新薬開発アシストAIシステム
それにしても……俺はいったい誰と話しているんだ?
目の前にいるのは、どう見ても小学生くらいの子供だぞ。
(この匠という子供は……何者なんだ……!)
チラリと隣を見る。会長のお孫さんは、相変わらず下を向いたままだ。
(よし、そのまま下を向いていてくれ……絶対に参戦するなよ!)
だが、次の瞬間、嫌な考えが頭をよぎる。
(ま、待てよ……これは“参戦する価値もなし”っていう意思表示か? それとも“興味の対象外アピール”なのか……?)
心臓がドクンと跳ねる。
(やめてくれ……頼むからやめてくれ……! 会長たちが後ろで見てるんだぞ……! 君もサラリーマンになったら、この胃がキリキリする気持ちが分かるはずだ……!)
さらに追い打ちをかけるように、横にいる女の子が鋭い質問を飛ばしてくる。
しかも、その目が真剣で、俺の言葉を一言一句逃さず吸収しているのが分かる。
(くっ……どんどん俺から知識が吸い取られていく……! この子たちの頭脳に、俺の理論が論理的に積み上げられていく……!)
少しでも間違ったことを言えば――「フフ……」と冷笑されそうな気がして、背筋がゾクッとする。
俺は新薬開発の分野なら自信がある。だが、それを一歩でも外れれば、ただの素人同然だ。それに対して匠は、どの分野に話を振っても、知識がオールマイティに深い。
(勝負にならん……! 最初から勝ち目なんてなかったんだ……!)
喉がカラカラになり、手のひらには嫌な汗がにじむ。
(もうやめてくれ……頼むから終わりにしてくれ……少しは忖度してくれよ……!)
気づけば、打ち合わせの終盤には立場が逆転していた。
(匠くんが“先生”で、俺が“生徒”じゃないか……)
(まずい……この構図は本当にまずいぞ! エースの肩書きが地に落ちる……!)
それに、会長のお孫さんはずっと下を向いたままだ。
無視なのか……興味なしなのか……そういう態度はやめてくれ。
後ろに座っている宮原会長や研究所の所長の視線が、背中に刺さってすごく痛い。
俺には分かる……背中にはすでに10本以上の矢が刺さっている。
落ち武者とはこういう気分か……
「おまえ、新薬開発のエースだろ?」という、声にならない言葉が、視線が、ビンビンと伝わってくる。
怖くて後ろを振り向けない。首が攣りそうだ。
これは……人事評価ダウン確定か……
泣きたい……もう帰らせてくれ。
***
2008年8月――
A製薬と未来技術研究所との間で、技術コンサルタント契約を結んだ。
これで2社目だ。
コンサルタント料の適正価格や算出根拠は全く分からないので、宮原会長にすべてお任せする。
新薬開発は、膨大な組み合わせの中から最適な組み合わせを見つける作業となる。
まずは、エース池田の過去の研究開発データ、というか開発手順を自動で学習するAIシステムを開発することになる。
エース池田の過去の研究開発データを学ばせることで、エース池田に迫るAIシステムを作り出し、さらに学習の幅を広げて、エース池田を超えるAIシステムを作り上げるのが当面の目標だ。
目標が決まれば、エース池田の新薬開発アプローチをお手本にして、AIシステムの精度をフィードバックしながら、最適なニューラルネットの構造を見つけていく作業となる。
「新薬開発アシストAIシステム」と名付けたものができれば、新薬開発期間の短縮が図られるとともに、このAIシステムを使って新人研究者のトレーニングも可能になるだろう。
しかもこのAIシステムは、長く稼働すればするほど賢くなる。
つまり、エース池田を超える「スーパー池田AIシステム」へと進化していくのだ。
A製薬にとっては、ぜひとも手に入れたいAIシステムになるだろう。
AIができるまで、エース池田が毎日研究室に来ることになる。
会長命令だそうだ。
俺たちは、1週間で検証に必要な基本AIプログラムを完成させ、さっそく学習を始めさせている。
あとは効果を検証しながら、ニューラルネットの構造をいろいろ改良していく作業になるだろう。
***
1か月で、とりあえずの叩き台レベルのプロトタイプが出来上がった。
あとはこのプロトタイプを基に、エース池田の意見を聞きながら、改良して精度を上げていけばいい。
プロトタイプのAIシステムの検証結果から、新薬開発期間を5%短縮できることが分かる。最初にしては上出来だ。
ニューラルネットの構造の改良を進めれば、この5%はさらに増えていくのは間違いないだろう。
エース池田は、自分の手柄のように大喜びしている。
とにかくこれは会長直轄プロジェクトだ。
何でもいいから成果を上げないと、自分の居場所がなくなるからだ。
完成ではないが、とにかく第一ステップには到達したと思う。
あとは、効果をフィードバックしながら保君がやっていけばいい。
保君もやる気になっているしね。
やる気になれば能動的に行動していくことで、コミュニケーション能力も向上していくと思うよ。
未来技術研究所としては、コンサルタント料を2000万もらった。
俺たちはそこまででいい。後は保君が頑張れよ!
2000万が多いのか少ないのか、よく分からない。
いずれにしても、新薬開発にはあまり興味が湧かないのだ。
なぜかというと、新薬開発は当然だけどすごく時間がかかるからだ。
開発したAIシステムが日の目を見るのは、ず〜っと先になる。
薬屋の息子である保君が、コツコツやっていけばいいと思う。
問題は、保君のコミュニケーション能力のなさだな。
システムの開発が一段落し、エース池田は研究所に来なくなっても、保君は毎日研究室に来ている。
2000万には、「保君とお友達になってね」……という金額も含まれているのかな?
それにしても、保君は俺たちにずいぶん懐いちゃったな。
保君、AIシステムの改良はやっているのかな?
まあ、俺たちの手は離れたから、どうでもいいか。
とにかく保君が、俺たちから離れようとしない。今日も俺の家に泊まっている。
そんなに懐かれても困るのだが……。
3人で、AIシステムの開発について話をしている。
そのうち、ニューラルネットワークの学習計算を、もう少し速くできるパソコンを作ろうという話になる。
A製薬からコンサルタント料を2000万円もらったしね。
そのお金で、みんなで遊ぼうということになった。
気分が上がるよね……
やっぱり、俺にとって未来技術研究所は、会社というより“遊びの一環”なのだ。
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