十、<回想>巫女の秘恋
巫女白玉は色々と謎の多い人でした。
「縞玉大哥、それは…?」
「言葉通りだ。白玉大姐には想い人が居たと思う。それが誰なのかまでは判らなかったが」
「そんな…。そんなこと、一言も」
白玉は、言うべき言葉と相手を選ぶ娘だった。巫女という立場が自ずとそうさせたと言える。
「黒玉にも、か。では一人でその秘密を抱えたまま、逝ったのだな。白玉大姐は……」
穏やかに浮かべた淋しげな微笑に、赤い髪の娘はふと胸をつかれた。
「一緒にその淋しさを別けあえるのは、黒玉だけだろうが…。小さな騎士殿が控えているからな」
「大哥……」
笑おうとして果たせず、泣きそうな顔になったことを自覚していた。
「いや、傷の舐め合いをしては白玉大姐に笑われるだけだろう。時間はかかるだろうが、待つさ。大姐が私に相応しいと思った者が、他に居たということだろうから」
「大哥……」
白玉は、何を思って逝ったのだろうか。縞玉は巫女への思いを振り切るように館へ戻って行った。黒玉は夜の闇に飲み込まれて行く神殿で、立ち尽くしてその後姿を見ていた。その後、縞玉を神殿で見かけることはなくなった。宵の明星が煌いて、波打つ赤い髪を静かに照らしていた。
「大姐! やっぱりここに居た」
「……黄玉」
寄って来たのは、白玉の小さな弟だった。良く似た面差しの、小さな少年。その顔を見れば胸がしめつけられると判っていてなお、離れることが出来ずにいた。
「もう遅くなったよ。お食事して、お風呂入って、お休みしよう」
抱え込んだ膝に顔を埋めて、黄玉の顔を見ないようにしながら答える。
「……今日は、哥さま達と一緒にしてくれる?」
「や! 大姐がいいの!」
そうやって甘えてくる黄玉の手が、黒玉の手を取り引っ張って行こうとする。涙を堪え、顔を背けた。幼い子に言うべき言葉ではないと判ってはいても、もう抑えられなかった。
「お願い、一人にして!」
びくっと少年は体を震わせ、掴んでいた手を離した。みるみるうちにそのつぶらな瞳が涙で滲んでいくのが気配で判る。
「俺、なにか悪いことしたの?」
「違うわ。そういう訳じゃないの。ただ、今は一人にしておいて。お願いよ」
罪悪感に包まれながら、黒玉は繰り返す。堪えていた涙は、もう頬を過ぎて顎から滴り落ち始めていた。
「じゃあ、白玉大姐のこと?」
「えっ……」
泣き濡れた顔を拭うことも忘れて、黒玉は問い返した。
「だったら、憶えていて。俺を大姐の身代わりにして。白玉大姐のこと、忘れないでいて」
そういって両手を広げて抱きついてくる小さな子供を、拒むことも出来ずに黒玉は泣いていた。
「身代わりって…? 黄玉、何を言っているの。あなたはあなたでしょう。誰も白玉大姐の代わりにはなれないし、誰もあなたの代わりにはなれないのよ」
五歳の幼児に理解出来るかは判らないが、それは言わねばならぬ。半ば自分に言い聞かせるように語り掛ける。
「ちーがーうーの! 黒玉大姐の涙が乾くまで、俺が傍に居るの。もしずーっと忘れられなくて苦しかったら、ずーっと俺が傍にいるの!」
白玉……?
その時、黒玉はようやく気付いた。白玉が、自分に残していってくれたもの、小さくて愛しい存在を。しかしそれは同時に、その小さな存在の何かを縛る結果になるのではないか?と赤い髪の娘が危惧した瞬間でもあった。
「それは……。白玉大姐から言われたこと?」
だから『私に』拘るの? その言葉を続けることは出来なかった。
「ううん」
黄玉は元気良く頭を振った。
「大姐はね、こう言ったの。黒玉大姐にとって、黄玉は必要な存在になる。黄玉には、黒玉大姐が必要な存在になるって。意味は良く判らなくていいから憶えておきなさいって」
「……」
「だから俺は大姐の傍に居るの。大姐が俺のこと、要らないって言うまで」
親友に似た、黒曜石のような瞳が、黒玉をじっと見つめていた。
「要らないなんて…言わないわ」
「本当?! 大姐、大好きっ」
首にしっかりと抱き付く黄玉の体を受け止める。
先に私が要らなくなるのは、きっとあなたの方よ、とは言えなかった。切なすぎて。
黒玉は色々無自覚ですが、黄玉は徹頭徹尾、黒玉のこと以外は考えてません。色々と←




