十八、武器の検分と書斎
和刀=日本刀です。
朝食が終ると、武具の検分だった。模範試合には適当な得物が必要である。最近武器の鍛錬を怠っていたので、元々使えていた武器も少々怪しいかも知れない。そういうと、海碧玉が案内を買ってでた。勿論武器庫の場所は判るが、武挙で首席になった碧玉の見立てなら、大丈夫に思えた。
「最後に稽古したのは?」
「五年程前かな」
「叔母上の元では稽古は?」
「二十歳前まで」
少々情けなくはあるが、人を傷つけるものなど、必要最低限に使えればいいというのが持論であった。勿論、十分に使えれば上手く活用して人を救うことも出来るだろう。だが、それよりも他者を傷つけるもの自体が、縞玉はあまり好きにはなれなかった。
「叔母上は?」
碧玉は鞭、錘、狼牙棒を並べた。ついで直刀、呉鉤、朴刀、二郎刀、大刀、和刀などが並べられる。
「我関せず。好きなようにしなさい、だった」
叔母らしい。と納得したように碧玉は笑った。
「和刀か……」
和刀は細くしなやかな曲線を描いているが、鍛えた鋼の強靭さは鉄塊をも一撃で両断出来るほどであり、遣い手が扱えば山をも斬ると言われるものである。刃の厚みは通常の刀剣の半分程度で幅は縞玉の小指の長さほどもない。華奢とさえ言える繊細な外形。刃紋は雲のようで、見つめていると魅入られてしまいそうな妖しい輝きを持っていた。
「白玉大姐……いや、……」
一瞬躊躇ったように呟き。その呟きを受けて、碧玉は柔らかい笑顔を浮かべた。
「そう、紅玉に。まさにかの巫女は我が一族の宝剣」
ただ飾って見るだけのものではなく、鋭利にして強靭な武器そのもの。そして、それを御せるものは僅かに一名。
「これは……?」
細長い、黒漆の箱を見つけた縞玉は、思わずそれを手に取った。黄と黒との紐は複雑な結び方をしていて、どこから解けば良いのか皆目判らない。装飾としてもかなりのものである。結びだけでも縞玉の掌一枚分の大きさがあった。そしてその内側に、これもまた精緻な装飾を施した細長いものが添えられている。それには一箇所、隙間が見えた。見ようによっては鍵穴にも似ている。漆の箱ごと持ち上げてみると、重いというほどではなかったが、何かいわくありげな品に見えた。
「何故こんなものが武器庫に……?」
そういう疑問は生じたが、正直言ってそれが何か判らない以上、優先すべきは他にあった。
「それより模範試合の武器を見繕ってくれないか」
碧玉はまた武器を並べ始める。その中に、目を引く武器が一つあった。
「これは……まさか」
幾つかの節を持つそれは、重さはさほどではないものの、打撃力は相当期待できそうな武器である。しかしそれが何故海邑にあるのか、外遊が長かった青年には理解出来なかった。
「そのまさか、多節棍だ。幾つかの棒を鉄の鎖で繋げ、棍棒の打撃力を強化している。攻撃が変化に富み、相手にはかわし難いものだ。主として三本の棍棒を繋いだ三節棍が遣われる。……しかし、これは習熟に相当な時間が要る」
「何故、これが海邑に?」
驚きを隠せぬ様子の縞玉に、少々驚いたように碧玉は応えた。
「何故って……。多節棍の遣い手として有名な人物は憶えているよな?」
その質問に、焦茶色の髪をした青年は思い当たった。
縞玉は碧玉と共に海天祥の部屋に居た。多節棍、それは習熟が難しかった為に習う者も居なくなり、現在は殆ど途絶えた武器であり、流派の名前でもある。その創始者が残した兵法書は他にはない貴重なもの。それが、ここ天祥の書斎にあるのだ。天祥が閲覧を許可するかどうかはものがものだけに自信が持てなかったが、習いたいという者を拒む長老ではないと、碧玉と縞玉の二人は断りを入れずに入室した。天祥は不在であった。
「確かあの兵法書は巻物だったから……」
天祥専用の特製梯子を使い、書物を漁る。長老に気づかれぬようきちんと元通りにしておかねばならないので、些か骨が折れた。
「これだ!」
その瞬間、予告もなく扉が開いた。
「誰じゃ! こそこそと何をしておる!」
年齢を感じさせぬ腹腔からの大音声が響き、碧玉は体勢を崩して梯子から落ちた。
「あ、あ、あっ。爺様」
努力も虚しく、碧玉は大量の書籍とともに床に落ちた。それを意図せず望まずして抱き留めたのは、縞玉である。
「碧玉大哥! ……!」
どっしーん。ばさばさばさ、かんかんかんっ。
碧玉と縞玉はあっという間に書物の山に埋もれて、顔と両手だけがようやく山から覗いていた。落下音と振動と埃がおさまるのには、暫く時間が掛かった。舞い飛ぶ埃で二人は激しく咳き込んでいる。
「……美人の落下なら喜んで歓迎するんだが」
縞玉はそう呟くと、再び咳をした。
「すまん。助かった」
隣で碧玉がこちらも苦しげに咳をしていた。天祥は呆れたように書物に埋もれる二人を見遣った。
「なんじゃ碧玉、先に訊きにくれば良いものを。お陰で貴重な書物が全部台無しになるところだったわい」
事情を説明すると、呆れたような顔で碧玉を見ていたが、その眼差しには何か懐かしいものを見ているような色合いがあった。
「お前がここで梯子から落ちるのは二度目だな、碧玉」
にんまりと笑う皺だらけの顔は、どこか楽しげである。
「過ぎたことは忘れて下さい。ところで、多節棍の兵法書をお借り出来ますか?」
「ふむ。何に遣うのじゃな?」
鋭い光を放つ黒瞳は、二人の青年を威圧していた。
「それは、俺じゃなくて縞玉に……」
びくっと身を強張らせて、碧玉はそっと縞玉を天祥の方へ押しやった。情けない。と心の中で思ったのは、多分一人だけではなかったはずである。
海邑では護身術程度のことは学ぶので、縞玉も自分の身を守れる程度に武器は扱えます。
鍛錬はさぼり気味ですが。




