第8話 初めての売上は、半分ずつ
エルンが再び来たのは、レオンが村へ着いて二週間になる頃だった。
今回の荷車には麦のほかに、板と釘、それに小さな木箱が載っていた。
「例の品です」
木箱を開けると、壊れた留め具が詰まっていた。
レオンは一つ取り出した。曲がったもの、割れたもの、半分なくなったもの。どう見ても別の道具の部品まで混じっている。
「直らなくても、構いませんから」
エルンは気軽に言った。
その言葉ほど、仕事を増やすものはない。
前世にも、ついでに見ておいて、と置かれた家電が点検机を埋めたことがあった。
「先に、数を決めましょう」
レオンは木箱を机へ下ろした。
◇
父からの返事も、同じ日に届いた。
市場で便を引き継いだ騎乗の使者が、伯爵家の封をした包みを持ってきたのだ。馬車で十二日かけた道を、知らせは宿場の馬を替えて進んでいた。
レオンは封を切る前に、手を洗った。
思ったより厚い。
最初の紙には、送る麦と薬、追加の資金、派遣する人員が並んでいた。大きな荷は護衛をつけた別便で、まだ道中だという。
金額を見て息をつき、続けて、金銭と資材の受領記録を残すように、という一文を読んだ。
その記録を手伝う帳簿係も来る。
父の判断は正しかった。二週間前に素直に聞いていれば、と思ったが、今さらだった。
次の紙は、父自身の筆だった。
『私のところへ上がっていた報告より、悪くなっていたようだ。お前に任せる前に、こちらでも確かめるべきだった』
レオンは、そこを二度読んだ。
父にまで謝らせたかったわけではなかった。
村へ来る前の自分は、好きな場所を選ばせてもらい、十分な金と人まで用意してもらっていたのに。
『不足を知らせたことはよい。次も、遠慮は要らん。ただし、食事を抜いて仕事をしているなら、それは改めろ』
誰から聞いたのだろう。
顔を上げると、ミレイユが別の封書を読んでいた。
「僕が食事を遅らせたこと、報告しました?」
「した」
「そこまで」
「健康状態は護送の報告に入る」
正面からそう言われると、何も返せなかった。
ミレイユの方には、書面での帰還報告を受け取り、護送の依頼を完了とする旨が届いていた。村で結んだ新しい契約も、承知したとあるらしい。
「これで父上も安心しますね」
「お前が昼を食べれば、もう少し安心するだろう」
レオンは手紙を畳んだ。
別便の到着まで、まだ何日か掛かる。今日届いた麦の支払いを済ませ、手元にいくら残るかを確かめなくてはいけない。
安心すると同時に、父へ次に書くことが一つ決まった。
助けてもらった分を、何に使ったか。今度はきちんと見てもらえるようにしたかった。
◇
金具を三つの山へ分けた。
道具だけで直るもの。祝福を使えば直せそうなもの。部品や素材が足りず、今は手をつけられないもの。
最後の山が、いちばん高かった。
「こちらの六つを、まず試します。仕上がりを見て、買い取るか決めてください」
エルンが金具を裏返した。
「六つで銀貨六枚なら」
「材料はこちら持ちですか」
「足りない分は。木箱の物は、使えるなら使ってください」
レオンはバルドを見た。
老人は頷く代わりに、紙を一枚寄せた。
「先に掛かる金を書け」
炭、補う鉄、ヨナスとルカの作業代。売上の全部が自由に使える金になるわけではない。
概算すると、残るのは半分ほどだった。
麦の金貨と比べれば、ずいぶん小さい。
それでも、借りる金ではなかった。
「その条件で、お願いします」
エルンと取り決めを書き、レオンは作業台へ向かった。
◇
最初の一つに、いちばん時間が掛かった。
表に見えていた割れを塞いでも、動かすと引っ掛かる。内部の曲がりを直す必要があった。
ヨナスが金具を挟み直し、レオンが裏側を確かめる。ルカは使った素材と時間を書いていた。
「これ、六つとも同じですか」
「違います。だから困っています」
レオンが答えると、ルカは困っている、と書きかけた。
「そこは書かなくていいです」
紙を覗いたヨナスが、肩を揺らした。
二つ目からは、直す前に裏側を見ることにした。
五つ目を終えたところで休む。ミレイユに呼ばれるより先に、レオンから昼食にしようと言った。
少し得意な気分で椀を取ると、オルガが普通に汁をよそった。
褒めてもらえるほどのことではなかった。
午後、最後の一つを仕上げた。
木枠へ仮留めし、開閉を繰り返す。エルンにも触ってもらった。商人は六つとも確かめ、うち一つを机へ戻した。
「これは少し硬いですね」
レオンは受け取った。
確かに、閉じる直前で手応えが変わる。完成したつもりだったので、胸の奥が小さく縮んだ。
「合わせ直します」
ヨナスの手を借りて位置を調整し、再び渡す。
今度は、エルンが頷いた。
「では、約束の額で」
机へ銀貨が並んだ。
六枚。
レオンは一枚をつまみ、また置いた。薄い縁に傷があり、誰かの財布で長く使われてきた銀貨だった。
父や兄にもらった時とは、違う感じがした。
自分たちが直したものを、この人は持って帰って使う。そのために払った金だった。
◇
作業代と材料費を分けると、三枚が残った。
「これだけか」
ルカが言って、慌てて口をつぐんだ。
レオンは笑った。
「僕も、今そう思いました」
「初めてなら、そんなものだ」
ヨナスは自分の作業代を袋へ入れた。
「次は同じ金具をまとめろ。毎回形が違っていたら、道具を持ち替えるだけで日が暮れる」
エルンは残った箱を引き寄せた。
「うちの倉で使う型なら、揃います。次の便までに分けておきましょう」
「一度にたくさんは、受けられませんよ」
「ええ。麦を売りに来て、領主様が金具の下に埋まっていても困ります」
レオンは、想像した姿があまり愉快でなくて、少し真剣に頷いた。
当面は村の修繕が先。その合間に、決めた数だけ請け負う。エルンと次の仕事を相談し、バルドが帳面へ書き入れた。
商人が帰ったあと、レオンは手元に残した銀貨を見た。
そのうち一枚で、次の修理に使う細い鑢を注文した。今の物は目が潰れ、削るたびに余計な力が要った。
残る二枚は、村の金箱へ入れる。
蓋を閉めると、バルドが小さく頷いた。
◇
夜、父への返事に一行書き足した。
『今日、修理を請け負って、初めて売上が立ちました』
その下へ、代金と費用を分けて書く。
援助を頼む手紙にはなかった数字だった。
窓の向こうで、ルカが母親へ何か話していた。うまく聞き取れなかったが、今日の作業代を見せているらしい。
レオンは乾きかけた筆先へ、少しだけインクを足した。
自分が全部直せば、作業代は減ったかもしれない。
けれどそれでは、窓の外のあの声もなかった。
手紙の最後に、こちらは食事を取っています、と書く。
少し考えて、今日は昼も時間通りでした、と付け足した。
これなら、ミレイユの報告と食い違わない。
レオンは紙を乾かしながら、明日は何も修理しない時間も予定に書いておこうと思った。
ひとまず、一時間。
領主の予定表なのだから、それくらいは自分で決めてもいいはずだった。
その直後、門の方から、あの夜と同じ警鐘が鳴った。
今度は一度では終わらない。
ミレイユが立ち上がり、窓の外へ目を向ける。街道の先には、月明かりを遮るほど大きな影があった。
レオンの指先で、祝福の光が勝手に灯る。
壊れているのは、門か、荷車か、それとも――。
次に直すものは、村の中にあるとは限らなかった。




