何度も来られて迷惑です!
しかし、千葉の襲撃を追い払ったからといって、一件落着にはならなかった。
翌日の午後――
今度は妻の由香里が押しかけてきた。
よくも夫婦そろって、恥も外聞もなく毎日押しかけて来られるものだ。
示談金の工面に相当苦しんでいるのだろう。
だが、子供まで連れて来るとは、この家族の常識を疑う。
俺はまたしても、自分の部屋に避難させられていた。
「奥さん、ここまでやる必要があるの!? もう十分でしょう!」
由香里が泣き叫ぶような声を張り上げる。
「主人や私が刑務所に入れば、この子はどうなるの? 奥さんも母親なら分かるでしょ! 私たち家族を苛めて、そんなに楽しいの? それでもあなた、母親なの?」
言葉はすべて自分に都合よく塗り替えられている。
そして、わざと近所に響く大声を出しているのが見え見えだ。
母はきっぱりと言い返した。
「由香里さん、横領は泥棒と同じなのよ。泥棒なのよ! そんなことも分からないの?」
表情を険しくし、言葉を続ける。
「昨日はご主人が怒鳴り込んできましたけど、刑事告訴をご希望なんですね? それならこのままお帰りください。夫婦そろって仲良く刑務所に入ってください」
由香里はさらにヒステリックに叫び、あろうことか子供を大声で泣かせた。
(まるで打ち合わせ済みの芝居だ。家族ぐるみで無茶苦茶なことをするものだ!)
泣き声が耳に刺さる。俺はすぐに気づいた。
――前世、中学時代に毎日俺を苛めていたクズ野郎、千葉太一の声だ!
忘れるわけがない。クズの子はやはりクズだ。
「父さん、母さん! 相手にしちゃダメだよ! 昨日と同じだよ!」
自分の部屋から叫ぶ。
「こっちが手を出すまで喚き続けるつもりだから!」
2日続けて同じ手口。進歩のかけらもない。
やがて平山弁護士が駆けつけて来る。
スーツの襟を正し、玄関に立ちはだかる。
「奥さん、子供まで連れて何をしているのですか? 昨日は旦那さんでしたね。あなたたち、弁護士を軽く見ているのですか? それなりの法的措置を取りますよ!」
由香里は一瞬たじろぎ、しかし強がって睨みつける。
「分かったわよ」
その後も「奥さん、可愛い顔して……本当に酷いことをするのね! 怖いわ、本当に怖い!」と、わざと近所に聞こえるように喚き散らす。
平山弁護士は眉一つ動かさず、冷たい声で告げる。
「いい加減にしなさい。さっさとお帰りください」
クズ息子が壁を何度も蹴りつけている。
「バーカ、バーカ! おまえら全員、死んでしまえ!」
と大声で連呼する。
近所の視線を浴びながら、由香里は子供の手を乱暴に引き、足早に去っていった。
母は肩を落とし、疲れ切った表情でつぶやく。
「……何だか、すごく嫌な気分になったわ。美味しい出前でも取って、気分転換しましょうか。ビールでも飲みたい気分だわ」
父も負けじと明るく言う。
「母さん! それなら特上の寿司にしよう。連日来てもらっているし、申し訳ないから、平山弁護士も一緒に食べていってください!」
平山弁護士は口元をほころばせた。
「同級生なのだから、平山でいい。そうだな、たまには同級生で飲もうか」
***
2005年12月――
B社から2400万円、千葉からも1600万円が父の口座に振り込まれてきた。
千葉がどうやってお金を工面したのかは明らかだ。
裏金を使わないでいるはずがない。浪費タイプだ、貯金なんかしているはずがない。
複数の消費者金融から高利で、ほとんど満額まで借りたに違いない。
この人生では、俺たち家族の代わりに千葉の家族が苦しむ。
前世とは真逆のパターンになった。
高利借金の返済は地獄だぞ。せいぜい喘ぎながら頑張れ!
クズ息子、お前が学校で「臭い」と笑われる番だ……!
後日、平山弁護士が領収書を届けに千葉の自宅を訪れた。
だがアパートはすでに空き家。夜逃げか、安アパートに移ったか。
わかるすべもない。
――前世と今世。
俺の家族と千葉の家族の立場が入れ替わっても、歴史全体からすればただの揺らぎにすぎない。
去っていった社員にしても、前世では2009年にはいずれ辞めるのだから、数年早まっただけ。
歴史を左右するような人材では決してない。
とにかく俺たち家族の悲惨な未来は回避できた。
そして世界の歴史に影響もなさそうだ。
神様からは「歴史に大きな影響を与えれば、修正力により抹殺される」と言われていたが、今のところ問題なしと判断していいだろう。
横領問題が一段落し、父は会社の売掛金や買掛金を調べ始めた。
会社を畳んだときの収支を確認するためだ。
そして判明したのは――お祖父さんが複数の銀行から借りた総額、およそ6000万円。
(お祖父ちゃん、6000万円も借金があるのに、父さんに継がせるなんて……息子にそんな危険な道を歩ませる気だったの? いい加減にしてよ!)
この不況の日本で、6000万円もの借金を抱えて、儲かりもしない設備会社。
しかも横領社員付き。俺が、社長就任を頼まれたら、即答で断る。
(父さんも父さんだ。社長を継ぐ前に、会社の借金ぐらい調べなきゃダメでしょ。親子そろって千葉の不正に気づけないなんて……そういうのも……)
俺は天井を見上げ、苦笑いした。
……まあ、人が良すぎたということにしておこう。
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