人とヒトの約束
「『家畜』だよ。エデンの民が霊長類を元に作り出した『知恵ある家畜』。それが、ホモサピエンスの正体だ」
「……っ!?」
オーウェンが告げた信じ難い真実に、紘人は言葉を失って呆然と立ち尽くす。
想像だにしなかったその内容に、紘人は立っているはずなのに世界が揺れているような錯覚に見舞われていた。
人間――今、地球にいるホモサピエンスと呼ばれる人類が、実は真の人類であったエデンの民の家畜でしかないという事実に、困惑と動揺を禁じえない。
「何も不思議なことはないだろう? 人間も狼から犬を作り、牛や豚、あらゆる野生動物を家畜として都合のいいように改良し、飼育してきた。自分達もそうだと知らなかったに過ぎない」
そんな紘人の姿に遠い日の自分自身を重ねているのか、まるで懐かしいものを見るような目で語りかけるオーウェンは、険しい表情を浮かべる。
「だが、知恵ある家畜であるホモサピエンスの祖先は、主であるエデンの民達が宇宙へ旅立つ時に、一つの約束を交わした」
「……約束?」
自身の理解を超える壮大な話に戸惑う紘人は、ただオーウェンから告げられる言葉に耳を傾けるしかなかった。
「我々人類の祖先は、エデンの民に『もう自分達は、自分達で生きていける』と宣言した。――つまり、家畜という立場から、飼い主であるエデンの民に対等の立場を要求したわけだ」
どこか憐れんでいるようにも見える面持ちで告げたオーウェンは、紘人の反応を待たずに静かな声で話を続ける。
「普通ならば受け入れられるはずはない。君も、犬猫、牛豚に人と同等の権利を与えろと言われたとしても人類が応じないことくらいは分かるだろう?
だが、彼らはそれを受け入れ、エデンの民は家畜だったホモサピエンス達と約束を交わした。――〝我らが戻ってきた時に、お前たちがこの地を平和に統治することができていたら、その要求を受け入れよう〟と」
そう言うオーウェンの口調は、まるで人類の祖先を嘲笑しているようにすら感じられた。
現代を生きる人間からすれば、過去に人類の祖先がしたという約束も、その根拠も傲慢で身の程知らずな振る舞いでしかない。
その滑稽な結末に、オーウェンは過去の――そして、今を生きる自分を含めた人間全ての愚かさを痛感しているようだった。
「その結果は君も知っての通りだ。人類は長い時の中で約束を忘れ、仮初の平和の中、水面下で争い合っている」
「けど! 人がいればいるだけ揉め事くらいはあるだろ! そりゃあ問題はあるだろうけど、今が平和じゃないって言いきれるのかよ!?
そりゃ、人類は間違いもたくさん犯して来た。今だって、そうかもしれない。けど、けどだからって、あんたは、人類が家畜のままだったほうがよかったって言うのか!?」
オーウェンのその言葉に、紘人は感じたままに反論と抗議の言葉を絞り出す。
確かに、かつての人類も現代の人間も愚かな面がなかったわけではない。
世界にはキメラがいようがいまいが人同士の争いがあり、幼くして武器を取らざるを得ない人々もいる。
確かに理想的な平和ではないのは確かだろう。しかし、今が平和ではないと言い切るのも早計であるように思われた。
何より、その約束がなければ今の人類は人類として生きていなかったことも紛れもない事実のはずだ。
「君の言うことはもっともだ。――だが、それではダメなんだ」
しかし、そんな紘人の悲痛な訴えに対し、オーウェンは神妙な面持ちで否定の言葉を発する。
紘人の言うように、平和であることと諍いが存在しないことは同義ではない。
一部の紛争が、人類全体が平和な統治を実現できていないことの証明とするのは無理が過ぎるという言い分にも一理はあると言えるだろう。
だが、そんなことはオーウェン達もとっくに知っている。そして、その上でそれでは駄目なことを教えられたのだ。
「我々には知る由もないことだが、宇宙にも国家の同盟があるそうだ。
君に分かるように言えば、国連のようなものらしい。そして、そこに属するためには――宇宙において一個の主権国家として認められるには、いくつかの条件がある。
その一つが、『その惑星が一つの国家となっていること』なんだそうだ」
「!」
宇宙の文明など知る由もないが故に、オーウェン自身もそのエデンの民から聞かされた通りのことを一つの情報として紘人に伝える。
宇宙人はいるのか。その答えは、少なくとも今の人類には分からない。
ただ、宇宙に旅立ったエデンの民は、地球の外に自分達とは異なる知的生命体と、彼らが作り上げる国家、そしてコミュニティがあることを知っていた。
「宇宙にあまねく文化と価値観が異なる種族達の集まりに加わるのに、価値観の近しい同胞と一つになれないようでは話にならない、ということなのだろう」
その条件の理由を達観したような口調で述べたオーウェンは、紘人に真剣な面持ちで問いかける。
「分かるか? 宇宙において『国』とは、自分達が生まれた惑星を一つの社会共同体として確立できていることを大前提としている。
ならば、地球を無数の国家に分けて統治している我々地球人が、その要件を満たしていないことは明白だ」
自ら問いかけ、自ら答えることで紘人に伝えたオーウェンは、自身の手を強く握りしめて神妙な面持ちで告げる。
「そして、人類の祖先とエデンの民が交わした〝約束の刻〟は、もう間近に迫っている。――彼らは、今宇宙の果てからこの地球に向かってきているのだ」
「!」
オーウェンの口から告げられた事実に、紘人は思わず言葉を失う。
「だから私は世界征服を掲げたのだ。――この地球にある全ての国家を一つとし、宇宙に生きる文明に加わるために」
ZTOAは私利私欲のために世界征服を掲げたのではない。
むしろ、この地球に生きる人類をエデンの民の家畜から脱却させ、この地球を宇宙という文明に同化させるために、行動していたのだ。
「なら、なんでそれを言わないんだ」
ZTOA――すなわちオーウェンが世界征服を掲げた理由を教えられた紘人は、困惑を禁じえない中で語気を強めて問い質す。
その理由が真実ならばそれを伝えればいいだけだ。しかし、ZTOAはそれをしていない。紘人にはそれが理解できなかった。
「問題をあらかじめ知った上でテストに挑むことに意味があるのか?
これは、人類という種の可能性と資格を試すエデンの民――真の人類からのテストなのだ。
もし、ルールを破れば、この星に生きる人々は、宇宙に人類として認められ、その文明の一員になることができなくなる」
「っ」
しかし、その疑問に大して返されたオーウェンからの冷ややかな答えに、紘人は反論することはできなかった。
今、人類が課せられているのはテストなのだ。
地球、そこに住まう人類という存在が、宇宙にあまねく国家、知的生命体と関係を築くにたる資質を持っているかを確かめるためのテスト。
答えを知った上でその要綱を満たしたとして、それを地球人の本質として認めることができないのは自明の理だった。
「エデンの民が宇宙から戻れば、今地球にいる人類は良くてエデンの民の家畜に逆戻り。だが、もしエデンの民が家畜など必要ないと判断すれば――」
そこまで言ってオーウェンは言葉を途切れさせたが、その先に続く言葉など誰にでも想像できるだろう。
自分達は自分達で文明を成せると言い放った家畜が、結局それをできなかった。
まして、長い年月の中で自分達の文明と思想を確立した地球人をエデンの民がどうするのかは不明だ。
だが、人類の主権を認めてくれると考えるのは、あまりにも愚かだろう。
「そして、我々は監視されている。だから、極秘裏に世界にこのことを伝えたり、教えることはできない」
「!」
自分がZTOAとして世界征服を掲げた理由を教えたオーウェンは、さらに紘人にその秘密を密かに伝えることをしない理由を伝える。
「ようやく俺の出番か」
「!?」
その言葉に紘人が息を呑んだ瞬間、まるでこの時を待っていたかのように、黒いコートを纏った男が姿を現す。
(いつの間に……!? 匂いも音もしなかったのに……!)
気配すら感じさせずに現れた黒いコートの男に紘人が息を呑む前で、男はサングラスを外す。
二十代と思しき若々しい顔立ちの男の顔に紘人は見覚えなどない。
しかし、その姿を見て取ったオーウェンは、抑制の効いた静かな声でその正体を明かす。
「その男は〝監視者〟――エデンの民だ」




