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二十九、墓参

結婚式前日の落ち着かない花嫁花婿は出来ることがあまりなくてとりあえず墓参り。

 黄玉の婚儀は翌日に迫っていた。黒玉の婚礼衣装は紫玉が作ることになっている。いつぞやの「お返し」であるが、その時の悪戯については、後日紫玉からしっかりと「返礼」があった。

 その日が近づいて些か神経質気味になっていた黒玉だったが、流石に前日ともなると腰を据えざるを得ない。座り心地の良くない椅子に腰掛けている気分を味わっていた。やることが何もないのが一番辛い。前日に化粧をしても意味はないし、衣装を着けたところでその前にもう一度入浴することになるだろうし、今更剣の稽古をする気分にもなれない。とすれば久しぶりに白玉の墓に行くのが最善の選択であるように思われた。

 館から少し離れたところにある墓は、一族のそれである。姓ごとに区画整理されていて、一目でわかるように工夫されていた。いつか黒玉もまた、この墓に入るのだろう。白い墓標のみで飾り気のない墓は、余分な副葬品を許さない。巫女としての衣装はもとより死装束であるが、その衣装のまま弔われることを黒玉の聡明な親友は望んだようである。花以外の副葬品を厳しく断ったので、葬礼の折、紅玉は小さな身で花を探して歩き回ったという。優しかった大姐に、せめて許された花だけでも贈りたかったのだろう。しかしそれは生花を摘む。命を摘む行為なのだと気付いて、少女は泣いた。結局、白玉は何も望まなかったのだと気付いて。命を摘み取ることを望まなかった優しい姉が、命を維持するためでなく死んだものを飾るためだけに、生きている花を手折ることを望むはずがなかった。しかも飾られたとしても、その花を見る者はいない。命の抜殻なのである。それは、生者の単なる自己満足でしかなかった。

 黒玉がたどり着いたとき、先客がいた。長い髪が珍しく解かれ、風になびいている。力強さよりもまだしなやかさの勝る体格は、少年のもの――黄玉である。その背に流れる黒髪を見て、黒玉は胸が締め付けられる気がした。巫女白玉と、同色そして同質の、真っ直ぐな髪である。

「大姐」

 人の気配に振り返った黄玉の声に、はっとした。

「こちらに来ていたの」

「……月下冰人にご挨拶をと」

「そうね……」

 白玉は幾つもの縁を取りまとめた。海碧玉と紫玉もそうである。長くはない生涯を一人身を貫いて生きたが、それは巫女にとって幸福であったかどうかについては、本人が判断を下すべきことだろう。

「大姐、後悔してます?」

 そう訊く少年の声はいつになく頼りなげだった。まもなく夫になる少年は、まだ十二歳なのである。いつもの余裕のある態度からは考えもつかない。黒玉と同じ寝台に眠らなくなってから、急に背丈も伸びて、日毎にがっしりしてきていた。見慣れた小さな少年が求婚を機に見る見るうちに青年へと変わりゆく様を目の当たりにして、置いてけぼりを食らったような気分を味わっていた黒玉は、ようやく少年の進む速さに追いつけた気がした。

「していると、言って欲しいの?」

 ちら、と少年を見遣る。その表情はずっと白玉の死を哀しんでばかりだったかつての少女のものではない。唇に含んだ笑みは明るい色彩を帯びて、蒼い瞳が陽光を受けて輝くようだった。その笑顔に少年は力を取り戻した。

「言わせませんけどね」

 そう言って許婚の腰のあたりに手を伸ばす。その素早さは避ける間もない程だった。文字通り「口封じ」である。情熱的な口付けに思わず陶然となりかけ、慌てて場所を考える。

 ばしんっ。

 乾いた音がして、黄玉はその場に座り込んだ。

「……いってぇ!」

 押し殺したような悲鳴をあげる。

「ちょっと待って下さい、それは何ですかっ! 一体どこから……!」

 白く細長いそれは、良くしなっていて、手で掴み易いように手前には皮革が滑り止めとして巻かれている。何よりそれを構えた黒玉は……。

「……良く似合いますね」

 痛みを堪える目尻からは、ほんの少し涙が零れているようである。

「ああ、これね。張扇(はりせん)というんですって」

 先日発見された黒漆の箱の組紐の中央に、黒い珠がぴたりと嵌った時、その組紐ははらりと解けた。黒漆の箱は中に黄色の布が敷かれ、その中にこれが入っていたのである。夢で「渡したいもの」の所在を告げられていたことを思いだしたのは、黒い珠を見た時だった。黒漆の箱を開くと、黄と黒の組紐でそれが封印されていた。扇に良く似た形をしているが、扇よりも良くしなり、何より大きさが二回り程も違う。

「これを見た時、判ったのよ。白玉、私の為に用意していてくれたんだわ」

 ありがとう、白玉。私の苦労を考えてくれてたのね。と感動する赤い髪の娘は、それでそれは微笑ましいのだが。どこか何かが違うような気がした。

「で。処構わず迫るのは、やめなさいね」

「そうですね。これから夫婦になるわけですし、公明正大な理由も出来る訳ですから、大姐を閨(寝室)から出さないでおけばいいんですよね」

 満面の笑みを浮かべた少年との婚儀を、赤い髪の娘は本当に後悔しそうになった。



「ところで、気になってたことがあるのよね」

「何です?」

「碧玉大哥や翠玉二哥が妓楼に通ってたことは知ってるけど、黄玉は行ってないわよね?」

「ええ」

 同じ年のものより若干成長が早いとは言っても、十二歳である。登楼しようとしたとて、妓楼の女将が入れるはずもない。

「随分扱いに慣れてない? あなた」

 ひた、と視線を据える。蒼い瞳に剣呑な光が立ちこめるのを、黄玉は惚れ惚れと眺めていた。

「しっかり見学しましたからね」

「見学…?」

「大姐、忘れてませんよね? 碧玉大哥の婚儀のとき、俺に伝言させたでしょ?」

 紫玉の衣につけた紐を引くように、との伝言を碧玉に伝えさせたことをふと思い出す。水玉と二人で作った婚礼衣装には悪戯が仕掛けてあった。

「そんなこともあったわね」

「俺、あのとき大哥の部屋で見てたんですよねぇ、ずっと」

 肯きかけて、思考が停止する。

「……え」

「だって、大姐があんなこと言うなんて、何か企んでるってことでしょう? ついついその行く末を確認したくなっちゃって、大哥の部屋にこっそり忍び込んだんですよ」

「……」

「なかなか大哥は帰って来なくて、そのうち眠っちゃったんですけどね。夜が更けて大哥が戻ってきて紫玉大姐と話し始めて、俺も丁度目が醒めて。いつもだったら見つかってたろうけど、大哥はかなり酒が入ってたし」

 血の気が引いた。自分が蒔いた種がもたらしたことではあるが。

「官能的だったなぁ、あの夜の紫玉大姐。赤い衣がふわっと散るように広がって、羞恥で顔を真っ赤に染めて身を隠す大姐を、大哥がやさしく抱き上げて寝台に横たえて…」

 その仕草を臨場感たっぷりに実演したり、聞いている方が恥かしくなるような形容を、恥かしげもなく言える辺り、黄玉は大物になれる資格が有るのかもしれない。

「……三歳の幼児がじっくり観察するようなものじゃないわよ」

「ええ、実践はそのあとかなり練習しました」

「…誰と?」

「他にいるはずないでしょう? 黒玉大姐、あなたですよ」

「?」

 暫く考えたが真意を理解できずにいる黒玉に、丁寧に少年は話した。婚儀の前に隠し事があっては良くないですしねぇと微笑む黄玉に、黒玉の怒りを込めた張扇が再びが炸裂した。

「あなたって子は……!!」

「痛ってぇー!! 大丈夫です、ちゃんと最後だけは残しておきましたから」

「ってそういう問題じゃないでしょ!」

「でもあれだけ触れられてて目醒めない大姐の方も変ですよね。寝衣を全部脱がされようが、全身隈なく撫でまわそうが口付けしようが全然起きないし」

 少年の述懐はもっともである。大地震で目醒めない人はたまにいるが、自分の体を撫で回されて目を醒まさない人は少ない。褐色の頬に朱を上らせて怒りを露にする様を、黄玉は久しぶりに見て懐かしくなっていた。

「熟睡型なのよ。悪かったわね。って誤魔化さないで!」

「いやー、初めてで不安だったものですから」

「私だって初めてよっ!」

 言ってからしまった、と思った。にんまりと笑う少年の顔を見ることが出来ない。

「そりゃそうですよ。寄って来る害虫全部しっかり退治してましたからねぇ」

「?」

「言ったでしょ? 逃げ道を塞いで追い詰めて、最後の出口で両手を広げて待ってるって。俺からはそう簡単に逃げられませんよ、大姐」

 きらり、と光るその黒い瞳を見て、やっぱり黄玉は白玉の弟だと黒玉は改めて思った。その小憎らしい笑顔に、ふと赤い髪の娘は閃いた。

黄色い餓鬼に育ったのは、ほぼ黒玉の自業自得ってことですね。はい。

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