第7話 外から見れば、いつもの家
ミレイユの部屋の窓を直してから、レオンのところへ窓の相談が増えた。
開かない窓。閉まらない窓。閉まっているのに風が入る窓。
最後のものが、いちばん多かった。
「全部、新しくしますか」
ルカが聞いた。
村の仕事を手伝っている少年は、持ってきた鎧戸を二人で支えていた。相手のヨナスが、片眉を上げる。
「その金は誰が出す」
ルカとヨナスの目が、レオンに向いた。
「直せる部分を探しましょう」
即答した。
麦の代金を払ってから、木材の値段も前より真剣に見るようになった。
◇
最初に手をつけたのは、広場の北側にある小さな家だった。
オルガから、夜に子どもが何度も起きると聞いていた。以前、母親の布を洗いたいと言った少年の家だ。
少年はトマといった。
レオンが戸口で声を掛けると、寝台の上で母親が起きようとした。頬はまだ痩せていたが、話す声は思ったよりしっかりしている。
「そのままで。窓を見せてもらいに来ただけです」
「散らかっていて、すみません」
「こちらも道具を散らかすので」
足元の工具箱を持ち上げると、彼女は少し笑った。
寝台には、洗って乾かした布が掛かっていた。水路が通って、まず何が変わったかを、レオンはそこで知った。
窓の下へ行き、手をかざす。
外は穏やかなのに、指の間を冷たい空気が通った。鎧戸の板が痩せ、枠との間に細い隙間ができている。
レオンは古い布を受け取り、試しにそこへ詰めた。
「いつも、そうしてるんです」
母親が言った。
「でも朝になると、トマが抜いてしまって」
戸口の少年を見た。
「……外、見たいから」
小さな声だった。
レオンは詰めた布を抜いた。
せっかく直しても、昼まで暗い部屋にしてしまっては使いにくい。窓を開けたいことまで我慢させるつもりはなかった。
「開け閉めできるようにしましょう」
ヨナスが工具箱から定規を取った。
「薄い板を内側へ足す。戸の方は削りすぎるなよ」
「はい」
ルカが、寸法を板切れに書いた。
◇
昼前に、トマが小さな椅子を運んできた。
「これも」
片脚が短い。レオンが座ると、体が少し傾いた。
「直してほしい?」
「領主様、ずっとしゃがんでるから」
レオンは椅子の脚を見た。
自分のために持ってきたのではなかった。
「ありがとう。借ります」
端材を下へかませると、傾きが収まった。膝を伸ばせるだけで、ずいぶん楽になる。
祝福式で、椅子の脚でも直せと言われたことを思い出した。
今あの貴族がここに来たら、短くなった脚を押さえていてもらおう。文句を言う暇があるなら、接着が落ち着くまででいい。
そんなことを考えて、少し笑った。
「変な椅子?」
「いえ。ちょうどいいです」
レオンは腰掛けたまま、曲がった留め具を手元へ引いた。
木の部分はヨナスが直す。レオンは金具の割れを修復し、再び取りつけた時に無理が掛からないかを確かめた。
魔力には、まだ余裕があった。
だから次も、その次も、と手を伸ばしかけて、窓の外を見た。
ルカが自分の分の留め具を合わせている。手間取っていたが、ヨナスはすぐには助けなかった。
やがて金具が収まり、少年がこちらを見た。
「動きます」
「じゃあ、何度か開けてみてください」
レオンは答えて、工具を置いた。
前の仕事でも、自分で済ませた方が早い場面はあった。それを続けた結果、休日の電話はだいたい自分へ来た。
ルカの動きを待つ間、レオンは椅子に腰掛け直した。
今度は待つことも、仕事にしよう。
◇
出来上がった窓は、外から見るとほとんど変わらなかった。
雨に褪せた板。角の欠けた石の枠。よく見れば留め具の一か所だけが、少し明るい。
内側には木の細い縁がつき、閉めると布張りの当て材へ戸が収まる。トマが背伸びして留め具を動かした。
開いた。
閉じた。
もう一度開いた。
「気に入ったなら、最後は閉めてやれ」
ヨナスが言った。
トマは閉め、それから母親のそばへ行った。
「寒くない?」
母親が、寝台の脇へ手を伸ばした。
少し待って、頷く。
「うん。足のところが、いつもと違う」
トマは窓へ戻り、下の隙間を覗いた。見えなくなった外の光を探しているらしかった。
レオンも、同じ場所へ手を当てた。
朝には通っていた冷たい流れがない。
壁や床まで暖かくなったわけではなかった。それでも寝台を窓から遠ざける必要がなくなり、夜中に布を詰め直さなくてよくなる。
「お代は……」
母親が言いかけた。
「今回は村の修繕費から出します。材料を再利用できたので、予定の範囲です」
レオンは、持ってきた紙へ作業を書き込んだ。
「直した箇所は残しておきます。また緩んだ時に、同じ説明をしなくて済むので」
「そうですか」
彼女は、紙ではなく窓を見ていた。
「今夜は、長く寝られそうです」
その声を聞き、レオンは最後の工具を箱へ戻した。
◇
夕方、集会所へ帰る途中で、ミレイユに会った。
見張りを交代したところだという。今日は鎧の上へ上着を羽織っていた。
「終わったか」
「はい。予定の分は」
「なら、持つ」
工具箱を取られた。
「自分で持てますよ」
「知っている。片手が空いているだけだ」
返してもらうほどのことではなかった。レオンは空いた手で、こわばっていた指を伸ばした。
集会所の裏には、陽の残る場所があった。
ヨナスが直しておいてくれた椅子を出し、腰を下ろす。トマの椅子と違って脚は揃っていたが、肘掛けの片方に大きな傷がある。
触ってみた。ささくれは取ってあった。
なら、そのままでいい。
ミレイユが工具箱を足元へ置き、自分は壁へ背を預けた。レオンは室内から持ってきた本を開く。
旅の途中で、読もうと思っていた本だった。
「何の本だ」
「この地方の紀行です」
「着いてから読むのか」
「……少し、順番を間違えました」
ミレイユは鼻を鳴らした。それからは何も聞かなかった。
広場で洗濯物を取り込む声がする。水路の向こうを、空の手押し車が通っていった。
レオンは一頁めくった。
次の頁も、読めた。
日が壁の端へ届くまで、栞を挟む必要はなかった。




