二十八、破邪封印と長兄の再出立
封印の儀です。
和刀の鍛えられた刃は鏡のように滑らかで、しかも鏡よりも明瞭に本体の像を映し出す。鞘から少し出た和刀の鋼が紅玉の少し薄い唇の形をはっきりと捉えていた。和刀で黒く鈍い光を発する塊に対抗する紅玉は、表情こそいつもの穏やかな様子ではあったが、流石に声に少々焦りが出ている。
「三哥、『鏡』をお願いします」
青玉は「鏡」を取り出し、紅玉の前に立った。黒いそれは二つの「鏡」にはさまれて、身動きが取れなくなっていた。鞠の大きさになり、次第に小さくなっていく。
颯。
巫女は妖刀でそれを斬り、捕縛した。親指の爪程の大きさの、珠になっていた。
「恐らく、これがそうだと思う」
焦茶色の髪をした青年は、その黒光りした珠を掌に載せた。叔母叔瑤の、既に消えうせた筈の「先見」の力が反応する程の物体である。どれほどのものと思ったが、紅玉の破邪の力の前には為す術もなかったのかも知れぬ。
「それが何なのかは判らない。ただ、叔瑤叔母上に『捕獲せよ』と命じられた」
「これは……一体何なのでしょうか」
縞玉は頭を振った。
「森へ行けと言われたのだが。よもやここに……」
足を引き摺る海黄玉と、それを支えるようにして鮑黒玉が現れた。黄玉を気遣う赤い髪の娘の様子が、それまでとは少し違うようである。
「あれ、それって」
場にそぐわぬ素っ頓狂な声を上げたのは黄玉である。その声に怪訝な視線を向けて、思わずぎょっとする。
「どうしたんだ?」
黄玉は包帯だらけだった。手当てをしたのは差し詰め黒玉だろう。
「多分、それだと思うんですけどね。さっき天祥おじいさまの書斎で黒い光に襲われまして」
流石に黒玉が、とは言えない。
「たまたま槍玉三哥と稽古中で方天戟持ってたものですから、それで跳ね返すことだけは出来たんですけど、退治までは出来なくて」
「そのとき、跳ね返したのは黒玉大姐?」
やわらかく尋ねたのは紅玉である。
「ええ、俺は手が塞がってたものですから」
塞がってた理由に思い当たって、一同はじっと「それ」を見つめた。視線が集中したことに、思わず赤い髪の娘が後ずさりする。その視線の中に、黒い珠が入った。
「これ……!」
「えっ、縞玉叔父様。もうお帰りになってしまうの?」
隣で黒瞳に哀しみを滲ませているのは、漣容である。
「ああ、探すべきものも見つかったし、叔母上にも報告しなければならない」
「でも黄玉おじさまの婚儀までもう少しなのに……」
片方の眉をひょいとはねあげて、漣容を見つめる。
「本来は婚儀に立ち会うべきなんだが。ちょっと理由があってな。急がないとまずいんだ」
目を潤ませて少女は薄茶色の髪の青年をじっと見上げ、身を寄せた。その手に縋り付いたのは、一抹の淋しさを憶えたからかも知れない。縞玉は黒い頭を優しく撫でた。
「また帰ってくるさ。……ありがとう」
縞玉は片目を閉じて、微笑んでみせた。
虞紫玉が縫い物をしていた。
赤い衣――黒玉の為の婚礼衣装である。婚儀はもうそろそろだが、まだ縫い終えていない。本来なら慌てていてもおかしくないはずだ。しかし一向に焦る様子はない。
「紫玉」
低く響く夫の声を聴いて、紫玉は顔を上げた。
「主…(主人をあらわす言葉。ここではあなた、という程度の意味)」
縫い物の手を休めて微笑むと、夫の後ろから目を赤くした愛娘が現れた。
「お母さま…」
漣容はその瞳に涙を一杯に溜めていた。
「縞玉を途中まで送って来る。……すまんが、漣容を頼む」
「はい」
赤い衣装を傍に置き、小さな体を抱き取る。少女は涙を耐え切れなくなっていたようだ。母の胸に縋る。
「お帰りになっちゃった…」
その黒い髪をやさしく撫でて、母は微笑んだ。
「精一杯お見送りしたのでしょう?」
「うん」
「後悔しないようちゃんとご挨拶は?」
「出来た」
「良かったわね……」
そういって少女の頬を柔らかく包みこんだ。
母の胸で泣いていた少女がようやく泣き止んだ時、日は既に傾いていた。はっと気付いて漣容は慌てた。
「お母さま。黒玉おばさまの婚礼衣装……」
「ええ。今縫っているわ」
「間に合わなくなってしまうわ。ごめんなさい」
「大丈夫よ。婚礼はもう少し先ですもの」
「でももうあと何日もないでしょう?」
それには答えず、微笑みを深くした。漣容は不思議そうにじっと母の顔を見つめていた。
中国では通常花嫁衣装は赤です。




