第4話 50歩先の帰り道
青い灯りは、三度瞬いて消えた。
レオンは、そのあった場所を見ていた。小さな石が壁へ埋め込まれ、下に金属の縁がついている。指で土を払うと、刻み目のようなものが現れた。
「分かるのか」
ミレイユに聞かれ、首を振る。
「まだ何も。灯りなら、どこかから力が来ているはずですが」
「今は出口だ」
「はい」
後ろで、ルカが咳をした。オルガが布を渡し、水筒から一口だけ飲ませている。
レオンは先へ目を戻した。
左の通路は、入口よりも乾いていた。靴底の音が硬い。壁に触れず、足元を確かめて歩くうち、見えていた範囲の先に新しい壁が現れた。
通路を塞ぐように、石が積まれている。
「行き止まりだ」
ルカの声が裏返った。
ブラムは灯りを受け取り、壁の上から下までゆっくり照らした。
「ここだけ仕事が違う」
四角く切られた通路の壁に対して、前を塞ぐ石は大きさがばらばらだった。隙間に詰められた白いものも、あちこち剥がれている。
レオンがしゃがむと、頬に風を感じた。
「下が空いています」
指を差し込めるくらいの穴だった。そこへ灯りを近づける。穴の先は暗く、向こうの床らしいものしか見えない。
「後から塞いだんだな」とヨナス。
「支えにしとる壁じゃなさそうだ」
ブラムは石を一つずつ叩いて確かめた。ヨナスも道具を下ろす。
レオンは壁の縁へ触れたが、分かるのは手に近い石の割れだけだった。二人の手つきを見て、自分の手を引っ込めた。
「俺は何をすれば」
「外した石を受けろ。落とすなよ」
やることがある。それだけで、少し息がしやすくなった。
上の小さな石から外していく。オルガとルカがそれを通路の脇へ運んだ。バルドは人数を確かめるように、一人ずつ顔を見ていた。
しばらくして、ヨナスの腕が壁の向こうへ抜けた。
「空いてるぞ」
同時に、かすかな水音が届いた。
◇
壁の向こうは、丸い部屋だった。
中央には浅い水槽。三方向に溝が延び、壁沿いに人が歩ける段がある。部屋の北側に大きな操作輪がついていた。
その脇から、水が漏れている。
ほんの細い流れだった。壁を伝い、東側の溝へ消えていく。
「あるじゃないか」
オルガが呟いた。
レオンは水へ手を伸ばしかけて止めた。今は飲めるかどうかも分からない。ただ、奥に水がある。それだけでも、ここへ来た意味があった。
操作輪のそばには、別の略図が刻まれていた。
山から来る線。村へ向かう線。鉱山の印へ向かう線。
「ここで分けていたんですね」
レオンが言うと、ヨナスは村の方角を指した。
「こっちが昔の水路か」
溝は乾き、その手前に下りたままの水門があった。
レオンは操作部を調べた。歯車の歯が欠けている。軸もずれていて、むやみに回せば途中で噛み込むだろう。
直す箇所を数えかけて、やめた。
先に、出口だ。
「水は逃げません。まず戻りましょう」
言うと、ミレイユが短く頷いた。
部屋の隅に、古い梯子があった。
木の横桟は朽ちていたが、壁に打ち込まれた金具が上へ続いている。上方から外の匂いがした。
「あそこだ」
ヨナスが見上げた。
皆がほっとした、その直後だった。
「一度に上がるなよ」
ブラムが釘を刺す。
ヨナスは持ってきた木材を壁の金具へ渡し、足を置く場所を確かめた。レオンは金具の割れを一つ補ったが、次は指が震えてうまくいかなかった。
「そっちは綱で取る」
ヨナスが言った。
レオンは頷き、工具を渡した。
力が出ないことを、言い訳しなくていいのがありがたかった。
最初にミレイユが上がる。長い綱が、少しずつ闇へ消えた。
上から、何かを押す音がした。
次に砂が落ちてきて、ルカが頭を抱えた。
「開いたぞ!」
声と一緒に、白い光が差し込んだ。
眩しくて、レオンは目を閉じた。
◇
地上へ這い出した時、頬に雨が当たった。
ミレイユの予報は当たった。けれど、今日だけは文句を言う気にならなかった。
場所は、枯れた葡萄畑の中だった。向こうに取水口の岩場が見える。
「あそこから、ここまで」
バルドが杖で距離を測るように振った。
「50歩もないな」
レオンは草の上へ座り込んだ。
「ずいぶん遠くまで歩いた気がします」
「帰ったら、歩数ではなく成果を書いてくれ。こちらも年なのでな」
オルガが笑い、そのまま咳き込んだ。ルカも笑っていた。
レオンは、七人の顔をもう一度見た。
土で白くなった眉。汚れた頬。破れた袖。
全員いる。
御者がこちらを見つけ、転びそうな勢いで駆けてきた。入口から音がしたので村へ助けを呼びに戻り、今は二人の男と一緒に戻ったところだという。
「大丈夫ですか!」
「怪我はありません。心配をかけました」
レオンは立って頭を下げた。
謝る相手がいる。戻ってこられたから、そうできる。
ミレイユが見つけた縦穴の周りへ縄を張り、目印を立ててから村へ戻った。
◇
集会所で、レオンはバルドの帳面を見せてもらった。
作業した時刻。開いた扉。崩れた通路。帰り着いた七人の名。
「最後の項目は、大きく書いておいてください」
「もう書いてある」
バルドは頁を指した。
全員帰還。
文字を見ていると、腹のあたりが遅れて冷たくなった。レオンは膝の上で手を握り、ほどいた。
「明日、また入るのか」
ヨナスが戸口から聞いた。
「元の入口は使いません。今日出た縦穴を、先に安全に上り下りできるようにしたいです。水門に触るのは、それから」
「材料は?」
「足りない物を教えてください。使いが戻るまでの分は、村で買える物を探します」
ヨナスは、壁へ寄せてあった古い作業台を見た。
「こいつなら脚を使える。上の板は残るぞ」
「あとでまた組み立てられますか」
「違う脚をつければな」
レオンは頷いた。
新品を買わなくても、役目を変えれば使えるものがある。今度は、それを知っている人に聞けばよかった。
ミレイユへは、明日の護衛を正式に頼んだ。
「もう一日なら引き受ける。報告を送る便も、その間に確認する」
「お願いします。危ないと思ったら、止めてください」
「今日も止めた」
「はい。助かりました」
彼女は代金の話を先に済ませ、それから濡れた外套を外した。
夕方、集会所の隙間をヨナスが板で塞いでくれた。
雨粒はまだ屋根のあちこちを叩いている。でもレオンの肩に当たっていた風は、来なくなった。
「外からだと、何も変わりませんね」
レオンが板の継ぎ目を見て言うと、ヨナスは道具をしまいながら答えた。
「中におる奴が寒くなけりゃ、いいだろ」
レオンは椅子を少し窓へ寄せた。
確かに、その通りだった。




