ヘビみたいな顔のおばさんはマジで嫌だ
自宅の引っ越しと片付けが終わり、秋葉原ビル8階に構えたAKビル管理の事務所と、自分の研究所のセッティングもようやく一段落した。
もっとも、8階といってもパーティションで事務所と研究所を区切り、机と椅子を並べただけの簡素なものだ。
いろいろ動き回って体も疲れたし、区切りもついたので「今日は外で美味しいものでも食べよう」と、家族そろって出かけることになった。
年末の秋葉原の街は、人と灯りで活気にあふれている。どこからともなく流れるクリスマス音楽に包まれ、自然と3人の顔にも笑みがこぼれた。
「やっぱりこういう雰囲気はいいな」と思いながら、人混みを抜けて肉料理のレストランを目指して歩いていく。
その途中、俺と同じくらいの年頃の女の子が、歩道の隅に座り込んでいるのに気づいた。暗い顔をしていて、具合でも悪いのかと一瞬思う。母も同じように感じたらしく、迷うことなくその子に近づいていった。
「体の調子が悪いの?」
母がしゃがみこんで声をかける。女の子は小さく首を横に振るだけだ。
母はためらわず隣に腰を下ろし、柔らかい声で話しかけている。
やがて名前が分かった。村岡優子というらしい。
話を聞くうちに、どうやら家出をしてきたことが分かった。
財布も持っておらず、空腹で途方に暮れていたらしい。
(こんな小さい子供が、家出をすることなんてあるかな……?)
(相馬家が誘拐犯に間違われたりしないのかな……!)
「あなたも一緒にご飯食べに行こうよ」と、母さんが子供を誘っている。
その子が頷くので、ご飯を一緒に食べに行くことになる。
そんなことをしたら、益々誘拐犯に間違われないかな……大丈夫なのか?
レストランに到着するまでも、母が優子ちゃんに話しかけている。
(……ほんとに世話好きだよな、母さんは。大丈夫なのかな、これ……)
4人でレストランのテーブルにつく。
優子ちゃんは痩せこけ、頬も青白い。まともな食事を取れていないことは、一目で分かった。
(……まるで前世の俺の姿を見ているみたいだ)
胸の奥で、何とかしなくてはというスイッチが入る。
母は料理を口にしながらも、途切れることなく優子ちゃんに話しかけている。だが、途中から母の表情が険しくなっていった。
父もナイフを置き、心配そうに眉をひそめている。
(母さん……怒ってるな。何があったんだ?)
やがて母は、俺と父に視線を移し、声を落として語り始めた。
「優子ちゃんのご両親は、昨年交通事故で亡くなられたそうなの。その後、親戚の家に引き取られたんだけど……厄介者みたいに扱われているみたい」
母の声は震えていた。
「1日2回しか食事をもらえず、しかもどちらも粗末なもの。朝食を食べ終えると“日が暮れるまで帰ってくるな”と家から追い出されるのよ。雨の日でも外にいなきゃいけないんだって」
「夜になってやっと家に入れてもらえても、出されるのはまた粗末な夕飯。親戚の家族はその隣で、美味しそうな料理を普通に食べているのに……」
母はハンカチを握りしめ、怒りと悔しさを隠しきれない表情を浮かべていた。
「夕食を食べ終わると、“いつまでこの家にいるつもりなの”って、毎日のように嫌味を言われるそうよ。しかも、優子ちゃんが自宅から持ってきた大切なものまで、親戚夫婦が勝手に取り上げて、自分たちの子供に使わせているらしいの」
母の声には怒りがにじんでいた。
「匠と同じぐらいの、こんな小さな子供に……そんな仕打ちをするなんて!」
父が思わずテーブルを握りしめ、目を見開いた。完全にスイッチが入ったようだ。
「そうなのよ」
母は大きくうなずき、拳を固く握りしめる。
「私が絶対に何とかしてあげるわ! 優子ちゃん、まずはお腹いっぱい食べなさい」
促されて、優子ちゃんは遠慮がちに料理を口へ運ぶ。
母も黙々と料理を頬張り始めた。まるで戦いを前にした腹ごしらえだ。
やがて皿が片づき、食事が終わる。
母は勢いよくナプキンを置き、立ち上がった。
「行くわよ!」
決意のこもった声に、場の空気が一気に張り詰めた。
母は今すぐにでも、優子ちゃんの親戚の家へ向かうつもりらしい。
言い出すや否や、母は優子ちゃんの手をしっかりと握り、ぐいぐいと前へ進んでいく。
俺と父は顔を見合わせ、母が一体何をするつもりなのかと不安になりながらも、その背中を追った。
けれど……なかなか到着しない。
すでにかなり歩いたはずだ。足がじんわりと痛くなってきて、思わずため息が漏れる。
(タクシーで来れば良かったんじゃ……)
だが母は、そんなことを一切気にしていない。頭に血が昇っているのか、顔を紅潮させながら、ひたすら目的地を目指して歩き続ける。
「ここが住んでいた家です」
優子ちゃんが小さな声で指差す。
やっと到着した……正直、俺はもうクタクタだ。
古びたアパートの一角。部屋の表札には「村岡」と名字が掛かっている。
母は一瞬もためらわず、その呼び鈴を押した。
……返事はない。
母は眉をひそめ、再び押す。さらに、もう一度。
「ピンポーン、ピンポーン」――呼び鈴が短い間隔で鳴り響く。
(すごいな……母さん、完全に戦闘モードだ……!)
父の方に目をやると、眉間に皺を寄せながらも冷静に構え、「もし母に何かあればすぐに飛び出すぞ」という決意が顔に滲んでいる。
俺もまったく同じ気持ちだ。……まあ、俺は小さいから役に立てるかどうか怪しいけどね。
やがて、部屋の奥からギシギシと床を踏みしめる足音が近づいてくる。
ゆっくりと扉が開き、意地の悪そうな顔をしたおばさんが姿を現した。
その目が、まるで獲物を品定めする蛇のように、母をじろりと舐め回すように動く。
思わず背筋に冷たいものが走る。
(うわ……苦手だ。こんなヘビみたいな顔のおばさん、マジで嫌だな……)
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