十三、少年の求愛
翠玉は白玉と年子だったこともあり、他の人が知らない巫女についての情報も色々持っていますが無闇に口外すると色々まずいことも知っているので、知らないふりをすることも多い人です。
「模範試合なんて…。私はもう何年も武器の類に触れてないぞ」
それに翠玉だって迷惑だろう。と。少々慌てたような縞玉の言葉は、嘘ではないだろう。武器の鍛錬を積むことが義務づけられているのは十代の少年のみであり、海邑を出て七年が経過している。勿論行った先で鍛錬は多少積んではいるだろうが、海邑の中で鍛錬を積むようにはいくまい。
「勘を取り戻す必要があると思いますし、少し時間をおいて…というのは如何でしょうか」
縞玉は突発的に海邑に寄らねばならなかっただけで、すぐに旅に出ると言っていた。しかし模範試合となると、数日滞在せねばならぬだろう。黄玉が何を考えているのか、黒玉には見当もつかなかった。半ば諦めたような顔で、縞玉は呟く。
「判った。翠玉、異存がなければ相手をしてくれるか?」
「……この顔が相手でも宜しければ」
一瞬言葉に詰まる。翠玉は白玉のすぐ下の弟であり、恐らく申し込みの話を知っている数少ない人間の一人である筈だ。そして何より、その容貌はかの巫女白玉に良く似ている。年端も行かぬ子供だった頃には間違えかけたことが何度もあった。
「何を言ってるんだ?」
碧玉の言葉に、思わず縞玉は噎せかけた。
宴を終えて、縞玉はあてがわれた部屋へ戻ろうとしていた。後片付けを終えた黒玉と出くわしたのは、その時である。余程何かを考え込んでいたのだろう。縞玉とぶつかって初めて存在に気付いたようである。
「あ……、ごめんなさい」
慌てて頭を下げ、そのまま走り去ろうとしたが、何もない床面に躓いて転びそうになった。
「大丈夫か?」
縞玉の、碧玉ほどではないが逞しい腕が黒玉をしっかりと抱きとめた。赤い髪の娘は思わず頬を染め、軽く肯いてさっと身を翻す。
「また転びそうだな……」
呟いた声に呼応するかのように、再び黒玉が躓いているのが見えた。
「……意外に佳い体をして……」
はっと気づいたように言葉を止めたのは、白玉の魂に呟きが聴こえなかったかを気にしたのかも知れない。
昼間、折角の機会を逃した黄玉は、宴のあと湖へと足を運んだ。ぽっかりと浮かんだ月は間もなく満ちる。その満ちた時が彼の婚礼の夜となるはずであった。
「黄玉……」
碧玉が若い頃好んで昼寝をしていた木の根元に、黒玉は座り込んでいた。
「はい」
思いもかけず返事が返ってきたので、黒玉は誰かの悪戯かと周りを見渡した。本物の黄玉が近づいてくるところが目に映り、慌てて笑顔を作ろうとするが、戸惑っているような顔にしか見えなかった。
「大姐」
息が掛かるほど近くに腰を下ろした。客人の歓迎で皆の注意がこちらに向いていないことを見澄ました様子である。黒玉が宴の席を抜けたのは全く違う理由ではあったが、黄玉には十分だった。
「焦ってはいませんよ。ずっと待っててもいい。でも叶うなら、俺に本音を下さい」
「……」
「碧玉大哥を、愛しておられたでしょう?」
黒玉は息が止まるかと思った。
「大哥が一番愛していたのは、白玉大姐だった。同姓だから結婚出来なかったけれど。黒玉大姐はそれを知っていたから気持ちを隠していたんでしょう? 意地っ張りだから素直になれずに、いつも毒舌ばっかりだったけど。でも碧玉大哥に対するとき、毒舌を吐きながらもその蒼い瞳は一番輝いていた。だから俺は気付いたんです。あなたが、誰を思っていたかを。碧玉大哥は鈍感だし、紫玉大姐も気付かなかったようだけど」
知らずに、その蒼瞳から涙が溢れてきていた。
「黄玉、やめて……」
両手で顔を覆い隠したのは、涙に濡れた顔を見られたくなかったせいなのか。その両手を優しく、でもしっかりと掴んで黄玉は黒玉の唇に口付けた。驚くほどに優しい声で、赤髪の娘の耳元に言葉を注ぎ込む。
「責めていませんよ。俺に応えようとしてくれていたからこそ抵抗しなかったことを知ってるし、俺はまだまだ大哥から見れば未熟者です。比べてくれたっていいですよ。俺はそれを自覚してる。そして大哥を越えて、大哥から必ずあなたを奪うって決めてる。それに大姐、あなたは俺の前なら自分を曝け出せるはずです。……だから、あなたを俺に下さい」
泣きじゃくる黒玉の涙を、吸い取るようにして舐める。満天の星と月の輝く湖畔で、黄玉は静かに黒玉の裾を割った。
「……」
その瞬間、黒玉は少年の腕に倒れこんだ。暫くその感触を楽しんでいる様子で抱きしめていたが、ふと赤い髪の娘の体が力を失っていることに気づき、黄玉は身を離してその顔を見詰めてみた。泣き疲れていたのかも知れぬ。黒玉は涙のあともそのままに、眠っていた。
「やっぱり、もうちょっと先か………」
苦笑いしてそう呟くと、力を失ってだらんと下がった両腕を、自らの首にかけようとしたが、上手くいかなかった。背中に回した右手を黒玉の脇の下に添え、赤い髪の娘を横様に抱き上げて館へ向かった。寝台にそっと横たえ、黒玉の襟元に手をかけ、くつろげる。鎖骨の下と、褐色の豊かな胸の下、規則正しく鼓動を打つそこにやや長めに口付けし、その跡を確認して微笑んだ。
「途中で寝たお仕置きですよ」
寝室の鍵を確認し、黒玉の赤い髪の香を楽しみながら、黄玉は眠りについた。
因みに、背格好があまり男女別の差が出ていなかったころ、白玉の服を着た翠玉が時折見られました。勿論寄ってきた人々をからかうのが目的だったのですが、彼の趣味は情報収集です。白玉は知ってはいましたけど、まあそれで誰かを貶めたりするような子ではないからと放置してました。




