未来技術研究所を作ります
「本当に良かったです。私も元はサラリーマンでしたから、村岡さんが鈴森会長に直訴したことが、勤め先にどう影響するのか心配していました」
「すべて匠くんのおかげです……」
「あの鈴森会長に認められるなんて、匠くんはすごいですよ。度胸もありますよ。私なんか、鈴森会長を前にして緊張しっぱなしでしたからね。ああいう人のオーラというのは、本当にすごいんですよ……」
「そういえば鈴森会長が……『いきなり本社の会長室に来たのは、このためでもあったのだな……面白いな君は……!』と匠くんを褒めていました。匠くんが本社の会長室にアポなしで乗り込んだ時には、奥さんも一緒だったとか。奥様もすごいです」
「『ちょっと行ってくる』というのが、K社の本社だったとは! 匠が鈴森会長に会いに行くのを、母さんは知っていたのか?」
「匠がどうしても行きたいと言うから、行き先も聞かずに一緒に行きましたよ」
「匠の思い切りの良さは、母さんの遺伝だな。大したものだ。私のように会社組織に一度でもどっぷり浸かってしまうと、そんなことは最初から無理だと諦めてしまうんだ。匠を見習わないといけないな」
「相馬さん、私も同じ意見ですよ。匠くんに大いに教えられました」
父と村岡さんは、気が合いそうだな。
「匠と一緒にプログラムを作った優子ちゃんも、すごいじゃないですか」
「優子は、プログラムが作れることを、私たちにはずっと隠していたみたいなんですよ」
「まあまあ! 子供たちの仲もいいことですし、これから私たち親同士も仲良くしていきませんか?」
「それはいいですね。願ってもないことです。乾杯しますか」
村岡さんが父にビールを注いでいる。
「乾杯〜」
「ところで相馬さんは、今はどんなことをされているのですか?」
「元々はゼネコンで建物の設計をしていました。2003年に退職し、父の設備会社を継ぎました。しかしその後いろいろあって、設備会社を畳んで“AKビル管理”という会社を作りました。今後はビル管理を主な仕事にする予定です」
「私の方もいろいろありました。会長の声がけで、古巣の新薬開発部署に戻していただきましたが、社長交代の原因を作った私に対しては、組織は静かにはしてくれませんでして……」
「あれこれと無責任な作り話を、陰で言う人がいっぱい出てきました。大きな組織とはそういうものだと、自分では理解しているつもりですが……これからのことを、いろいろ検討したくなっています」
裕太さんは少し眉をひそめ、手を膝の上でぎゅっと握りしめながら言った。
「確かに、組織には派閥がありますからね。社長派閥も残っているのでしょう。陰口は、その人たちで間違いないですよ。私も会社勤めをしていましたから、それぐらいなら想像できます」
父はうなずきつつ、少し遠くを見やりながら落ち着いた声で返した。
俺は姿勢を正し、まっすぐに父さんと母さんを見据えた。
「父さんたちに話があります。来年、2007年には秋葉原のビルが完成します。そしたら僕は『未来技術研究所』という会社を作るつもりです」
思わぬ言葉に、母の目が大きく見開かれる。
俺は一呼吸置いて続けた。
「……その会社ではセキュリティシステムとAIの研究を行います。セキュリティを主軸に、企業の技術コンサルタントを行う会社にしたいと思っています」
横に座る優子をちらりと見て、にっこり笑みを向ける。
「優子ちゃんには、未来技術研究所で一緒に研究……というか、働いてもらおうと思っています。よろしいでしょうか?」
「え……会社を作るのですか? 来年というと、匠くんはまだ8歳ですよね」
裕太さんは驚きの声をあげる。
俺は軽く首を横に振って補足する。
「会社登記上の社長は母になってもらいます。実質的な社長は私ですけど……」
裕太さんが腕を組んで優子の方へ視線を移した。
「優子はそれでいいのか?」
優子はすぐに小さく微笑み、はっきりとうなずいた。
「匠くんと一緒に研究をしたいと思います。いいですか?」
その言葉に、部屋の空気が少し和らいだ気がした。
「雇用できる最低年齢は15歳からなので、優子ちゃんのお母さんが働いていることにして給料を払います。それに、メールでやり取りしながら仕事を進めますから、優子ちゃんは自宅で研究をする形になります。安心してください」
俺は落ち着いた口調で説明した。
「優子がやりたいのならいいけど……小学校はどうするの? 放課後に研究をやるの?」
裕太さんが、少し戸惑ったように問いかける。
優子は首を横に振り、迷いのない声で答えた。
「私は小学校には行きたくないの。学力レベルが飛び抜けて高い生徒は、先生からも生徒からも異質な存在になるはずだわ。きっと私は小学校で孤立すると思う」
俺は頷き、補足を加える。
「僕は私立の小中一貫校に入学しています。その学校は、自宅で課題を自習すれば出席扱いにしてくれます。優子ちゃんも同じ学校に入学すればいいと思います」
さらに念を押すように続けた。
「……優子ちゃんには未来技術研究所から給与を支給しますので、私立の入学金や授業料には困らないはずです。寄付金については、僕の方から払っておきます」
優子は目を輝かせ、小さく拳を握った。
「私は匠くんと同じ学校に入学したいです……」
父は頭をかきながら、少し困ったように母の方へ顔を向けた。
「何だか、ついていけなくなってきたけど、どうすればいいかな? お〜い、恵! 聞いていただろ。どうすればいいのかな……」
母は微笑みながら、すぐに答えた。
「匠くんに私たちの人生を助けられたわけだから、この流れに乗る方がいいと思うわ」
優子のお母さんも、同じようにうなずいている。
やはり母と似たタイプなのかもしれない。
「分かった。匠くんの言う通りにしよう」
父は大きくため息をつき、観念したように笑った。
「匠のやることに、一々驚いていたらきりがありませんよ」
母が軽く肩をすくめて言う。
俺は少し間を置いて、視線を村岡さんへ向けた。
「もしもの話ですが、村岡さんがA製薬を辞めるということになれば、未来技術研究所で一緒に働きませんか? 考えておいてください」
村岡さんは腕を組んでうつむき、しばらく唸ったあと、苦笑いを浮かべた。
「ん〜、ん〜……考えておくよ」
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