第十話:授業!
「合意の上だろう?なら生徒同士の交流に講師が首突っ込むことは無い」
「これのどこが合意の上よ!」
ほんと、目がおかしいんじゃないのこの講師!文字通り女子生徒が男子生徒に足蹴にされてるのよ!?あぁ、この人に少しでも期待した私が馬鹿だった!
「はぁ、お前また発作か。面倒かけさせるなよな」
「こいつ殺す!殺したらずっとそばに居てくれる!」
「そんなの、お前が求める真実の愛じゃないだろうに」
アインツ先生は私の頭の上に足を置くシェルカを、冷めた口調で諭す。
「歪んでいようとこれは僕の愛のカタチだ!それを間違っているなんて否定するのならば、いくらアインツであろうと許さない!」
シェルカは、足首に巻かれたベルトからナイフを取りだし、アインツ先生に投げつけた!私は目を瞑ろうとしたが、その軌道はかくんと折れ曲がり、アインツ先生の足元に転がる。
「効かないな。そんなことわかってたろ?隙を狙ったにしても、黙って速やかに投げないと意味は無い。あんな叫び声上げてたら、嫌でも気が引かれるぜ?」
「くっ…」
私の口から思わず「な、なんで…」と言葉がこぼれる。そんな、ありえない。先生は詠唱も魔道具も手に持っていない。なのに…、何故あんな魔術や魔法紛いなことが出来た?
「すまんなシャロ。今はのうのうと教鞭を執ってる暇はない」
ふっと、私の顔から足が離れ、後ろでドサッと何かが倒れたような音がする。私は上体を起こし、その方向を確認すると、シェルカが盛大に倒れていた。
手錠も外れている。先生が解いてくれたのか。アインツ先生の後ろに走り、シェルカと距離を置く。
「それとシェルカ…」
拳を固め、アインツ先生はシェルカに近づく。な、何故だろう。いつもはその背中さえも猫背なろくでなしの背中なのに、今はその背中がとても頼もしく、たくましく感じる。
「アインツじゃない、アインツ先生でしょうがァ!」
「ぐぇっ!」
アインツ先生は思いっきりシェルカの頭に鉄拳を叩き込んだ!ボコンっと、床に若干のクレーターができる。というか、怒るポイントそこ!?
「たく、お前あれだからな!責任者に怒ってもらうからな!」
「や、やめてぇ!あの人だけは!」
責任者?親とかじゃなくて?若干遠回しな言い方に、私は違和感を感じた。というか、何よその子供みたいな言い方!
「ならちゃんと謝って許してもらえ」
「うん…ごめんなさい」
「ってて。たく、女の子を散々蹴り回しといてその一言で済まされると思ってんの?」
「許してもらおうなんて思わないよ。ただ、僕の心からの精一杯の誠意を、受け取ってほしい」
シェルカは、深く深く頭を下げた。さっきまでとは大違い。よほどその責任者が怖いのか、アインツ先生の説教が効いたのか。蹴られた顔がまだヒリヒリと痛む。私は特に彼を許そうと思う気は無いのだが…。
とにかく、先生の少し頼り甲斐のある一面が見えた瞬間だった。
私とアインは、片っ端から空き教室を見て回った。彼の愛の表現…。それは、『相手を殺すこと』。自分の思い通りになるように、殺す。このままでは…、最悪の事態になりかねない!
「ハズレくじ続きですねぇ」
とは言いつつも、さきほどからずっとハズレばかりだ。そこまでハズレばかりではこっちのやる気もそがれてく…でも、シャロの命には変えられない!
「うーん…って!あれ!」
「おやぁ?あれはシェルカですねぇ」
廊下の先で、俯いているが、あの背格好、間違いない、シェルカだ!
「君は…、ぶへ!」
私はシェルカに走りより、力いっぱいビンタした!
「よ、よくもシャロを!」
「何も確認せずに人ぶん殴るのはどうかとは思うけど…」
た、確かにそうだ…けど、シャロが居ない!
「早とちりとでも言うんですかねぇ?あまりそういうのはよくないと思うんですぅ」
「いや、いいんだ。全部僕が悪いんだ。毎回そう、僕ってどこか狂ってる」
「そんなことよりシャロはどこ!?」
「そんなことって…、シャロなら、そこの突き当たりの教室だよ」
そう言うと、シェルカは頭を擦りながら私たちの元来た方向へ歩いて行った。フィリア先生のところに行くのか?それより、私頭は叩いてないんだけどなぁ、ビンタを食らわせたのは頬だ。
って、今はシャロ!私は急いで突き当たりに向かい、ドアを開く!そこには…、暗がりでシャロの頬に手を伸ばす、アインツ先生の姿が!そっかー、私はぶん殴る相手を少し間違えたらしい。
「あ、アインにセッキ!?違うんだ、これは勘違い!ほら、シャロからもなにか…!」
「ち、違うの、今回ばかりは先生は…」
シャロがアインツ先生を弁護したにも関わらず、私は思いっきり腕を振りかぶり、アインツ先生にビンタした!
「ふべぇっ!」
間抜けな断末魔が、真っ暗な部屋に反響して聞こえてくる。
「えー、シェルカの様に、普段からろくでもない行動ばかりしていると、ろくでもない対処が取られる。そして俺のように信頼がないと…」
魔術座学という面目の授業とは全く関係のない内容なのだが、全員文句は言わなかった。というか耳が痛い。とても痛い。
「ろくに思考を巡らされることなく、ろくでも無い目に遭うって訳だ。先生な、今から人の信用についての授業を…」
「魔術の授業をしてください、先生!」
さすがに辛抱たまらなくなったのか、シャロが先生に苦言を呈する。よ、よかった、もう私も耳を塞いでしまいそうだったからな。
「はぁ、わかったよ。今日は自習にしようと思ったんだが、気が変わったんで適当に始めるぞー」
そんな気まぐれで授業って自習にしたり講義にしたりしていいものだっけ?この学校ではどうか分からないが、シャロがよく、「ろくでなし」と言っている辺り、おそらくこの先生だけなのだろう。
「今日の授業は『権能』について説明するぞー」
「権能…?」
「んー、そうだな。セッキ!説明できるか?」
「い、いえ、わからないです」
私は、素直に先生に伝えた。なんだろう、権能って。聞いたことないや。
「そんなものも分からないのかー?」
は?なにあのムカつく顔と言動。分からないだけであんなに煽ってくるのか?それを口に出したところで解決しそうもないため、グッと飲み込み私は席に着く。
「まぁ、知らなくても当然だけどな」
ならさっきの態度はなんだったんだ!知らなくて当然ならばあんなに煽ることもないだろう!
「じゃ、ルグラはどうだ?」
「権能とは、条件を満たすことで行使することが可能になる魔術です。魔術の行使に媒体は必要となりませんが、その人物が手柄、役職などに着くことが条件として挙げられます。発動に関する条件は権能の数だけ存在し、満たすことは極めて困難とされています。それに、セッキさんの知らなかったように、権能の存在は古来より内密にされてきました」
「お、おう。よく知ってたな」
先生は、ルグラは答えられないものと踏んでいたらしく、若干驚いていた。ルグラは、薬の調合ばかりやってた私なんかよりもよっぽど博識だ!ナイス、ルグラ!私がグッと親指を立てると、ルグラは嬉しそうに笑った。
「とにかく、ルグラが言ったように、権能とは代々内密にされてきた。だが、ルグラの発表にも間違いはある」
ルグラが、ありえない!という顔をする。んー、私も権能については無知なのだが、ルグラの説明はとくに間違いはなかったとは思う。だって、あんなに自信満々で話していたんだから。
「実はだな、お前らも馴染みがあるものだ。ユニークスキルって聞いたことあるだろう?ほとんどの権能はそれに該当する。権能は、魔術でもなければ魔法でもない。スキルなんだ」
な、なるほど。確かに、ルグラは権能は「魔術」であると言っていた。それなら、魔道具や詠唱がなくとも発動できるのも頷ける。
すると、先生は何やらポスターのようなものを黒板に貼り付けた。なんということでしょう、そこには何故かでかでかと写る私の姿が!
「つまりお前らの大好きな『小売の魔女』様の持つ、ユニークスキル『不老不死』も権能と似たようなもんだってことだな。ちなみにユニークスキルって言っても、多数が同じユニークスキルに目覚めることもあるぞ」
あぁ、今度は目が当てられなくなった!耳の次は目か!何だ、アインツ先生は私を虐めたいのか!?
「ど、どうしたの、顔赤いわよ?」
「あ、あはは…」
心配するシャロと、私の心中を察し、苦笑いを浮かべるフェイル。ユニはと言うと、先程から随分と黒板の私を凝視してる。そして、「サツキ、おっきい」と一言。
「いつ写真なんて取られたんです?」
ルグラの質問に、私はハッとする。確かに、私は写真を取られた覚えはない。
「きゃー、サツキかわいー」
後ろの方から声が聞こえる。まさか…フィリア先生!?またこの人か!
私は、フィリア先生にむっとすると、後頭部にすかーんと何かが飛んできた!
「はいそこー。俺だってこんな授業したくないんだからちゃんと聞くようにー」
「ってて、ごめんなさい…」
ふと、机の上にチョークが転がっているのを見つけた。あの人、こん何距離あるのに私の後頭部的確にチョークを叩き込んできた!?
動機が不純だが私からは何も言えない…。私は前を向いて授業を受け直す。普段は、苦言のひとつでも呈してやりたいのだが…。
「で、だ。権能の取得条件に関してだが…、一番手っ取り早い方法は星ぐっ!?」
アインツ先生が変なことを口走る前にというのか、フィリア先生がヘッドロックをしかけた。うわ、結構ガッツリ行った。
「精一杯努力すべし!さすれば道は見えてくるー!」
「な、何すんだ!努力は効率よくしなけりゃ時間の無駄だ!精一杯の努力なんて俺はやだね絶対やだね!お前みてぇに時間もてあましたジジババじゃねえんだよ、こいつらは!」
「ば、ババア…?」
さぁさぁ盛り上がって参りましたというのか…。周りは止めるなりなんなりするのかと思っていたのだが…。各々教科書にかじりつき自習を始めているようだ。
「止めなくていいの?」
「止めてたのは最初の五回くらいまで。どんどん止める人数が少なくなって言って、フェイルですら諦める始末」
「だってあの二人の喧嘩怖いんだもん…」
あの二人の喧嘩が怖い…か。確かに、フィリア先生に関してはかなり強い。私に教えてから、さらに魔術や魔法に磨きがかかっているに違いない。二人の決闘を少し見物しよう。私が入ったところで、止められないだろうし…。さて、フィリア先生のとった行動は…。
「ふへー」
寝た!?立ったまま寝てる!?なんであの人寝てるの、なんか一触即発な状況なのに!
「ヤバい、フィリアマジでやる気か…!?」
「ふゆー」
「ま、まだ起きない…!」
さっきから何を怯えているんだろうか?先生、ナルコレプシーか何かが発症しているだけなのに…。
「はっ、整いました!」
「すまんかった!この通り!」
アインツ先生は生徒の目の前でそれはそれは綺麗な土下座をした。今ばかりは全員が自習の手を置き、その目から冷ややかな視線を一斉掃射する。私もその一人だ。
「ふふふ…」
優越感に浸っているフィリア先生。その態度はまるで女王そのもの。ひざまづいた家臣を見る目。
「だから許して…ね?」
『ゆ・る・さ・な・い☆』
笑顔でそう告げるフィリア先生の目の前に、巨大な魔法陣が出現する!そ、そんな、魔法を詠唱もなしに魔法を!?これが権能か!?
『我を守りし神の加護・今形となりて・我を守る盾となりぇ!』
あ、噛んだ。魔法詠唱は、少しでも狂うと効力が落ちる。フィリア先生曰く、「魔法詠唱は言霊。魔法とは、それを媒体として発動させるものである。魔術で言うところの、魔道具の役割を成す。詠唱一節一節に意味があり、それが狂うと魔法も狂う」のだとか。
案の定、業火に焼かれたボロボロの障壁は一瞬で崩され、断末魔をあげる。
「はぁ、はぁ…。お前らに宿題だ。今あいつが魔法をどうやって発動させたか、考えてこい。文字数は問わん。このプリントに書いてこい」
先生は若干の火傷をおっていたが、あまり気にしていないらしく、プリントを配る。私のところにもフェイルからプリントが送られる。それを隣の二人に渡した。
全てを配り終えると、アインツ先生は大欠伸をしながら教室を出て行った。
なになに?「フィリアの放った魔法はどうやって発動したのか、分かるかなー?分からないだろうなー」横には、案外上手いながらもすごくムカつく顔をしたアインツ先生のデフォルメされたキャラクターが描かれていた。ぐしゃぐしゃと丸めてゴミ箱に捨てたいのだが、さすがに宿題だから、そうする訳にも行かない。
「毎回あんなことしてた?」
「いや、今回初めて見たわ…って!まだ授業時間二十分余ってますけど!?」
「ご、ごめんねー、あとは自習してて?質問には私が答えるから」
フィリア先生の方が先生してる…。私は…、宿題の答えを考えてみるか。
「んー」
「私の見解としては、あの無詠唱の魔法が権能なのでは無いかと…」
なるほど、でも、少し腑に落ちないところがある。フィリア先生が何やら喧嘩の中で眠っていた。それを見た瞬間、アインツ先生は尋常ではないほど慌てて怯えていた。
「私は先生が眠ってたのが怪しいと思う」
お、ユニは私と同じ意見だ。でもそうなると、こんどは無詠唱の魔法がどのような原理で発動させたのか、それが説明がつかなくなる。ここは、ユニの意見を聞いてみよう。
「して、その心は?」
「とっても気持ちよさそうに寝てた。あれが先生の権能。間違いない」
「論外ですね」
そっかー、ユニには少し難しかったかもな。うーん…、少なくとも私に魔術や魔法を教えてくれた時はあんなナルコレプシーみたいな真似も無詠唱の魔法も使ってなかったんだよな。あ、そうだ。この街に来てからのフィリア先生を知っている人なら!
「フェイル、何かわかった?」
「うん、でも教えられないよ。考えるのが宿題なんだから」
「せめてヒントー」
「お願いー」
私とシャロはこれでもかとフェイルに食い下がった。そして遂にフェイルも折れて、「わかったよぅ」と言ってくれた。
「ヒントだけね?答えを教えちゃ、宿題にならないから」
「うん、是非!」
「聞かせて!」
「私も気になります!」
「私もー」
私とシャロに加え、ルグラとユニもフェイルにキラキラとした視線を送る。
「えっと、ユニとルグラ、両方の意見を足したら答えに近づく…かも」
両方の意見…か。んー、分からないな…。
「夢の中で詠唱した…?いや違うわ、そんなのありえない…」
「それだ!」
私は思わず声を上げた。点と点が線で繋がる。そうか、そういうことか!
「セッキ、何かわかった?」
「先生は夢の中で詠唱したんだよ!あの時間があれば五節は唱えることが出来る」
「で、でも、そんな非現実的なこと…」
「それが先生の権能なら?わざわざ授業であそこまで説明したんだから、きっと私たちの理解度を試されてるんだよ!」
私たちは、プリントに『フィリア先生は夢の中で詠唱し、権能を使ってそれを現実のものとした』と書き込んだ。間違っているかもしれないが…、先生も意見を書くだけでいいと言っていたじゃないか。
さて、時は流れて放課後。私たち5人はカフェのテラスで食事した。大通りに面している繁盛している店舗だ。
「んー、このケーキうまぁー!」
「うまぁー」
「うまぁーです!」
私たちは、ショートケーキを注文し、それを食べていた。なるほど、200歳の私の舌を唸らせるとは…。やるな!なんてね。にしても、本当に美味しい。ホイップもふわふわで、イチゴも甘くて…。
「美味しそうに食べるわね、三人とも」
「ほんと、そうだね」
思えばこの二人とはかなり打ち解けることが出来たな。シャロに関しては、つい今朝知り合ったばかりなのに。
「そういえば、三人は宿どこ?今度遊びに行きたいんだけど…」
「あぁ、それなら、フェイルの家にお邪魔させてもらってるよ」
「そうなの、つまりフィリア先生とも同棲してるわけね」
「あの人ほとんど家に帰ってこないんだけど…、昨日みたいに、研究室で寝ることもあるみたいだしね。私達も昨日は研究室で寝てたよ」
なんでも、「明日からはフェイルの家で過ごしてね!」と、念を押して言われた。フェイルも何かを察したように、「ぜひ来てください!」と食い気味に受け入れてくれた。
うーん、何でかな?
「あ、私先生に頼まれ事があったんだった。席外すね、みんなまた明日!」
フェイルはシャロに銅貨5枚を手渡し、急いでテラスから大通りに出る。そして、王城の方に走っていく。
「大変ね、フェイルも」
「そうだね、フィリア先生のお気に入りだからかな」
「たしかに、2人はかなり親密そうね」
シャロはフィリア先生がフェイルの先祖ってことは知らないっぽいな。不老不死ってことは知ってるみたいだけど。
私たちは、忙しそうに走っていくフェイルの背中を眺めた。
「フィリア先生ー、買って来ましたー」
私が先生の研究室のドアを開けると、何やら断末魔が聞こえてきた。な、何やってるんだ?
「痛い痛いー!許してよー!」
「んー?シェルカー。私の教え子を足蹴にしといてそのくらいで許されると思う?」
頭を拳で挟み込み、こめかみをグリグリ言わせている。シェルカは涙を滲ませ、許しを乞う。しかし、フィリア先生はそれを聞き入れず、さらに速度を上げる。
「またお前は生徒に雑用させて。それでも教授かよ」
「あ、そこ置いといてね、ありがとー」
「い、いえ…」
この人たち、よくここ来るからなー。流石にここで過ごすのはサツキ様たちは気が休まらないだろう。昨日は来なかったが…、本当に二日に一回くらいの頻度だ。全く、ほんと、星雲隊って騒がしい人とか変人が多いなぁ。




