保の親がAIの会社を立ち上げるって?
2012年6月――
小学校を卒業し、俺は中学生になった。
概ね半年間は日本で過ごし、残りの半年間はアメリカで過ごすような生活をしている。
保も中学生に進学できたみたいだが、どうやっているのだろう。
それよりも、いまだに俺の家に住み着いている。
両親は気にならないのかな。まったく変な家族だ。
特別研究体験プログラムは、いまだに継続中。
大学の単位はかなり取得したので、S大に飛び級入学をしたとしても、取得しないといけない単位は少なくなっている。
***
2012年7月――
「11月頃、マサチューセッツ州のMITの近くに父が会社を立ち上げることになったんだ。僕もそこに行かなくちゃならなくて……匠くんや優子ちゃんとは、一緒に暮らせなくなるんだ」
保が唐突に切り出す。
(いきなり……何だよ、その話は……!)
保が家を出ていくのは正直ありがたい。だが問題は、AI研究の方にある。
なにしろ、彼の父親が作る会社はAI関連の会社なのだ。
たとえば、まだ特許出願していないKSセキュリティ社関連のAIアイデア。
それに加え、俺と優子が研究している「多分野に応用可能なAIシステム」のアイデアまで、保はいつも俺たちのそばにいたから、全部頭に入っているはずだ。
「この研究は絶対秘密だぞ」と何度も念を押してきた。だが保の秘密保持は、まったく信用できない。
リーマン・ショックのときだって、あいつの軽率さで酷い目に遭っているんだから。
(宮原会長は、この件をどう見ているのだろうか……?)
判断に困る時には、やはり鈴森会長に報告だ。
アポを取り、TV会議システムを立ち上げ、保の件について相談する。
画面に現れた鈴森会長は、椅子にもたれながらも眼光鋭く、こちらを真っ直ぐに見据えていた。
「ある新薬開発において、康之社長がデータ偽装を長年指示していたことが、2年前に宮原会長に知られてしまった」
会長の声は低く重い。俺は思わず息を呑む。
「……康之は、“開発担当の研究者が勝手にやったこと”と強弁し、自分は指示していないと主張した。だが会長が徹底調査を進めた結果、康之がすべて主導していたことが明らかになったのだ」
そこで一度、鈴森会長は険しい表情を浮かべ、画面越しに俺を試すように視線を走らせる。
「しかも研究所では、上層部からデータ偽装を強いられるのを嫌がり、優秀な研究者が次々と退職してしまっていた。調査結果を踏まえ、宮原会長は康之社長を引責辞任させ、自ら会長兼社長の職を担った」
「そんなことが……」と俺は小さく呟く。
「康之には、1年間の謹慎の後に小さな関連会社の社長を任せたそうだ。小さな関連会社の業績を伸ばせば、次はもう少し大きな会社、最終的にはA製薬本社の社長に戻すことを、宮原会長は考えていたみたいだ」
「しかしだ」
会長の声が鋭くなる。
「左遷された社長に対する厳しい目に耐えきれず、我慢することなく半年あまりで退職してしまう。それ以来、宮原会長と康之さんとの仲は険悪になっているそうだ」
俺の胸に嫌な予感が広がっていく。
「康之は、もっと手っ取り早く“自分の力”を示そうと考えたのだろう。そこで目をつけたのが、息子の保が関わるAI開発だ。マサチューセッツ州のMIT近くに“AIの会社を作った”、というわけだ」
会長はため息をつき、苦々しい顔で続けた。
「匠くんの未来技術研究所や、K社との関係を少しでも考えられる人間なら、そんな真似はしなかった。宮原会長も“息子の出来の悪さにはがっかりしている”と、私にこぼしていたよ」
(康之の人となりを聞けば聞くほど、胸の奥でざわめきが広がる……ますます不安になるな……!)
「ただ安心していい。康之の会社とAIその他に関する権利の帰属問題が起きた場合には、K社の知財チームが全力で対応する。君たちの技術が理不尽に奪われることはない。そこは心配しなくていい」
画面の向こうで、鈴森会長は重々しく言い切り、最後に力強く頷いた。
その表情には揺るぎない自信と責任感がにじんでいる。
(康之さんは……人として、どうなのだろうか……?)
思わず深いため息が漏れる。
データ偽装を部下に命じるなんて、あってはならないことだ。ましてや扱うのは、病人が口にする薬だぞ。
患者の命を軽んじ、危険な薬を平然と世に出そうとする神経……その行為は、人を犠牲にしてでも会社の業績を上げ、社長としての評価を上げようとする卑劣さに他ならない。
そんなことを続けていれば、A製薬は世間から信頼を失い、やがて倒産し、社員たちは職を失うだろう。
それを理解できない人間が経営の頂点に立っていたなんて……背筋が寒くなる。
保にしても、あの父親に従ってばかりではダメだ。意志が弱く、気も小さいから逆らえないのだろうけど……だからといって流されるままでは、結局同じ道を歩むことになってしまう。
(もっと自分の意志を出して、父親に立ち向かう強さを持つべきなんだ……!)
そもそも保は、唯一コミュニケーションが取れる俺たちと一緒にいたいから、俺の家に住み着いていた。
別にAIの研究に興味があるわけでも、研究が好きでもないんだ。
俺たちがAIの研究を楽しそうにやっているから、近くに座って俺たちが読んでいるAIの文献を読みながら、楽しそうに議論している俺たちを、ニコニコして眺めていただけだ。
心の平静を求めていただけなんだ。
確かに、いつも俺たちと一緒にいたから、AIについては詳しくなっていると思う。
だからといって、保を中心にAIの開発を進められるようなレベルに至ってはいない。
彼の頭脳はそれなりに優秀だから、多少の真似はできるかもしれないが、それ以上のことは無理だ。
それに、俺たちとでさえ小さな声でやっとコミュニケーションが取れるくらいなのに、MITの研究者たちのリーダーになり、いろんな議論をまとめながら、より良い方向にAIシステムの開発をリードしていくことなんて出来はしない。
無理なことをさせるというなら、彼の精神が耐えられるか心配だ。
保が壊れてしまっても平気なのかな?
自分の息子だよね? 親でしょ!
(本当に康之は勝手な人だと思う……!)
自分さえ良ければいいというのが、この人の行動原理なのだろう。
そんな父親だから、保が宮原会長にしか連絡を取らなかったのかもしれないな。
***
2013年4月――
康之さんの会社の近況を、鈴森会長が知らせてくれた。
予想していた通り、康之さんの会社のAIシステム開発は、まったく進展していないらしい。
MITの研究者たちとディスカッションしながら、AIシステムの方向性をまとめ、開発を導く――そんな役割を保に任せるなんて、どう考えても荷が重すぎる。
康之さんは、自分の息子の性格や能力をまるで理解していないのだろう。
無理やりにやらせれば、できるようになるとでも思っているのか。
だが、そんな無茶なやり方では、保の心を押し潰すだけだ。
子供の性格を理解して支え、得意分野を伸ばせるように応援してやらなければならない。
そうしていれば、今の保はまったく違う姿になっていたはずだ。
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