勇気の告白、涙の結末
「鈴森会長! 村岡裕太さんの話をお聞きいただけないでしょうか? 話を聞いてどう思われるかは、会長にお任せいたします。聞かなかったことにされても構いません。判断はすべて会長にお任せします。よろしいでしょうか?」
母は事情をまったく分かっていないが、難しい展開になっていることは感じているようだ。
だが、相変わらず泰然としている。
「匠くんがそこまで言うのなら、聞いてみようじゃないか」
***
裕太さんも会長のオーラに一瞬怯むが、拳を握りしめ、意を決して臨床試験データの改ざんについて語り始める。
声はわずかに震えていたが、その目には覚悟が宿っていた。
「……というわけです」
新薬開発に関するこれまでの経緯を、裕太さんがすべて話し終えた。
その場に重苦しい沈黙が落ちる。
鈴森会長は、目をゆっくり閉じて深く考え込む。
腕を組み、眉間に深い皺が刻まれていく。
……沈黙が続く……
やがて会長の表情が固まり、いつもの温厚な顔が見る影もない。
顔全体に怒りの色が浮かび、ただならぬ気配を放っていた。
(すごく怒っている……! どうか俺たちにではありませんように……)
俺は思わず息を呑む。
隣で裕太さんも、心配そうに会長の顔を見つめている。
やがて、低く重い声が響いた。
「宮原の息子は……いったい何をやっているのだ! そんなことをしたら、A製薬が潰れてしまうではないか。関連会社の社員を含めれば、何千人という社員がいるのだぞ!」
机を拳で軽く叩き、会長の怒りがにじみ出る。
その場の空気がさらに張りつめる。
しかし次の瞬間、会長は深呼吸をして声を落ち着かせ、こちらを見据えた。
「匠くん、ありがとう。そして村岡裕太さん……話していただいてありがとう」
表情はまだ硬いままだが、その声には確かな信頼がこもっていた。
「この先のことは――あとは私に任せてくれないだろうか?」
会長の言葉に、俺も裕太さんも思わず背筋を伸ばす。
その眼差しは、全てを背負う者の覚悟そのものだった。
「会長、お話を聞いていただきありがとうございます。なんとかA製薬を救ってください。A製薬に属する私が、このようなルール違反をしてしまいました。退職すべきだと心得ています」
「会社を辞める必要などない。そんなことは私がさせない! もし万が一、君がA製薬を首になるようなことがあれば、私が君の再就職を保証する。とにかく私に任せてほしい」
裕太さんの目から涙が流れる。よほど悩んでいたのだろうな。
とにかく良かった……
「村岡さん、優子ちゃんを怒らないでください。すべて私が勝手にやったことです」
「怒ったりはしないよ。匠くんにも優子にも、感謝しかないよ」
と、裕太さんが優しく優子の頭を撫でる。
優子が泣いている。話を聞いて、会長がどうするのか心配だったのだろう。
俺だって、会長がどう判断するか心配だったし、冷や汗が出ている。
「匠くんがいきなり本社の会長室に来たのは、このためでもあったのだな。面白いな、君は! またプレゼンに来てくれ。今日の話は大変興味深かった」
俺たち4人は、お礼の挨拶を済ませ、会長室を後にする。
秘書からお土産を渡してもらい、別々の車で自宅に送ってもらう。
今日は何かすごく疲れた。
会長が怒鳴り出すのではないか……それとも、裕太さんが感情を爆発させてしまうのではないか……。
胸の鼓動が早まり、俺はドキドキだった。
きっと優子も同じ気持ちだろう。
後で優子にメールしてみよう。
家に帰ったら……
「優子ちゃんとは、どういう関係なの?」と、母から聞かれる。
「プログラム好きが集まるサイトがあって、そこで知り合った仲間です」
と答えておいた。
前世では、あなたの娘でしたよ……とは言えないからね。
***
次の日曜日がやってくる。
今日は、村岡家族が自宅を訪ねてくる予定になっている。
玄関の呼び鈴が鳴っている。
玄関で家族全員がそろってお迎えし、すぐに中に入ってもらう。
あれから、A製薬はどうなったのだろう。
裕太さんはどうなったのだろう。早く聞きたい。
優子に電話で聞いたときには「細かいことは私も分からない。今度の日曜日にそちらに伺うから、その時にお父さんから直接聞いて」としか、答えてもらえていないのだ。
どうなったのか、やはり心配だ……。
「鈴森会長の件、本当にありがとうございました。あれからすぐに、鈴森会長からA製薬の宮原会長に連絡をとっていただいたようです。結局、現社長は辞任することになりました」
父も、母から事のあらましを聞いていて、会社員として組織に属していた経験から、その後の裕太さんの成り行きをすごく心配していたみたいだ。
「宮原会長が、当面は社長を兼務されるようです。新薬の臨床試験は中止になりました。それと、宮原会長が直接、私どもの自宅にお詫びに来てくださいました。そして私は新薬開発の研究員に戻していただきました」
そこまで聞いていた父が……
「母さん、ビールで乾杯しよう」
と言い出す。母がニコニコしながらビールを持ってくる。
「何かつまみを」ということで、優子ちゃんと、二人のお母さんが台所で何か作っている。
データ偽装問題が解決したので、三人とも笑顔で料理をしている。
本当に良かった。父が村岡さんにビールを注いでいる。
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