宮原会長と孫がやってくる
技術コンサルタント契約料については、正直なところ相場が分からない。
鈴森会長なら不当に安くするようなことはしないだろうし、むしろこちらの立場を守ってくれるはずだ。
気になるのは、7月の終わり頃にA製薬の会長と、その孫が研究所に来るという予定だ。
鈴森会長からは「よろしく頼む」と念を押されたが……さて、いったい何をするために訪ねてくるのだろう?
***
2008年7月下旬――
A製薬の会長と孫が10:00ごろに秋葉原ビルに到着する予定だと、秘書の人から未来技術研究所に電話連絡が入る。
こういう時は、母が電話番をしてくれている。
未来技術研究所には電話番がいない。
会社としてこれでいいのかという気もするのだが……
今のところ、俺と優子の遊び場という感覚なので、まったく気にしていない。
とりあえず、K社からの連絡はほとんどメールで届くし、緊急の時は鈴森会長から俺の携帯に電話が入ることになっている。
未来技術研究所はKSセキュリティ社と技術コンサルタント契約を結んでいるが、KSセキュリティ社は秋葉原ビルの7Fに入っているから、メールで連絡をもらえば階段でひとつ下のフロアに降りれば済むのだ。
というわけで、現状として特に問題は発生していない。
(自分で勝手にそう思っているだけかもしれないが……会社経験もないし、自分にはどうすれば良いのか分からない……)
自分的には、未来技術研究所が会社としてちゃんと稼働するのは、俺が大人になってからでいいという気持ちなので、KSセキュリティ社との関係も、成り行きまかせぐらいに思っている。
今回もビルの前に並んで、相馬家全員でお出迎えしている。
VIPが乗っていそうな車が2台、秋葉原ビルに近づいてくるのが見える。
A製薬の会長と孫が乗っているのは、この車に違いないだろう。
黒塗りの大きな車2台が停まり、中からA製薬の会長と、孫らしき子供が出てくる。
後ろの車から出てきたのは、会長の秘書さんたちかな?
孫らしき男の子は、俺と同じ年に見えるが、見るからに気が弱そうだ。
ちょんと触れるか、話しかければ、どこかに隠れてしまいそうだ。
こんな子供と、うまくコミュニケーションを取れるのかな?
鈴森会長の依頼でなければ、こんな子の相手はお断りしたいものだ。
「君が匠くんか? 私は宮原茂、孫は宮原保という。君と同じ9歳だ。これから仲良くしてやってくれるとありがたい。よろしく頼む! 保、挨拶しなさい」
「宮原保です……よろしくお願いします……」
下を向いてしゃべっているし、声も小さいな……。
お付きの人たちも一緒に、8Fの研究室に案内する。
保君は俺の研究室に入ると、急に生き生きし始める。
何だ、この変わりようは!
人ではなく、高性能なパソコンやカメラ、電子部品、計測機器に興味があるのだな。
棚には理論構築のために参照した学術論文をファイルしているのだが、そちらにも興味を持っているみたいだ。
「今、どんな研究しているの?」
保君の質問だ。声、小さいぞ、聞きづら〜。
興味を持ったものがあれば、少しだけはコミュニケーションをとろうとするみたいだ。
面倒くさいやつだ。
だけど、頭は良さそうかな。まだ分からないけど……。
であれば、どちらかというと俺たち寄りの人間なのかな?
それなら、交流してみるのもいいか。
さっきから、セキュリティ分野とかAI分野の専門的な説明をしているけど、保君は内容を理解できているのかな?
保君は、ポイント・ポイントで的確に頷いているみたいなので、研究内容は理解している気がする。
研究内容を理解しているのが分かると、説明も楽しくなる。
参照にした海外の学術論文を見せながら、研究で注目しているポイントについて、他の学術論文も参照しながら、どんどん説明内容を深めていく。
俺たちに、だんだんと打ち解けてきたみたいで、硬い表情が少し和らいでいる。
でも、もう少しシャキッとしてほしい。
彼みたいなタイプは、学校では異質判定されて、いじめの対象にされるかもしれないな。
それにしても、孫ということはA製薬の跡継ぎだと思うけど、こんなにコミュニケーションが苦手で大丈夫なのだろうか?
「お祖父様、明日もここに来ていいですか?」
保君が、恐る恐るという感じで会長に尋ねる。
期待と不安が入り混じった視線だ。
「匠くんたちがいいなら、毎日でも来てもいいぞ!」
会長は豪快に笑いながら答える。
その瞬間、保君の視線が俺に向かって突き刺さる。
心配そうに、だけど必死に許可を求める眼差し……。
(正直、来るのは1年に1回で十分なんだよな……)
断りたい気持ちが喉まで出かかったが、保君の表情が、まるで子犬が餌をねだるときみたいに切なげで……やっぱり断れない。
「毎日来ていいよ。お昼も僕たちと一緒に食べればいい。母さん、いいよね!」
思わず笑顔を作りながらそう言った。
「任せといて! 保君は、苦手な食べ物はあるのかしら?」
母が柔らかい笑みを浮かべ、やさしく問いかける。
「特にありません……」
保君は下を向いたまま、小さな声で答えた。
(おいおい、声ちっちゃすぎるぞ。もっとでかい声でしゃべれよ……)
口には出さなかったが、もし言ったら確実に泣くだろう。
しかし……母との会話もぎこちない。
「保君は何が得意分野なの? 僕は不得意な分野はないよ。妹はコンピューター系が得意分野かな」
「僕は……数学とか……理論物理学系……が得意……」
もっと元気にしゃべってくれ〜。
声が小さくて聞こえないし、もっと楽しく、陽気に会話しようよ。
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