量子コンピューター
まずは、市販のグラフィック用GPUを何枚か使ってAIの計算処理を高速化し、さらにパソコン側のCPUも並列処理させて、全体の処理能力を向上させてみる。
もちろん、計算処理を並列で行わせるためのライブラリも自作する。
リーダーは優子だが、みんなで実に楽しく遊んでいる。
当然、複数のパソコンを並列で動かすためのOSも必要なので、これも開発した。
これで現在市販されているどんな高速パソコンよりも、遥かに速い計算速度を実現できるはずだ。
まあ、自分たちの最高のおもちゃを作っているようなものだ。
3人で、どうすればより速く計算できるかを考えている。
本当に楽しい。
レースカーを、より速く走らせるために、皆でチューニングしているのと、同じ感覚だと思う。
これ以上速くするのは無理だとなったとき、じゃあ次はどうするかを考え始める。
この頭脳はいくら使っても疲れないのがいい。
知的な遊びは、無限に楽しい。
だったら、量子コンピューターを作っちゃおうか――となって、論文を集めて読み始める。
俺たち3人は、熱中を通り越して、深く深くのめり込んでいく。
まるで、面白いゲームに夢中になっているのと同じ状態だ。
学術論文を読めば、意図していることがすぐに理解できるし、優子がいるからシミュレーションプログラムもすぐ作れる。
理論の検証がすぐにできるなんて、そりゃ最高に面白いに決まってる。
研究所の上のフロアが自宅というのも便利でいい。
寝る直前までいろいろ研究ができるからね。
母から「いい加減にしなさい」と怒られるまで、ずっと遊んでいられるからね。
そんな感じでやっているので……
シミュレーション上で量子コンピューターの処理を再現するところまでは、あっという間に完成してしまう。
このあとは、シミュレーション上の処理を実際のデバイスに置き換えていけばいい。
適したデバイスさえ見つかれば、量子コンピューターは作れるということだ。
もっとも、量子コンピューターの開発は俺たちがやらなくても、世界中の優秀な研究者たちが進めているし、その中の誰かがきっと作り上げるだろう。
つまり、俺たちの行動が世界の歴史に大きな影響を与えることは、たぶんない。
ところで、世界の歴史に大きく影響を与える技術開発とは何だろう?
原爆や水爆、細菌兵器といった兵器開発は、それに該当するだろうな。
俺たちがそういう開発に関わるようなことは、絶対にないから安心だ。
さて、量子コンピューターに興味が移ってしまったが、一方で、市販のGPUを何枚か使って並列処理を行う試作パソコンを、マニアや研究者向けに売ってみようという話になる。
遊びでやっているから、興味の方向性もフラフラと変わる。
しかし、遊びでやっているからこそ、開発スピードは猛烈に速いのだ。
販売については何も分からないけど、妙に興味が湧くのだ。
自分たちが作ったものを売ってみたい――そう思い始める。
商品を売れば、当然販売責任も発生する。だから本来は、安易に思いつきでやらないほうがいいのだが、俺たちはもう楽しくて仕方がない。
「並列処理ライブラリも、おまけに付けようか」とか、「サンプルソフトはどうする?」といった話題で盛り上がっている。
……あれ? 保君、普通に声が出てるよ。
「あーでもない、こーでもない」と3日ほど楽しんでみたものの、いざ「どうやって販売するか?」となると、さっぱり分からない。
ここはやはり、鈴森会長に教えてもらおうということになる。
財界のご意見番に、学校の先生みたいなことを頼んでいいのか……とも一瞬思ったが、結局連絡してしまった。
すると意外にも、「すぐに見たい」という返事が返ってくる。
***
2008年8月中旬――
鈴森会長と、パソコン製造部門の取締役、技術本部の担当者が数名、見学にやってきた。
「匠くん、何か面白いものを作ったらしいな」
「AIの学習処理を高速で行える、GPU搭載の並列処理パソコンを作ってみました。試しに、マニアの人向けに売ってみようかと3人で考えてみたのですが、具体的にどうすればいいのか、さっぱり分からなくて……。まずは、どんなものか説明します」
俺は、GPUを何枚か使って並列計算を行う処理の過程を説明し、その次に複数のパソコンで並列処理を行うデモを見せる。
これなら、いくつかのAIシステムを同時に動かすことができる。
複数のAIシステムを並列処理できれば、人の脳のように統合的な処理もできるようになるはずだ。
デモ終了後、技術資料をまとめたペーパーを配布し、さらに詳しい説明を行う。
技術本部の担当者から、さまざまな質問が飛ぶ。
これはデモで見せたものを、研究機関向けに販売することを前提とした質問だ。
……なんか楽しい。売れたらうれしいな!
「こんなものを、子供3人で開発したのか……」
パソコン製造部門の取締役と技術本部の担当者たちは、驚きを隠せない様子だ。
ディスカッションの後、並列処理パソコンをK社で製品化して研究機関向けに販売する場合、ビジネスとして成立するかどうか、まず検討してみるという話になる。
大企業が事業化するなら、最低でも100億円以上のビジネスに成長する可能性がないと、やる意味がないからだ。
市場を調査し、ビジネスとして成り立ちそうであれば、製品の売上高に対するロイヤリティを未来技術研究所に支払うことになるらしい。
話も終わり、そろそろ解散か……というタイミングで、並列処理パソコンとは別に、量子コンピューターの開発も検討していて、その処理を検証するためのシミュレーションもすでに終わっていることを説明する――
……鈴森会長が、強烈に食いついてくる。
あれ? どうしたのかな?
会長から、何度も、何度も説明を求められる。
K社の主力研究者を集めて、ぜひとも量子コンピューターの開発を進めていきたいという話へと展開していく。
さっきまで話していた並列処理パソコンの影が、急激に薄くなっているのだが……
「並列処理パソコンと量子コンピューターでは、比較にならないよ」という雰囲気が、ひしひしと伝わってくる。
どうやら会長は、もともと量子コンピューターの開発を、どうしてもやってみたかったらしい。
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