平和のための罪
「初めまして。大賀紘人……いや、真神紘人君。今は、フェンリルといった方がいいのかな?」
「!」
紘人と名前全てと素性を知っていることを教えるように、あえて全てを口にした監視者が不敵な笑みを浮かべる。
そしてそれは、今絶妙なタイミングでこの場に姿を見せたのも、これまでの会話を聞いていたからこそできる芸当なのだと暗に語っていることをオーウェンは理解していた。
その一方で警戒と不信感を露わにしている紘人に信じてもらうため、監視者である男はその身に纏う黒いコートを漆黒の霧へと変化させる。
「そんなに警戒しなくてもいいだろう? さっきのZTOAの話を思い出せ。俺のA細胞は〝ウイルス〟の特性を持っている。
俺の身体から分裂したウイルスは世界中に分布し、全ての人類の身体に宿ってその情報全てを俺に教えてくれている。
だから、こっそりと世界の要人や仲間にこの秘密を教えても、すぐに分かる。
下手なことは考えないようにした方がいい。――もし、ルール違反が分かれば、その時点で対話の資格を失うことになるからな」
「っ」
(こいつ、俺と同じ……!?)
全身を黒い粒子――目に見えない微小なウイルスへと変化させ、双眸を黒くした監視者の言葉に、紘人は言葉を失う。
エデンの民である監視者は、紘人と同じようにA細胞と完全に適合した存在。
紘人が狼の遺伝子を発現したように監視者はウイルスの力を行使し、世界の全てを監視しているのだ。
「俺の役目は、この星の連中が〝約束の刻〟を迎えるまで見届けること。こいつの目的が達成されるのか、あるいはノア・カウリーに世界の命運が委ねられるのか」
「ノア・カウリー? それってエデンの創始者の?」
ZTOAを親指で示した監視者の口から告げられる言葉に、紘人は眉を顰める。
ノア・カウリーといえば、南極事変の生き残りであり、叶夢の師にして、レイヤーを擁するエデンの創始者である人物。
紘人が分かるのはそのくらいのことではあるが、オーウェン――ZTOAもまた南極事変の生き残りであることから、二人が知己であることは間違いないようだった。
「この真実を知った時、私達の間で意見の相違があった」
そんな紘人の疑問に気づいたのか、オーウェンは遠い日を思い返しながら答える。
「一人目は、それが運命なら受け入れるべきだといった。だが私は、人類が滅びるのを止めたかった。だから、自分が罪を被ってでも全ての国を征服し、地球を統一国家として樹立することを考えた」
南極事変の折、その真実をエデンの民の生き残りから聞いたのはオーウェンとノア・カウリーを含めた「三人」だった。
そしてその三人は三者三様の意見を唱えた。
抵抗せず、それが人類の運命ならばそれ任せればいいという、あまりにも無責任で人類に無関心な考えを持っていた一人目。
しかし、ZTOAことオーウェンはそれを是とせず、世界を統一して約束の刻に宇宙から戻ってきたエデンの民と交渉することを考えた。そして――
「そして三人目――『ノア・カウリー』は、エデンの民、宇宙人との徹底抗戦を訴えたのだ」
「……!」
その言葉に目を瞠った紘人に、オーウェンは厳しい面持ちで答える。
「それぞれ異なる主張をした我々三人は、約束の刻までの時間を順番に使うことにした。
傍観を主張した一人目が最初、そして世界が一つになれなかった時点で世界征服による対話を掲げた私が行動を開始し、その後に徹底抗戦を訴えたノア・カウリーがエデンの民と戦うことになった。
だからエデンが作られ、レイヤーが運用されることとなった。――そうでなければ、とうに私はキメラの力を以て目的を成し遂げている」
「確かに。しかも、俺達エデンの民への当てつけとばかりに組織に『エデン』と名付けるあたり、ノア・カウリーは中々に皮肉がきいている」
志を同じくできなかったノア・カウリーに対して苦々しげに言うオーウェンに、監視者が喉を鳴らして応じる。
「大賀紘人君。――エデンの民全員が君達の言うところのA細胞適合者だ。つまり、君が何千人もいるようなもの
もし、そんな相手と戦争をすることになったとして、勝てると思うかい?」
「それは……」
そんな監視者を横目に、オーウェンに尋ねられた紘人は、返す言葉を見つけられずに声を詰まらせる。
キメラの身体を構築するA細胞が、エデンの民のそれと同じものである以上、エデンの民は全員が紘人と同じ――あるいはそれ以上の力を持っていると考えるのが自然だ。
そんな相手が宇宙で培ってきた技術などと共に帰還する――地球人類がその力に対抗できるのかと言われれば、答えは否と言わざるを得ない。
オーウェンが世界を征服する方法を選ぶのも無理からぬことだろう。
「――だが、私とて、ノアの言い分が分からないわけではない。
確かに宇宙の法に従ったとして、地球が地球外の存在に脅かされない保証などない。ならば、戦う力を蓄え、人類の生存を力によって勝ち取るべきだというのも一理はあるだろう。
だからこそ、私は力を――エデンの民に対抗しうる力を研鑽するため、キメラの出現数を制限してレイヤーの成長を促して来た。
万が一、世界統一の後にエデンの民と戦うことになったとしても、抵抗しうる戦力を確保するために」
「まさか……」
ZTOAを名乗るオーウェンから語られる真実に、紘人は言葉を失う。
《けど、ZTOAってキメラ生み出せるんだろ? のわりに、そんなに出現頻度って高くないよな。一ヶ月に世界で数か所だもんな》
《俺がZTOAなら、その少ないキメラでもっと効率よく攻撃するけどな》
そんな紘人の脳裏に、かつて友人が冗談交じりに語っていた言葉が思い返される。
(こいつは、キメラを強くするために……東雲さん達を――いや、エデンや人間達を強くするために、一気に攻撃してこなかったのか)
限られたキメラの出現の理由を理解した紘人は、自分を真っすぐに見つめてくるオーウェンに、困惑して揺れる瞳を向ける。
オーウェン――ZTOAは、世界を征服することでエデンの民との対話を目指している。
だが、宇宙から戻ってきたエデンの民が、人類の約束を守る保証はどこにもない。
それこそ、いきなり攻撃を仕掛けてきてもおかしくはないのだから、戦うという選択肢が間違っているとは言い切れない。
だからこそ、そのために、ZTOAは自身の世界征服の目的と同時進行で、戦力の増強を図っていたのだ。
「これが真実だ」
ZTOAとして世界を征服せんとするオーウェンと、エデンの民である監視者からの真実を教えられた紘人は、その言葉に息を呑む。
「大賀君。私は、世界を――人類の未来を守りたいのだ」
真剣な面持ちで言葉を紡ぐオーウェンに視線を向けられた紘人は、何を求められているのかを理解して声を張り上げる。
「けど! なんで……なんで俺に教えたんだ!? 誰にも教えちゃいけないんだろ!?」
宇宙に旅立った真の人類――ノアの民が地球に帰還する「約束の刻」は、今地球で反映している人類に知られてはならないもの。
だが、ZTOAと監視者はその真実を教えた。それが何を意味するのか、紘人は自分がそれを理解することを拒んでいることに気づいていた。
「君だけは特別だ」
「A細胞に適合した地球人。君にだけは、本国から特別に真実を教える許可が下りた。だが、当然それを外部に伝えることは許さない。――もちろん、レイヤー達を含めて誰一人例外はない」
「……っ」
(そんなこと聞かされて、俺にどうしろって言うんだよ……!)
だが、そんな紘人のささやかな抵抗を打ち砕くように、ここまで真実を明かした二人の口からその答えが冷淡な響きを以て告げられる。
その真実を教えられ、自分が何をすればいいのか、どうすればいいのか分からずに混乱する紘人に、オーウェンが神妙な面持ちで手を差しだす。
「大賀君。――私に君の力を貸してほしい」
「え?」
その提案に目を丸くする紘人に、オーウェンが低く抑制した声で言う。
「この星の人類を守るため、共に世界を征服してほしい」
差し伸べた手と共に協力を求めてきたオーウェンに、神斗は息を呑む。
そんな紘人に構わず、オーウェンは話を――真実を話した本当の目的を果たすための言葉を紡いでいく。
「世界を征服するため多くの犠牲を出す我々は、歴史において最悪の大罪人となるだろう。
だが、人類の尊厳を守り、戦争を回避する可能性を作り出すことができる。
エデンの民との約束を果たせば、地球人は家畜に戻らずに済むかもしれない。
宇宙において、一つの国家として生きる選択肢を獲得できるかもしれない。
仮に交渉が決裂しても、人類が滅ぼされる選択を回避するために戦う力を培うことができる。
その戦いで人類の先兵として真っ先に駆り出されるレイヤー達を守って戦うことができる。
そのためにエデンの民と同じ君の力は、必要不可欠なものだ」
これまでに語った真実をおさらいするように、要点を並べながら勧誘したオーウェンは、その言葉一つ一つの内容を思い返し、思案を巡らせる紘人に向けて語りかける。
「どうか、世界に生きる人類の命と尊厳を守るため、共に人類と戦ってほしい」
真摯に語りかけるオーウェンの言葉を聞き、紘人は自分達のその様子を見ている監視者を交互に見比べる。
これまでの話を思い返した紘人は、懊悩し、一つの結論を下した。
「俺は――」




