歴史の真実
「お前が、ZTOA!」
自ら仮面を見せ、ZTOAであることを明かした男――「オーウェン」に、紘人は一瞬で白狼の姿へと転じて身構える。
「敵意を収めてくれないか? 私は話し合いに来たといったはずだ」
「何を……!」
しかし、紘人が明確な敵意と戦意を見せても全く動じず、穏やかな声で応じたオーウェンは、ゆっくりとその口を開く。
「私は、南極事変の生き残りの一人だ」
「――っ!」
オーウェンの口からその言葉が出た瞬間、紘人はZTOAを捕らえるべく振るおうとしていた力を止め、その言葉に息を呑む。
「南極事変」――それは、二十年前この世にキメラが解き放たれた日のこと。
人類の探求欲が、知らなかったこととはいえ封じられていた怪物を解き放ってしまった功罪の刻だ。
エデンの創設者にして、現責任者でもある科学者「神楽坂叶夢」の師である「ノア・カウリー」もその南極事変の生き残りだった。
「あの時、ジャック・エヴァンス教授の下で雑用をしていた私とノア・カウリー、そしてもう一人の三人は、とある遺跡を見つけた」
一旦攻撃の意志を止めた紘人の反応を見て、自分の話に耳を傾ける意志があると理解したオーウェンは淡々とした口調で話し始める。
二十年前の南極事変当時、ZTOAことオーウェンは、南極で見つかった遺跡の調査責任者であるジャック・エヴァンス教授の研究室で雑用を行っていた。
そのため、調査には参加することができなかったが、偶然別の場所に遺跡を見つけてジャック・エヴァンスに報告する前に三人だけで侵入したのだ。
「ジャック・エヴァンス教授が遺跡の封印を解き、キメラを解いてしまう少し前――私達は偶然見つけた別の遺跡に入った。
功名心に駆られたという訳ではないが、折角南極の遺跡調査に同行できたのに、雑用ばかりさせられていたことにわずかばかりの不満があった――中を少し調べてから、報告すればいいという話になったのだ」
二十年前の若かった自分の行いを思い返し、遠い目で呟いたオーウェンは、穏やかだった表情を歪めて声を絞り出す。
「そして、そこで我々は真実を知ってしまったのだ」
「真実……?」
オーウェンの口から発せられた言葉と、それが持つ不穏な空気に紘人は嫌な予感を覚える。
そして、その予感を肯定するようにオーウェンが口を開く。
「そこには――『人間』がいたのだ」
「……!?」
オーウェンの口から発せられた言葉に、紘人はその意味を掴みあぐねて怪訝な面持ちで眉を顰める。
「南極で見つかった遺跡の中に人間がいた」。その事実に理解が追い付いていない紘人に、オーウェンは畳みかけるように事実を告げていく。
「彼は言った。『自分は、数千万年もの間眠りながら、ここを訪れる同胞を待っていた』と」
「同胞? っていうか、遺跡の中に人間がいて、何千万年も眠ってた? って、そもそも話が見えてこないんだけど」
何を言いたいのか分からない。何を言っているのかも分からない。
全く要領を得ないオーウェンの言葉に、紘人は怪訝な表情を浮かべる。
「君はこの世界をどう思う? 人が作り上げてきた人類の歴史を疑ったことはあるか?」
そんな紘人の反応を笑うでもなく、静かに吐息を零したオーウェンは、重々しい響きを帯びた声で尋ねる。
「何を、言ってるんだ……?」
その言葉とオーウェンの表情からは鋭利で深刻な感情が感じられ、それが冗句などではないことが伝わってくる。
そして、その言葉を聞く度、紘人は知識や知性とは別のところ――いわば、本能とでもいうべき感覚で、言い知れぬ不安を感じていた。
「彼は人類でありながら、〝我々と同じ人類〟ではなかった。――はるか昔、我等ホモサピエンスをはじめとする原人が生まれる前にこの星を支配していた人類だったのだ」
「は?」
オーウェンの口から告げられた言葉を聞いた紘人は、想像もしなかったその内容に目を丸くする。
「そんな顔をするのも当然だ。私達も最初はそうだった」
そんな紘人の反応に当時の自分を思い返してわずかに口元を綻ばせたオーウェンは、即座に表情を引き締めて話を続ける。
「〝彼ら〟は、遥か遠い昔に宇宙へ旅立った。彼は、遺跡を守りながら空へと旅立った同胞達の帰りを待っていたのだ。そんな彼は、自らを『エデンの民』と名乗った」
「エデン?」
自身が所属している組織と同じ名前に紘人が眉を顰めると、オーウェンはその反応を見越していたようにして一度頷く。
「旧約聖書を知っているか? 神に作られた最初の人類、アダムとイヴはエデンの園で暮らし、禁断の知恵の実を食べたことで楽園を追放された」
「ああ、まあ詳しくはないけど」
オーウェンの口から語られる旧約聖書の大まかな内容に、紘人は自分の中にあるおぼろげな知識で答える。
「彼らエデンの民は、そのノアの直系の子孫にあたるそうだ。つまりは、旧約聖書に描かれている神によって作られた人間――アダムとイヴの子孫ということらしい」
かつて南極の遺跡で聞いた言葉をそのまま語っているオーウェンは、それを嘲るような口調で言う。
「そんな彼ら『エデンの民』は遠い昔、宇宙へと旅立った。我等人類の祖先を残して。
そして、南極にいた彼は、遺跡に封じられた力を守るためにこの星に残り、南極事変が起きるあの時まで待ち続けていたのだ」
「それが何だよ! さっきからなんの話をしてるんだ!?」
そこまで聞いた紘人は、たまらずに語気を強めてオーウェンを問い質す。
だがそれは、オーウェンの言っていることが理解できないからではない。むしろその逆――これから語られることを、聞いてはいけないと本能が訴えてくるような恐慌に追われてのことだった。
「ノアの箱舟を知っているか?」
だが、そんな紘人の心中を見透かしているかのようにオーウェンは言葉を続け、まるで遠い日の自分をその姿に重ねるかのようにして言う。
「神が世界を浄化した大洪水の時、心優しいノアとその一族にだけは神から救いの手が差し伸べられ、全ての生物の雌雄を乗せる方舟を作って難を逃れた。
だが、遺伝的多様性を考えても、雌雄一対では種を維持できない。これはどういうことだと思う?」
「そんなことしるか! 神話なんだからどうでもいいだろ!」
まるで旧約聖書が――神話が現実だったかのように語るオーウェンの言葉に、紘人は胸を締め付けられるような感覚を覚え、それを振り払うように一際声を張り上げる。
思いもしなかった事実を並べられたためか、苛立ちめいた感情も感じられるその声を受けても平然とした居住まいを崩さないオーウェンは、ゆっくりとその口を開く。
「真のノアの箱舟は、〝エデンの民の細胞〟なのだ」
「!?」
「彼らは、自分達の細胞に全ての生物の遺伝情報を取り込んだ。故に我々は、その細胞を箱舟――『ARK』細胞。すなわち『A細胞』と名付けたのだ」
「っ!? それって……」
そして、ついにオーウェンの口から発せられた聞き覚えのある単語に、紘人は思わず息を呑むと、無意識に自身の心臓がある位置に右手で触れる。
「A細胞」――それは、キメラの細胞。
複数の獣が入り混じった姿を実現し、さらには金属や武器のような身体、炎を吐いたりする超常的な力をももたらす力の源にして、紘人の身にも取り込まれている細胞。
それこそが、A細胞。真のノアの箱舟。全ての生物の遺伝情報を乗せた生命のゆりかごそのものの名前だった。
「なぜ、キメラの細胞をキメラ細胞と名付けなかったのか。それは、私達がキメラの細胞がエデンの民の細胞であることを知っていたからだ」
「……っ!」
そして、一つのきっかけが訪れれば、そこからはまるで堰を切ったかのように真実が明かされていく。
《生物をキメラに変えるキメラ細胞って、A細胞っていう名前じゃない? 私は別にキメラ細胞でいいんじゃないですか? って言ったのに、師匠は『どうしてもこの名前じゃなければいけない』って断固譲らなかったの。
普段はそういうことに固執しないタイプだったから、少し変な印象を受けたのよね》
《――師匠はA細胞……キメラに関する私達が知らない〝何か〟に気づいていたのかもしれない》
以前叶夢に聞かされた言葉が脳裏をよぎり、目を見開く紘人に、オーウェンは抑制の効いた声で更なる真実を告げる。
「当然、ノア・カウリーも知っていた。もちろん、後継者の女には教えていない。――〝そういう人間〟だから、あの女を後継者に選んだとノアも言っていたからな」
「なんで……?」
ZTOAことオーウェンから告げられた信じ難い真実に混乱を極める紘人は、思わず疑問の言葉を零していた。
ノア・カウリーの一番弟子であり、エデンの責任者である叶夢すら知らない――教えられていない真実に動揺を禁じえない紘人の問いかけに、オーウェンが応じる。
「人類を守るためだ」
「?」
なぜ、キメラの細胞を「A細胞」というのか、それがかつて地球を旅立ったエデンの民という人類の細胞であるのかを伝えなかったのかという疑問に対するオーウェンの答えに、紘人は息を呑む。
その真実に心臓は早鐘を打つ心ものの、まるで血液が冷え切ってしまったような錯覚すら感じていた。
「言ったはずだ。我らは世界の真実を知った、と。
エデンの民が旧約聖書に謳われる人類であり、宇宙へと旅立ったのならば、今この地球にいる人類は――自らをホモサピエンスと呼ぶ人間はなんだと思う?」
「え?」
そして、そんな紘人はオーウェンからの問いかけに言葉を失う。
ここまでのオーウェンの言葉が真実ならば、キメラの源であるA細胞を有するエデンの民とはこの地球で生まれて宇宙に旅立った人類。
だが、当然今地球にいる人類に、A細胞などはない。
ならば、A細胞を持たない人類は何なのか――その答えがオーウェンの口から告げられる。
「『家畜』だよ。エデンの民が霊長類を元に作り出した『知恵ある家畜』。それが、ホモサピエンスの正体だ」




