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第四話:情報の齟齬!

 どうもこんにちは、サツキ・ハタノです。ひょんなことから不老不死になってしまいました。その結果、根も葉もない噂が立ったのかもしれません。こんな龍の知り合い、いるはずないのですから。


「お前が氷の魔女か」


「あ、あなたは…?」


「私は彼方の氷河に住まう氷龍ルグラ。氷龍帝ルグラである!」


 グオオオオ!と咆哮を上げ、身体中から冷気を放出する。夏だと言うのに、草原に霜が降りる。


「氷龍たる性(さが)でな。私を差し置き氷の魔女などと名乗るお前が許せんのだ。よって氷の魔女、手合わせ願おうか」


「あ、あの、まずどうして小売の魔女を名乗る為に、あなたの許可が必要なんですか?」


「名乗るために許可が必要なのではない。氷龍と氷の魔女、どちらが優れているか、決めねばならんのだ!」


 またもや、一際大きな咆哮をあげる。うぅ、鼓膜が引きちぎれそうだ…!


「あ、あの後もう一つ!何か勘違いしてないですか?」


「何を勘違いしているというのだ」


「私はこ(・)お(・)り(・)の魔女ではなく、こ(・)う(・)り(・)の魔女です!小売業を生業(なりわい)としてる魔女です!」


「氷業とはなんなのだ!凍らせるのか、そこの湖を凍らせるのか!」


 あぁ、分かってくれそうにないなぁ。この龍、かなり馬鹿っぽい。


「とにかく勝負しろ。話はそれからだ」


「も、もう分かりましたよ…」


 これ以上話しても埒が明かない…。ここは適当に負けたことにして帰ってもらおう。


「ちなみに強者は弱者に絶対服従だ」


「は?」


「では始めぇぇぇぇ!」


 食い気味に、ルグラは氷のブレスを私に向かって吐きつけてくる!私はそれを魔術で作った障壁で身を守った。


「ほう!先の攻撃を防ぐか!」


「次は…こっちです!フラッシュ!」


「ぐぅううう!」


 光の玉を放つと、龍は目を抑えながらフラフラとして、私の家に倒れこもうとしていた!まずい!このままでは…!


「アイシクルニードル!」


 何とか先のまるまった氷の棘を何本か生成し、ルグラを足止めしようとした…のだが、それでは高さが足りながったらしく、それを踏みつぶし、家に直行してくる!


「うわわ…こっちに…!」


 私は急いで家の屋根に登り、力を一点に集中させる。フィリアさんに教えてもらった、魔拳と言われる、魔力と体術を応用したものを使うのだ。これの良い点は少ない魔力で周辺被害もあまりでない点だ。瞬間で詠唱を唱え、腕に力を入れる。


「来ないでー!」


「ぐはぁぁ!」


 倒れてくる瞬間、思いっきりルグラの顔面にアッパーカットを食らわせる。ルグラは仰け反り、家の前に倒れた。あぁ、踏ん張った衝撃で少し瓦が割れてしまった。


 ルグラは目を覚ますと、地面に頭をくっつけて、土下座をした。そこまでやられなくてもいいんだけど…。


「うう、参りました…」


「分かってくれましたか?」


「はい、自分はあなたに服従します」


「い、いや、服従なんて…あ、ならせめてこのクレーター治してくれませんか?」


 ルグラが倒れた衝撃で、地面にクレーターができたのだ。このままじゃ目立ってしょうがない。


「わかりました。では、細かい魔法はこの姿では苦手なので…」


 ぼふんっと煙を上げ、ルグラは姿を消した。いや、なんだろう。なにか蹲ってる。


「サツキ様、クレーターを早速直させていただきます!」


「え、姿が…?」


 なんと、ルグラが色白の肌に白銀色の髪、淡い水色の瞳で額に右側だけ異様に長い角が生えた少女の姿に変貌した!


「はい、ドラゴンですので、魔術で姿を変えることができます。では、ほいっと」


 そういうと、クレーターがみるみるうちに塞がっていく。凄いな、これがドラゴンの力か。


 師匠に聞いたことがある。モンスターの魔術を使える個体は、何も媒体とせず魔術を行使できると。そもそも、魔道具自体がモンスターの素材から作られることが多いのだとか。


「てなわけで、私はあなたに服従します!是非とも、こき使ってください!」


 またルグラは土下座を始めてしまった。


「あ、頭を上げてよ…!私、別に従属が欲しいわけじゃ…!」


「なら、弟子にしてください!あなたのその強さ、只者ではありません!何年修行なさったのですか?」


「えっと…、半年ほど?」


 師匠に教えてもらったのは半年だ。その点に間違いはない。まぁ、その時から多分少しは力も強くなっただろうけど。


「は、半年であのような技を!?私を弟子にしてください!師匠!」


「し、師匠…?へへ…」


 あぁ、師匠…か。いい響きだ。フィリアさんも同じような気持ちだったんだろうか。


「もう一回言って?」


「私を弟子にしてください!」


「いや、その後」


「師匠?」


 むふー。何回聞いてもいい響き。もうずっと聞いてたい。全ての言語が師匠で表せるようになればいいのに。


「もう一回!」


「師匠!」


「よし、では君を私の弟子一号と認めよう!」


「弟子一号…、光栄です!私、ルグラ改め、弟子一号、師匠のために尽力させてもらう所存です!」


「い、いや、名前は改めなくていいよ、ルグラ。これからどうするの?修行って言っても、私大して教えられるものないよ?」


「なるほど。修行は日々の暮らしの中で織り成されるものなのですね、勉強になります!では、師匠の家で住み込みで弟子をさせてもらいます!」


 そんなご大層なものじゃないんだけど。でも、こんなキラキラした目で見られたら、今更ガッカリさせたくない。でも、上っ面だけの修行なんて直ぐにバレるだろうし…。


 あ、そうだ、今までどおりに過ごしていこう。そしたらこの子も諦めて帰るかもしれない。


「じゃ、早速私は調合するから、ルグラは何してる?」


「そんなの、師匠の見学です!何ですか?溶けない氷でも調合するんですか?」


 ま、まだ勘違いしてる。


「そんなの作らないよ。私は今から、秘薬を作るの。万病に効く薬。これを売って、私は生計を立ててるの」


「な、なるほど、私はすっごい勘違いをしていたようです!ごめんなさい…」


「わかってくれたならいいよ。っと、これで完成」


「もうですか?」


 自分で言うのもなんだが、ここ二百年ずっと秘薬作り続けてたから、ある程度調合にも手馴れてきたのだ。


「で、それを何回か繰り返して、昼寝して、ご飯作って、ご飯食べて、お風呂入って、歯を磨いて、寝る。これで私の修行は終わりだよ」


「それだけで…!分かりました、私も着いていきます!」


 そのやる気がどこまで続くのだろう。そう、私は長く続かないことを願っていた。しかし、彼女は全く折れない。それどころか、彼女は私にくっついて周り…。


「サツキ様!起きてください、朝ですよ?」


「う、うん、おはよ」


「おはようございます!」


 フィリアさんを起こすことがなくなってから、私の生活リズムは少し崩れた。前はニワトリが鳴き声をあげる頃には目が覚めきっていたが、最近では子鳥のさえずりで目を覚ます。

 なので、ルグラに起こしてもらって、生活リズムが少し改善されてきた。フィリアさん、私に起こされた時こんな感じだったのかな。


 ちなみに、彼女は魔術で人間の姿を形成してるらしいので、角と尻尾を消せるらしい。なので、人里におりても大丈夫だそうな。


「さて、今日もユニコーンの角折りに行きましょう!」


「その前にご飯ね」


「出来てますよ?ほら、早く着替えてください」


 どんっと私の着替えを渡される。彼女はどうやら、氷海に住まうドラゴンらしく、水を扱うことにも長けてるらしい。なので、野菜洗いや食器洗浄、更には風呂掃除やいざという時の水分補給など、幅広く活躍してくれている。あ、水分補給というのは、魔法で出してくれているんだ。何もいやらしい意味ではない。


 私は寝巻きを脱ぎ、着替えに手を通す。うん、今日も汚れひとつ無い。ルグラは聖なるドラゴンらしく、何やら汚れを分解する魔術を使えるらしい。なので、私が風呂に入ったあと、ルグラが風呂に入る。そして翌朝、浴槽に洗濯物を放り込み、浄化。その後は竿に吊るして干す。前までは手洗いしてたからかなり楽になった。


「では、いただきます!」


「いただきまーふ…」


「サツキ様、顔洗ってきました?」


「洗ったよぅ。でもまだ覚めきらないや…」


 すると、ごばぁ!っと口からルグラが氷を纏った風をこちらに飛ばしてきた!うわっ冷た!


「目、覚めました?」


「お陰様でね…」


 毎朝これだ。一時フィリアさんに冷水浴びせたことはあったけど、氷ぶつけたことは無かったぞ、私!あの時は本当に怒られた。「むぅ、私を怒らせたら怖いんだよー!」と言いながら延々くすぐられた。


 その後、いつものように薬草を採取しに行く。どうやらドラゴンはユニコーンの警戒心を掻い潜ることが出来るらしく、二人でいる時もユニコーンは普通に出てきた。


「収穫収穫ー。これで今日も収入が入りますね」


「うん」


 ルグラの提案で、隣町まで行き、秘薬の一部を商人の団体、商会に売ることにした。そこの代表さんと前に面識があり、快く受け入れてくれた。いい値で買ってくれるとの事だし、あちらとしては貴重な秘薬も手に入る、ウィンウィンの関係だ。

 私、今までここ以外の街に行ったこと無かったからどのくらい離れてるのかと思っていたが、案外近くにあった。


 箒に跨(またが)り、隣町、アルフィン町に向かう。一週間に一度、一週間分の秘薬を売りに行く。


 こんなに大規模に人と交流したら、私が不老不死であることを察せられるかもしれないが、聞いたところによるとアンデッドハンターなる人達は不老不死を悪用する者たちを制裁する団体らしい。だから、特に私は悪用してないから別に退治されることもないだろう。


 ルグラは背中に小さな羽根を生やす事ができるので、それで空を飛べる。なので、隣町まで行く時は二人で行く。


「あぁ、小売の魔女様。今週も持ってきてくださったのですかな?」


「はい、こちら、秘薬です」


「これはこれは…、相変わらず、良質な品ですな。では、約束の金貨です。これからも何卒よろしくお願いしますね」


 この口ひげを蓄えた小太りの中年男性の方が、商人の代表のハロルドさん。身なりと喋り方のせいで少し胡散臭いと思っていたが、商売相手としてはかなりいい相手で、適正価格に割増で取引してくれると言ってくれた。私を釣るための餌かもしれないが、実際他の商人の人達より羽振りがいいのは事実だ。


「秘薬一つで金貨二枚…ですか。本当、羽振りのいい人ですね」


「あの人、秘薬を金貨2枚銀貨5枚で売ってるの。それにほかの人たちとも契約してるみたいだしあの人の方が儲かってる。貴重な品を仕入れ、それをさらに高い値で売る。それがあの人の商売だよ」


「ふむ。交渉術のひとつですか。いかにも俗っぽいやり方ですが」


「否定しないよ。でも、私だって聖人じゃない。秘薬が滅多に手に入らないのは事実だし、金のない人のために考慮しろなんて言えるほどの正義感もない」


 金を稼ぐためだ。それに、あの人のやり方は別に咎められるような行為ではない。そもそも、商売とはそういうことをすることこそが商売だ。ぼったくりと言われるような、過度な暴騰はしてないからな。


「そうですか、なら、先週無償でシャーロさんの風邪を秘薬で治してたのは?」


「あれは、たまたま即効性のある風邪に効く薬がなかったから、使っただけであって…」


「ふふっ、素直じゃありませんね」


「もう、この話おしまい!ご飯食べてこ!」


「はい!」


 全く。私を虐めて何が楽しいんだか。でも、ルグラが来てから、不思議と退屈しなくなった。生活にハリが出てきたというか。

 とにかく、これからもルグラを弟子として、のんびり生活していこう。


 にしても暑いなぁ、ここ最近。ルグラから絶えず冷気は漏れだしてるけど、それでも暑い。何かひんやりしたものでも…、あ、そうだ。


「ルグラ。みぞれって知ってる?」


「みぞれですか?空から降ってくる?それなら家の近くで時々降りますけど」


「違うんだ、それじゃなくてね?氷を砕いたものに、水に溶かした砂糖をかけるの。これが美味しいんだよー」


「氷なのに?」


「うん!」


 夏なので、時期的にもピッタリだ。今度かき氷とかも勧めてみよう。

 この世界の蜜…、シロップは、地球と同じく植物由来のものを使っている。牛乳とかは時々使うけどな。練乳とかに。

 私たちはアルフィンの市場までやってきた。

 砂糖に関しては、この街で調達する。あれから、調味料などはアルフィンで揃えるようになった。こちらの方が物価は少し高いが、品揃えがいいのだ。


「ここはこの一帯の商業の中心地だよ。ララベルから出稼ぎに来る人も多いんだって」


「サツキ様はなんでも知っておられるのですね、尊敬します」


「なんでもは知らないよ。それに、違う街で商業をしようって言ったのはルグラでしょ。あ、砂糖と塩一袋ずつくださいな」


「あいよ。銅貨6枚ね」


 うん、やっぱり少し高い。でも、村にはそもそもあまりでまわってないし、ここで買わないと。


 私は銅貨6枚を男性に渡した。村なら1袋銅貨2枚で売ってるけどな。


 その後は近くのレストランで昼食。この辺りの景色を一望できる場所に店を構えているため、とても見晴らしがいい。なので、客も多く、私たちが座った頃にはもう順番待ちの行列が店先にできていた。昼時だからな、少し遅かったら私たちも順番待ちだ。


「にしても、ここは景観はいいですねー」


 ステーキを食べ終えたルグラが、窓の外を眺める。少しでも商売を成功させようと売り込みをする売り手と、少しでも利益の出るような買い物をしたい買い手。その両名が、足繁く足を動かす。まるでムカデのようだ。


「だね。でも、私はララベル村の方が好きかな」


「同感です。この街には、人の欲が渦巻いているように感じます。これを」


 ルグラは、私にチラシを渡した。店先で配られていたものだ。


「『盗難に用心せよ』か」


「喧騒に紛れて、邪な考えをする輩が多いようです。今月だけでも、捕まっている数が10を超えています。先月から莫大に増えているようですね」


 それでも収まらないってことは、まだ隠れてコソコソやってる連中が多いってこと。


 師匠がここに私を連れてこなかったことも、頷ける。あの時の私なら、きっとすぐに騙されたからだ。


「帰りますか」


「そうだね」


 私たちは店を後にすると、ふと路地に目が釘付けになった。なんと、男性が泡(あぶく)を吐いて倒れていたのだ。


「だ、大丈夫ですか!」


「はっ…、サツキ様、こちらの方は…」


 ルグラは、何かに気がついたように口を覆っている。ん、手に何か、白いの入った薬包紙が。これってまさか…。


「聞いたことがあります。飲むと天にも登るような気分になるけれど、傍から見ればそれは廃人のようで、その幻覚に依存し、また次の薬を求めてしまう…そんな薬があると」


 それを手に取ろうとした瞬間、腕に激痛が走った!倒れていた男性が、血眼で私の腕にしがみついてきたのだ!私は振りほどこうとしたが、力が強すぎて解けない。


「あんた、秘薬を持ってるか!金は払う、秘薬をくれ!」


「な、なんで…!ですか!」


「この薬は飲むと天にも登るような気分になんだよ!でも、切らすとイライラが収まらねぇんだ!店員はシラフな奴にしか売らねぇなんて馬鹿げたこと言い出した、だから秘薬が必要なんだよ!」


 男性は焦点の定まらない瞳で私を睨みつける。そんな…、秘薬がそんな使われ方してたなんて…。

 私が唖然としていると、遠くから足音が近づいてきた。顔を上げると、警官のような人物が2名。


「お前!窃盗犯だな、逮捕する!」


「そ、そんなァ!俺はただ、麻薬と秘薬を買うためにィィィ!」


 まさか、盗難が増えたのも私が原因…?所詮、私も金に目が眩んだこの街の馬鹿者の一人だったのか。


「サツキ様。あの商人とは縁を切りましょう。それがあなたのためであり、この街のためです」


「…うん」


 私は、重い足を引きずりながら、ハロルドさんの家まで行った。


「なんと。それは残念ですなぁ。小売の魔女様の秘薬は、老若男女に人気なのですぞ?」


「…金輪際、あなたに…、この街に秘薬は売りません」


「なにゆえ?」


「私は、これ以上人々を苦しめたくないんです」


「何をおっしゃるのです。貴方様の秘薬は救いの手ではございませんか」


 その瞬間、ピシャリと空気が冷たくなった。ルグラ…?


「お前、サツキ様に何を隠している」


「おや、怖や怖や。何ですかな。何も隠してはいませんぞ?」


「秘薬を邪なことに使われていたこと。お前は知っていたのだろう」


「さて、何のことでしょう?」


「お前はさぞ自分のことが好きと見受けられる。商品一つ一つにいちいち名前を刻印するくらいなのだからな。そう、この薬包紙にも」


 あれは、連行されていった人が持ってた薬包紙!ルグラ、回収してたのか。


「さぁ、これを見てもなお世迷言だとのたまうか!商人の風上にも置けん卑しい劣等種が!お前は秘薬を売り出すと同時に、麻薬も売り出した!そして、冷静な判断の出来ない奴に商売をするつもりは無いとでも言い、秘薬を買うよう仕向けた!全てはサツキ様の善意を利用したクソッタレたマッチポンプだ!」


「…ほぅ。そこまで見抜かれていたとは。口止めはしていたのですがね、薬包紙もすぐ捨てるようにと。ですが、無駄ですぞ。既に警察にも根は回してある。誰も私を逮捕することなんぞ出来ないのですよ!」


 警察まで…!?そんな、なら誰もこの人の悪行を裁けない!…いや、私がそんなことを言う資格はない。犯罪の片棒を担いでいたのは、私だからだ。


「咎める者がいないから何をしてもいい…か。面白い。ならばこちらも同じ台詞を返させてもらおう」


「何?」


 ギロりとハロルドさんが私たちを睨む。すると、何故かそこにあった果物ナイフを手に取って、自分の喉元に突きつけだした!


「な、何が起こってるんだ!」


「私は氷と水を扱うことに長けていてな。お前の体の水分を操ったのだ。自殺なら、誰も咎めるものはいないだろう?」


「ルグラ!」


「サツキ様。あなたは優しすぎます。この様な者は死んで当然。この世には、救いのある者とない者が居るのです」


「魔女様…、サツキ様…助けてくだされぇ…」


「その卑しい口で、サツキ様の名を語るな」


 私は、耳を塞ぎ、俯いた。もう聞きたくない。私を騙した者が、私に助けを求めてくる。悲痛な叫びが聞こえてくる。ぐしゃりぐしゃりと、何かが切り裂かれるような音が小さく部屋に響いた。


 とんと肩を叩かれた。顔を上げると、先程の表情とは一変して、気の毒そうな顔をするルグラの姿があった。その時には、ハロルドさんは、机に突っ伏して、動かなくなっていた。眠っていたのか、そうでないのか。私は考えたくもない。


 それから、一切私はアルフィンには行っていない。行きたくもない。商人に聞いたのだが、ハロルドは自害していたらしい。ナイフを何度も首元に突き刺して。


「前々から黒い噂が絶えなかった、謎の商人だったから、死に方すらも謎だな」と、商人さんは笑った。

 ルグラもつられて笑う。私は苦笑いしかできなかった。

 それ以来、私は秘薬をホイホイ売らないようになった。

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