頼りになる弁護士が来てくれた
「これはどういうことだ? どの年度のものを見ても、注文した製品と違うものを検品・受領しているじゃないか」
「……千葉が責任者として工事の見積書を作り、その記載内容どおりに注文書を業者に送っていたはずだ。もし違う製品が納品されていたのなら、千葉が真っ先に気付くはずだろう……!」
父の顔つきが険しさを増す。
「……ということは、千葉は分かったうえでやっていたということか。信頼して任せた私が甘かった……! 長年会社を支えてきた社員が、そんなことをするなんて夢にも思わなかった。私はただ、とにかく営業を頑張ればいいと考えていた。……ダメだな、社長失格だ」
父の声は震え、悔しさと自責の念がにじみ出ていた。
「そんなことないよ。僕は知っているよ、父さんが会社のために、社員たちのために、必死で営業してきたことを。その努力があったからこそ、ここまで会社が続いてきたんだと思う」
母も強くうなずき、父の手を握る。
「私もそう思うわ。むしろ私が経理の仕事を手伝って、もっと会社を支えていれば良かったのよ。父さんひとりのせいじゃないわ!」
「お祖父さんの時はどうだったの? チェックはどうしていたの?」
「2000年頃から体調が悪化していたから、千葉にすべて任せていたと思う。……今にして思えば、それが落とし穴だったんだな。いや、そんなことに関係なく、もっと前からやっていたかもしれないな」
「千葉は自分が責任者である限り、不正は誰にもばれないと思い込んでいたということだね。……でも、どうして納入業者は納品書の製品名や型式を、注文書と同じにしなかったんだろう?」
「それはな……納品書を注文書どおりにしてしまえば、万一インチキが発覚したときに言い逃れができなくなるからだろう」
「納品書と実際に納品された製品が一致していれば、業者は『間違えて違う型式を納品しました』と弁解できる。だが、納品書自体を偽造してしまえば、完全に後戻りできなくなる。だから、あえて同じにしなかったんじゃないかな」
父の口調は次第に冷静さを取り戻し、論理的に整理しようとしていた。
「もし2000年以前からやっていたのなら、もっと巧妙だった可能性がある。納品書は注文書どおりに作成して別途保管し、工事が終わった後にこっそり差し替えてしまえば、証拠は何ひとつ残らないからな」
「……もちろん、取り付けられた製品を施主が直接確認すればすぐに分かる。けれど、発注側もそこまで厳密には調べないだろう。信用して依頼しているのだからな」
父は深く息を吐き、拳を握りしめる。
「2000年以前はそうやって完全に隠していたのだろう。それ以降は、体調の悪い先代や、まだ経験の浅い私には見抜けないと思って、悪事に手を抜いていたということだ。信頼されている立場を逆手に取り、こんなことを続けていたとは……許せない」
父の表情はますます厳しくなり、瞳には怒りの色が宿っていた。
「でも父さん、工事見積書と違う設備を取り付けたなら、施主からクレームが来てもおかしくないんじゃない?」
「普通なら来るだろうな。だが、施主は施工業者を信頼して依頼しているから、工事が終わった後に、いちいちそんなことを確認しない」
「それに、設備機器は年々性能が向上していく。型式も次々と更新されるから、うちの会社では『最新で一番良いものを取り付ける』方針にしていた。だから、毎年メーカーや製品名が変わるんだ」
父は机に散らばったカタログを指で叩いた。
「年度が変わればメーカーのホームページも更新されるし、昔のカタログを一式揃えていなければ、取り付けられた製品が見積品と同等なのか調べようがない。施主だって、そんな資料を持っているはずがない。だからクレームも出にくいんだ」
唇を噛み締め、父は絞り出すように言った。
「千葉はそこに目を付けたんだ。納品価格をわざと下げ、差額を業者と分け合う。業者は儲け、千葉は裏金を受け取る。……こんなことを長年続けていたとはな」
父の声には怒りと絶望、そして深い悔しさが入り混じっていた。
「千葉という人間は、本当にひどいやつだね。5年間で、この設備機器は何台ぐらい購入しているの?」
「後で調べれば正確な数は分かるけど、月に2台とすれば、年で24台。5年間でだいたい120台ぐらいになると思う。1台あたり会社は30万円ほど損をしているから、単純計算で3600万円もの損失になるな」
「……明日にでも、納入業者や千葉本人に、この件を確認してみようと思う。ただ、かなり重い話になるだろうな」
「父さん! 信頼できる弁護士に相談してから進めたほうがいいよ」
「そうだな。お金に関わる重大な問題だ。弁護士に入ってもらったほうが安心だな」
「信頼できる弁護士さんの知り合いはいるの?」
「学生時代の友人で、今は弁護士をやっているやつがいる。そいつに頼んでみよう」
「急いだほうがいいと思う。すぐに電話してみて!」
父が名刺ファイルをめくり、番号を探し当てたようだ。すぐに電話をかける。
相手が出た。昔の同級生ということもあって、気安い口調で話している。
「今から来てくれるそうだ。名前は平山周平。平山弁護士も“これは急いで対応したほうがいい”と言っていた。匠が倉庫で気づいてくれたおかげで助かったよ」
「父さんの役に立てて、僕もうれしいよ」
それから3人で待つこと1時間……ついに平山弁護士がやって来た。
背が高く痩せ型の人物だが、何より印象的なのは鋭い目力だ。
あの眼光で交渉すれば、相手は間違いなく気圧されるだろう。
もっとも、父と話すときは同級生ということもあり、表情は穏やかで柔らかい。
しばしの懐かし話が終わると、表情が一変し、仕事モードの顔になる。
父の話を要点ごとに確認しながら、手際よくメモを取っていく。
やがて一通りの説明が終わった。
「会社が高額な製品を発注したにもかかわらず、業者に安価な製品を納入させ、差額を裏金として受け取る……。検品と受領を任された担当者がよく使う、典型的な横領の手口だな」
「……ただし、毎回千葉という社員が検品と受領を担当できるわけじゃないだろう。そうなると、単独犯では済まない。しかも、見積もりと違う機器を取り付ければ、現場で作業する社員は当然気づくはずだ。つまり、全社員がグルである可能性が高い」
平山弁護士は淡々と話し続ける。
「見積書、そして社員のサインが入った納品書は必ず保管しておいてくれ。カタログの該当部分はコピーを取っておけ。さらに、納品された機器の累計数と損害額も算出してほしい。できるだけ早く頼む」
「……それで、大まかな損害額はどのくらいになりそうだ?」
「5年間でおよそ3600万円ほどになるはずだ。ただ、それ以前から続いていたと思うが……残念ながら、その時期を裏づける証拠は残っていない」
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