また引っ越しするの?
鈴森会長に、S大学の教育プログラムと将来の飛び級入学のことを連絡したら、すごく喜んでくれた。
最近、鈴森会長が自分のお祖父ちゃんのような気がしている。
保から連絡を受けた宮原会長も、大喜びらしい。
宮原会長は、保が成長したと思っているかもしれないけど……保はまったく成長していないからね。
勘違いはしない方がいいと思うよ。
コミュニケーション能力は0のままだから。
そういえば、保の連絡相手はどうしていつも会長なのだろう。
普通は両親じゃないのかな?
シリコンバレーに、日本からスーパー天才児が来ているという噂が、アメリカの経営者や学者の間で広がっている。
噂の発信源は、もちろんS大学の学長だ。
「大学の宣伝に貢献してほしい」と言っていたしね。
知らない人は、「天才を育てたのはS大なのか……さすがS大学は違う……」となるだろう。
メディアが俺たちに取材に来れば来るほど、大学の注目度も上がるという仕組みだ。
上手いこと考えるよな……狙い通りですね、学長……
さすがに、セキュリティシステムとか量子コンピューターやAIシステムまでS大学の手柄にはしないだろうけど……油断はできないな。
あくまでも教育プログラムに参加するだけで、S大の学生になったわけでもないし、一応、鈴森会長にも報告しておこう。
K社にも、アメリカのメディアから取材申し込みがひっきりなしだそうだ。
K社には広報担当がいるから、任せておけばいいだろう。
***
2009年3月――
鈴森会長がサンタクララにやって来る。
「匠くん、もう少しセキュリティの高いアパートメントに引っ越そうか。そこは20階建てのアパートメントの7階だ。入口が限られているし、不審者を中に入れないようにガードマンがいるから、ここよりセキュリティが格段に良いはずだ」
また引っ越し……まだ1年も住んでいないけど。
家族の方を見ると「え……また……」という顔になっている。
夜ではないけど、夜逃げパート2なのか……。
アメリカでは有名人になると、強盗や誘拐に用心しなければいけないらしい。
特に俺たちは子供だし、誘拐のターゲットとしては申し分ないという話なんだ。
会長の言う通りかもしれない。
キャリーバッグに身の回りの物を詰め込む。
なんか秋葉原ビルのときのことを思い出すな。
パソコン類は、研究所のスタッフたちが運び出してくれている。
やはり大きな会社がサポートしてくれると、いろいろ助かる。
鈴森会長のお付きの人たちが乗っている大型ワゴンに、キャリーバッグや荷物を詰め込んで終わり、新しい住居に向けて出発だ。
アメリカの大型ワゴン、でかいな!
距離は離れていないので、すぐにアパートメントに到着する。
入口のガードマンが許可しなければ中に入れなくなっているし、エレベーターも専用のカードがないと動かない。
住み心地なら前の住宅の方が断然良いけど、不審者の侵入を防ぐという目的なら、こちらの方が良さそうだ。
部屋数も7部屋あるし、デラックスな作りになっているという話だ。
どんな部屋なのか期待しながらドアを開けると、体格のいい40歳前後のおじさんが2人立っている。
鈴森会長が頼んでくれた、日本人のガードマンさんだ。
アメリカにいる間中、俺たちをガードしてくれるそうだ。
誘拐されるのは怖いし、ガードマンをつけてもらえてすごく心強い。
それにしても、アメリカは物騒な国だ。
しかし、あれこれ考えるのはやめよう。全部K社に任せておけば大丈夫だ。
俺たちは研究に集中しよう。
それにしても……保……おまえ、いつまで家にいるの?
「いつまでこの家にいるの?」とか聞いたら、保は絶対に泣くと思う。
面倒なやつだ。
そもそも保の親も心配じゃないのかな?
今まで一度も俺の家に来てないし、保も親の話を一切しないというのは、明らかにおかしい。
金持ちの宮原家では、家庭事情も複雑なのかな。
***
2009年3月――
S大学に、ファンさんの研究室ができたそうだ。
3月から特別研究体験プログラムがスタートすることになる。
といっても、別にファンさんの研究室のスタッフになるわけではないので、ディスカッションに時々参加するだけだよ。
ディスカッションに参加する日に、面白そうな講義を受講する。
ファンさんは研究室運営のため、研究費集めを頑張らないといけないようだ。
「有名人のあなたたちがいれば、研究費を集めやすいのよ。協力してね……」と、ファンさんにお願いされる。
「良いですよ」と答えたが、研究室のホームページに俺の名前を載せるぐらいだよな。
「匠……K社やA製薬から研究費ももらえないかな? 頼んでみてくれな〜い」とか、さらっとお願いされちゃうし……ちゃっかりというか、そんなに困っているのかな?
“グ……”からもいっぱいお金をもらっているのだから、もう十分だと思うのだが、いろいろ話を聞くと、アメリカの大学の研究室運営はお金がたくさん必要なんだそうだ。
大学への入学のきっかけを作ってくれた恩人だから、「聞くだけ聞いてみますね」と答えておく。
***
2009年6月――
俺たち3人だけで、S大のキャンパスをプラプラ歩いていたら、ファンさんが走ってくる。
「大学のキャンパス内は安全な場所とか思わないでよ!」と注意される。特に夜は絶対ダメらしい。
日本から来たガードマン、日本の大学のイメージで遠くから俺たちをのんびり眺めていたが、それ以後は俺たちの近くに張り付くようになる。
大学のキャンパスには大勢の学生がいるのだが、彼らとの交流はまったくない。
これで良いのか、俺たちのキャンパスライフ!
何か違う気がするのだが……
最初の頃は、大学の研究者や学生たちが、有名人の俺たちに何かと声を掛けてくれていたのだが、そのたびに保のやつが怖がって……とにかく逃げようとするのだ!
声を掛けてくれていた人たちも、保がすごく怯える様子を見て、「声を掛けて悪かったのかな」と思ったみたいで、そのうち誰も声を掛けてくれなくなり、現在に至る。
結局、大学では誰も俺たちに近寄らないようになっていたのだ。
優子も俺も、すごく残念だ。
保……いい加減にしてくれ。
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