぞき込んだ。
「少なくともあの時点で、“歴史の修正力”が動くほどのものではなかったと思うわ」
「そうなんだ。あのままAIシステムの研究を続けていれば、遠い未来に“産業革命といえる革新”を生む理論にたどり着く可能性はあったかもしれない。だが、将来の可能性だけで“歴史の修正力”が発動するとは思えない」
俺は椅子の背もたれに体を預け、深く息を吐いた。
「とはいえ、俺たちの命がかかっているんだ。わずかな可能性でも、何らかの対策は考えなきゃならない。株で稼いだ金で引きこもり生活を送るのも手かもしれないけど……何十年もどこかに閉じこもって過ごすなんて、正直きつい」
優子は沈黙し、指先でマグカップの縁をなぞる。
その仕草を眺めながら、俺は言葉を継いだ。
「俺としては、せっかく神様からギフトとして与えられたこの頭脳を活かしたい。研究を職業にして、それなりに生きがいを感じながら生きていきたいんだ」
俺は掌を見つめ、ゆっくりと握りしめた。
「研究については、前世と同じくAIの研究を続けるつもりだ。ただし成果はすべて非公開にする。仮に開発したAIシステムを提供することがあったとしても、中身は完全にブラックボックスにする」
言いながら、俺は机に指先で軽くリズムを刻み、慎重に言葉を選んだ。
「未来技術研究所の主な収入源はセキュリティ分野に据えるつもりだ。基本的には、その分野にだけAIシステムを“ブラックボックス”として提供していこうと思う」
視線を優子に移すと、彼女は真剣な顔で耳を傾けていた。
「AIの研究に関しては、そうしておけば……さすがに“歴史の修正力”が発動することはないだろう」
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