↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

第五話:枯れ尾花!

「じゃあ、今日のお話はおしまい!」


 私は、パタンと本を閉じて子供たちに視線を向けた。どの子も満足そうだ、良かった。


 あれから私は、少し商売の仕方を改めた。秘薬をあまり売らなくなり、それ以外の、たくさんの薬を作る。風邪薬、回復薬、解毒剤…。聞いた話によると、アルフィンの町も治安が安定してきたらしい。旅人の方が言っていた。もう二度と行きたくないのが本音だが。


 ルグラとの暮らしも今日で2ヶ月。彼女はみぞれを偉く気に入ったらしく、がぶがぶと食べては「頭がキーンとします…」と頭を抱えている。


 話は戻るが、私は子供たちに読み聞かせをしていた。フィリアさんが、私に残してくれた本…主に絵本を、子供たちに読み聞かせるのだ。それが日曜日の日課になっていた。

 童話は面白いものが多かったし、文字の読み書きにも役立った。


「サツキ様、次はこの本を読んでください!」


「ん?何何?」


 何やらルグラが目をキラキラさせながら私に本を押し付けてきた。というか、なんでルグラが子供サイドに回ってるんだ。今更だが。


 ん、この本制作か?手作りの痕跡がある。というか、絵が下手くそだ。

 タイトルは…。


『氷龍の日記』


『今日は雪が降りました。今日は魚がいっぱい取れました…』


「って、これ!ただの絵日記じゃん!」


「ダメですか?」


「絵日記を朗読するのはさすがにね」


 不思議そうに、ルグラは首を傾げた。いや、こちらからすればなぜ絵日記を朗読してもらおうとしたのかが気になるのだが。


「じゃ、もうこれで終わりね。皆、また来週読みに来るよー」


「はーい!ありがとう魔女様ー」


 見たところ、女の子が多い。男女比6:4くらいだろうか。みんなが散り散りになる中、ある少女が一人私を見つめていた。


「あのねー、サツキ様ー」


「んー、何かなー?」


 この子は、リシテアちゃん。町の木こりの娘さん。たしか今年で6歳くらい。私はリシテアちゃんに目線を合わせた。


「こんにちはー」


「こ、こんにちは」


 う、うん。挨拶をすることはいいことだ。いいことなのだが、ここはサッと本題に入ってもらいたいのだけど…!


「あのねー、気になることがあるのー」


「おや、何が気になるの?」


「カシュルくんがね、町外れの小屋にはゆーれいが出るって言ってるの。あたし、気になるんだー。サツキ様ー、見てきてー。気になってお昼寝できないよー」


 お昼寝できない、か。かわいい悩みだ。

 にしても、オカルトか。私、オカルトは信じない質だ。非科学的だと割り切っていた。しかし、地球ならともかく、この世界なら存在するかもしれない。


 そう思うと、少しワクワクしてきた。でも、200年生きててもまだ出会ったことないんだよな。この体ならばとんでもないことがない限り死なないし、幽霊だって怖くない…って、いけないいけない。これはフラグか。

 とりあえず、ルグラも居るし、行ってみよう。


「リシテアちゃん、今日の夜辺りに行ってくるよ。だから、明日からは安心してお昼寝してね」


「ありがとー、サツキ様」


 そう言うと、リシテアちゃんが笑顔を振りまいて、去って行った。あの子、本当に純粋だなぁ。にしても、お化けが怖いから確かめてきて、か。


「いいんですか、あの子から金巻き上げなくて」


 ルグラって時々恐ろしいこと言うよな。あんな小さな子から金を巻き上げるなんて…。


「そんな事しないよ。じゃ、まずはカシュルくんに話を聞いてみようか。もしかしたら、からかってるだけかもしれないし」


「了解です!」


 私たちは、更なる情報を得るべく、カシュルくんを尋ねた。カシュルくんとは、リシテアちゃんと同い年の、レストランの店長の息子さん。


「嘘じゃないよ。僕みたんだ。何故か新月の夜だけ、あの小屋の中に何か光るものがあったんだー。嘘じゃないよぅ」


 なるほど。聞いた限りではこの子からは嘘を感じられない。にしても新月の夜か。運がいいのか、今日がちょうど新月だ。


「どこの小屋に現れるの?」


 リシテアちゃんは、私に詳しい位置は教えてくれなかった。ただ、「町外れの小屋にはゆーれいが出る」と言ってただけだ。私の家だって町外れの小屋。もしかしたら、私の家に幽霊が出るということかもしれない。


「あそこー」


 カシュルくんは、私の家とは違う方向を指さした。良かった、私の家じゃなかった。というか、あの家って…。


 なるほど。全てが噛み合った。


 私とルグラは、夕暮れ時、町外れの小屋を目指した。


「ルグラ。私の故郷にはね。『幽霊の 正体見たり 枯れ尾花』って言葉があるの」


「どういう意味ですか、それ?」


「幽霊かと思ったけれど、本当はただの見間違いだったってこと。枯れた植物がそう見えてただけだったってオチだよ」


「ふーん。夢のない話ですね」


 ルグラは、少しガッカリしたような表情を見せた。幽霊を信じたかったのか。


「まぁね。でも、今回もそうかもしれない。所詮、幽霊なんて全部枯れ尾花だよ」


「その言い方だと、正体を知ってるような言い方ですけれど?」


「うん。知ってるよ」


「…えっ!?」


 丸い目で私を見つめるルグラに、私は約100年前に起きた出来事を説明した。




 今から100年前。

 ある男性が私の家を訪ねてきた。


「この花を枯れなくしたいんだ。魔女様、あんたはかなり腕の経つ魔女だと聞いた。できるか?」


 その外観に似合わず、花瓶を抱えている。しかし、枯れなくしたい、か。そこに挿してある花はまだ咲いていないらしい。見たところ、かなり成長はしてるみたいだが。


「えぇ、まぁ」


「そうか、恩に着る」


 この人、終始仏頂面だな。少し感謝されてる自覚がなくなってくる。

 時間凍結の魔法は、師匠から教わった。詠唱はこうだ。

 というか、これまだ蕾(つぼみ)だ。まぁ、かけろと言われればかけるが…。これでもう花開くことは無いだろう。


「いいんですか、まだ咲いてませんよ?私の今から扱う魔法は、物質を時から乖離(かいり)させ、成長を止める魔法。つまり、もうこの花はこの蕾のままなんです」


「構わない。それで頼む」


 うーん。本人に確認もとったし、そこまで言うなら、かけるとしよう。勿体ないなぁ。綺麗な花を咲かせるかもしれないのに。


『限りある時を生きる者よ。今ここに、悠久の時を生きる力を与えよう』


「ディソシエーション・オブ・ザ・タイム!」


 私が唱えると、その蕾は淡い光に満たされ、やがて消えた。よし、成功だ。前に氷にかけた時は、永遠に溶けない氷ができたし、今回も失敗ではないだろう。


「ありがとう、魔女殿。なんと感謝していいか…。そうだ、代金だな」


「いえ、結構です!それより、この花、なにか特別な花なのですか?見たところ、まだ蕾のようですが」


「あぁ、この花はな。ゲッコウ花って言って、かなり珍しい花だ。言い伝えくらいは聞いたことがあるんじゃないか?」


「もしかして、普段は月明かりを取り込み、新月の夜に咲き、光り輝くって言われてるあのゲッコウ花ですか?」


「ご名答だ」


 若干説明口調になってしまう私を、軽く男性は流した。物語の中でしか読んだことないから、てっきり創作上の植物なのかと思っていた。まさかこんなところでお目にかかるとは。


「あの、お代は頂かないとは言いましたが、少しお願いしたいことが…」


「何だ?」


「この花の、光り輝いているところを見たいんです。今度の新月、お宅にお尋ねしても宜しいですか?」


 本には、とても綺麗な花を咲かせると書かれていた。この花の話だけで物語になるほどなのだ、さぞかし綺麗な花を開かせ、光るのだろう。是非ともこの目で拝みたい。


「そのくらい断る理由もないな。では、新月の夜迎えに上がる」


 そう言うと、男性は一礼して家を出て行った。何だか、全体的にキザというか、高貴な人だったな、喋り方が。でも、服はかなり貧相だった。ボロボロで、ヨレヨレだった。

 しかし、一つ気になることが。フィリアさんが付けてた魔女名のペンダントと同じ紋章が、男性の剣に刻まれていた。

 つまり、少なくとも彼の剣は王都の高位の剣士の持ち物だったのだろう。彼自身がその人物なのか、受け継いだものなのか。フィリアさんが言ってた。「この紋章はね、凄く名誉なものなんだよ!」と。


 そして、新月の日の夕方。男性は、私の元にやってきた。


「迎えに上がったぞ、魔女殿」


「あぁ、えっと…お名前聞いてませんでしたね。お名前は?」


「ジルドだ」


 なるほど。ジルドさんか。ジルドさんって、もしかして、フィリアさんにも会ってるかもしれない。ジルドさんが子供の頃、フィリアさんも、ご老体の身なのだけど。


「ジルドさん。お手を煩わせてしまい、申し訳ございません」


「そこまでかしこまらなくてもいい。聞いた話では、魔女殿は不老不死の力を手に入れたそうじゃないか。だとすれば、俺達なんて赤子同然か」


「いえ、そんな…」


 不老不死になったとは言え、まだ118歳だ。1000年とか生きていたらそんなことも言えるんだろうが、私はまだそこまで言えるほど歳をとってない。

 私とジルドさんは、村の外れの小屋にやってきた。私の家とは逆の方向の村の外れの小屋だ。私の家から村の距離より、少し近い立地にある。こんなところに家があったのか。外見はかなり古いかも。


「入ってくれ。今紅茶を入れる」


「あ、お気遣いどうも…」


 私は、夕日に照らされたテーブルの横に置かれた小さな椅子に腰掛ける。何となく落ち着かず、周りを見渡す。セピア色に染まるこの部屋は、どこか哀愁が漂っていた。

 ふと、本棚の上に置かれた写真に目が向いた。一つは、大人数で整列して写っている写真。その中の一人に、ジルドさんの若かりし頃と思わしき人物が居た。

 もう一つは、若い女性と一緒に写っている写真。白いスーツとウェディングドレスだから、結婚式か?だとしたらこの少しぎこちない笑顔を浮かべているのが、ジルドさんか。


「一人暮らしですか?」


「あぁ、客人も少ないし滅多に外にも出ないから、人との関わり自体が少ない。一週間に一度くらいだ」


 ジルドさんはそう言うと、2杯の紅茶を運んでくれた。んー、いい香り。紅茶も、時々飲む。大人ぶって飲んでみたら、案外美味しかったから、それ以来時々飲むようにしてる。

 夕日の先端が遠くの山脈に隠れていく。もう、日の入りが近い。


「さぁ、もう花が開くぞ」


 山に日が隠れ、辺りがさらに薄暗くなる。すると、ゲッコウ花の花弁が少し揺れた気がした。私は息を飲む。


「はわぁ…!」


 ゲッコウ花は、まるで薔薇(ばら)のような美しい見た目で、私は目を奪われた。それだけではない。淡い青白い光を放っていたのだ。窓際に咲く一輪の花は、完全に隠れてしまった月灯りの代行をするように、強く輝く。


「この花の蜜は特殊でな。発光作用があるらしい。それで周囲の虫たちを集め、受粉を促すんだ」


「そうなんですか…」


 こんな美しく輝いているのに、それは子孫を残すためだったのか。見方によっては、自分を目立たせるため、とも解釈できるな。そう思うとなんだか可愛く思えてきた。


「妻は…シャルは、この花が好きだった。プロポーズの時も、指輪とこの花を渡した」


 懐かしい思い出に浸るように、うっとりとジルドさんはゲッコウ花を眺める。


「俺とシャルはいわゆる身分違いの恋に落ちてしまってな。近衛騎士と王宮付き魔女の弟子。平等なはずがなかったのに。泥だらけで、豆だらけの俺の手を、とても頑張り屋さんの素晴らしい手と褒めてくれた。美しい女性だった。素直で、ズボラなところがあって。まぁ、それは師に似たんだろうな。とても仲良さそうだったから」


「そうだったんですか。それで、今は…?」


「逝ってしまったよ。戦争に巻き込まれてな。これは彼女の形見なんだ」


「…ごめんなさい」


 しばしの沈黙。そうか。ジルドさんの奥さんは…、もう。だから一人で暮らしているのか…。


「君の師は、黎明の魔女殿だったな。あの方には世話になった。何分、シャルの師はフィリア殿だからな」


 って、フィリアさん!?あー、やっぱり王都からいらしたのか。その奥さんの方がフィリアさんと面識があったとは。


「そうだったんですか。師匠、私以外にもたくさんの弟子ができてましたか?」


「あぁ。シャルも数ある弟子の一人だったからな。つまり君の妹弟子や弟弟子が沢山いた訳だ」


「そ、そう…ですね…」


 たしかに、事実なのだが改めて言われると小っ恥ずかしいなぁ…。フィリアさんもあれから、たくさんの弟子たちと過ごしてたんだろうな。旦那さんも一緒に。あれ…?


「あの、戦争があったんですか?」


「あぁ、隣国とのな。奇しくも俺たちの勝利になったが、正直互いに戦力は拮抗していた。そして、俺は見切りをつけて、俺とシャルは亡命した。フィリアさんも根回しをしてくれた。でも、その途中で…」


「…そうですか」


 それ以上は言わなくてもわかる。シャルさんが亡命の途中で命を落としてしまい、ジルドさんは命からがらこの村にやってきたのだろう。ふと、ジルドさんをの方を見ると、一滴の涙が頬を伝っているように見えた。


 私は空腹に押し負け、ジルドさんにご馳走になる訳にもいかないので、帰ることにした。というのは建前で、実はもういたたまれなくなってきたため退却するんだ。


「では、私はこれで」


「すまなかったな。辛気臭い話をしてしまって」


「いえ、こちらも…、その、思い出したくないような記憶を掘り起こしてしまい…」


「いいよ。これからも、友人でいてくれ。魔女殿」


 それ以来、私たちは友達になった。ジルドさんはそれ以来、街によく顔を出すようになり、雪の日などは雪かきを率先して行い、たちまち町の人気者になった。だが、六年前、静かに息を引き取った。私は死に目に立ち会ったが、その日の夜には綺麗なゲッコウ花が咲いていたのを覚えている。




「なるほど。サツキ様が仰る通り、見間違いではあったようですね」


 遠くから見た時、青白い光が見えたので、確信した。ゲッコウ花だ。


「そうだね。でも枯れ尾花じゃなかった」


「はい。今も、綺麗に咲いています」


 私とルグラは、窓の外から、綺麗に咲きほこるゲッコウ花を眺めた。それは、あれ以来全く色褪(いろあ)せてはいなかった。


 翌日。リシテアちゃんに事の顛末を伝えに行くと、「そっかー」と笑顔で言った。これで安心してお昼寝できるだろう。

 いいことを考えた。私もひとつ物語を作ろう。6日で全て完成させ、それを子供たちに読み聞かせる。ゲッコウ花の結んだ、愛の物語を、子供たちに語って聞かせた。


 しかし、またリシテアちゃんだけ残った。今度は何だろう。


「サツキ様ー。じつはねー、気になることがあるのー」


「ま、またー?今度は何かなー?」


「じつはねー?カシュルくんがー、旅人さんから氷海に口から血を流した雪女がいるって話を聞いたんだってー」


 なるほど。今度は雪女か。この子、またお昼寝が出来なくなってるのだろうか。


「そっかー、でも私は氷海には…あ、そうだ。ルグラが行けば…、どうしたの、ルグラ」


「い、いやー、実に珍妙な話ですねー!」


 ん?なにやらルグラが焦ってる。あ、そっか、全てに合点がいった。この前読んだ絵日記を思い出した。


『今日は雪が降りました。今日は魚がいっぱい取れました。とっても美味しくて、いっぱい生で食べました。おなかいっぱいです。旅人に見られちゃったけど、脅かしたら逃げていきました』


 なるほど。幽霊が全て枯れ尾花という考えは、間違っているらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。