第3話 最初の7人
朝、集会所の前へ集まったのは、五人だった。
バルドとオルガ。
節くれだった手の老人が一人。木工具を背負った男が一人。それに、まだ頬に幼さの残る少年。
レオンが名乗りかけると、木工具の男が遮った。
「名前は聞いた。今日は何をする」
日に焼けた首。短い髪。立っている時、左脚へ少し体重を掛けない癖があった。
「取水口を開けて、設備を確かめます。水を戻せるかは、まだ分かりません」
「直すと言えば、もっと集まったぞ」
「見ていないので、約束できません」
男はしばらくレオンを見て、それから名乗った。
「ヨナスだ。木の仕事をしていた」
大きな手の老人は、石工のブラム。少年はルカといった。
ミレイユが最後に来た。腰の剣のほかに、長い綱を肩へ掛けている。
レオンを入れて、七人。
「働いた分の記録は残します。食料は今日、余分に配れるほどありません。ただ、払わずに済ませるつもりもないです」
バルドへ向けて言うと、老人はもう帳面を開いていた。
「領主の借りとしてつけておこう」
「よろしくお願いします」
「返済先は五人だ。私の分も忘れるな」
「もちろんです」
少し離れて様子を見ていた住民が、家へ戻っていく。
引き止めるのはやめた。
今日、七人で戻ってくる。その次にまた頼めばいい。
◇
最初の石を持ち上げようとして、止められた。
「指を入れるな」
ブラムだった。
「転がったら抜けんぞ。こっちを持て」
言われたところをつかむ。腰を落とし、持ち上げる。
重い。
前世で持っていた交換部品には、持ち手があった。石にはない。置く場所まで気を抜けず、二つ運んだだけで息が上がった。
ルカが、ひと抱えの石を運んでいく。
「慣れてますね」
「屋根が落ちた時、毎日やったから」
レオンは返事を探し、結局、次の石へ手を掛けた。
ヨナスは木の棒を使って大きな石をずらし、ブラムが安全な積み方を指示する。オルガとルカが籠で土を運んだ。バルドは外した石の数と作業時間を記しながら、足元の小石をどけた。
レオンがいなくても、瓦礫は減っていく。
悔しいというより、ほっとした。
全部を自分でできなければならない、と思っていたら、最初の石で終わっていた。
昼前、扉の下まで見えるようになった。
滑車の鎖は一部が切れ、軸を留める金具も薄くなっていた。
レオンは御者から借りた予備鎖を広げた。
「長さは足ります。あとは、この留め具を補えれば」
「鉄は?」とヨナス。
レオンは荷箱から外しておいた金具を出した。
伯爵家の紋章がついていた。
ヨナスがそれを裏返す。
「いいのか」
「箱より水路に使った方が、父も喜ぶと思います」
「思う、か」
「先に聞くと、返事が来るまで水が出ないので」
ヨナスは少し笑い、鑢を取り出した。
二人で削り、合わせる。
細かな割れを【手直し】で補うと、金具が軸に沿った。次の箇所では光が途切れたので、いったん工具を置いて水を飲んだ。
休んでいる間、ルカが直した金具を覗き込んでいる。
「これ、もっと大きくならないの」
「なりません」
「剣とか」
「ならないです」
「光る剣」
「光る留め具で我慢してください」
ルカは明らかに残念そうだった。
レオンも、子どもの頃なら同じ顔をしたと思う。
だが、留め具がないと扉は開かない。
もう一度、指を置いた。
◇
扉が最初に動いた時、全員の手が止まった。
土を擦る、重い音だった。
「緩めるな。ゆっくりだ」
ブラムの声で、また鎖を引く。
扉の下へ木の支えを入れ、さらに引き上げる。人が通れる高さで固定し、ヨナスが支えを叩いて確かめた。
隙間から冷たい空気が流れた。
レオンは外套の襟を押さえた。
湿った土の匂い。その下に、錆びた鉄のような匂いが混じる。
「風がある」
ヨナスが小さく言った。
入口で休憩を取り、ミレイユが帰還時刻をもう一度確認した。御者には外で待つよう頼み、予定を過ぎたら村へ知らせてもらうことにしてある。
進むのは、入口の略図にあった最初の分岐まで。
「崩れた場所があれば、そこで戻ります」
レオンが言うと、ヨナスが頷いた。
「前にも、その言葉が聞ければよかった」
顔を見ると、彼は通路の右側を見つめていた。
「弟が死んだのは、その先だ」
レオンの手の中で、工具箱が急に重くなった。
「今日、来てくれたのは」
「お前たちが、同じ方へ入らんようにな」
礼を言えばいいのか分からなかった。
代わりに、頷いた。
「教えてください。俺には分からないので」
ヨナスは綱の結び目を引き締め、先に立ったミレイユのあとへ続いた。
通路の中央には乾いた溝があり、左右に人の歩ける幅があった。
壁に、青い石が等間隔で埋まっている。
レオンは一つの前で足を止めた。光ってはいないが、どれも同じ高さにある。飾りにしては低い。
「灯りだったのかもしれません」
「昔の鉱山は金があったからな」とバルド。
それだけだろうか。
溝の縁へしゃがむと、石の下に細い金属の管が通っていた。水を運ぶには細すぎる。管は灯りらしい石の下で壁へ入っている。
レオンは、工具箱を開きかけて閉じた。
調べたい。
けれど今日は、水が先だ。
三十歩ほどで円形の部屋へ出た。
右は土砂で塞がれ、左は奥へ続いている。
ブラムが右側の梁を照らした。
「近づくな。あれは持たん」
ヨナスが動かなくなった。
レオンは何も言わず、その隣へ立った。瓦礫に触れなくても、今の自分では直せないことは分かった。
上から、砂が落ちた。
ブラムの顔が変わる。
「戻れ」
右の梁が、低く鳴った。
「入口へ戻れ!」
ミレイユがルカを押し出す。
レオンも走りかけた。
その足元を、震えが追い越した。
通ってきた通路で、何かが折れる音がした。向こうから土煙が膨れ、ミレイユが腕を広げて全員を円形室へ押し戻す。
轟音。
灯りが揺れた。
レオンは壁へ肩をぶつけ、片手で口を覆った。
「返事をしろ。ルカ」
ミレイユが名を呼ぶ。
ひとりずつ声が返った。
七人。いる。
だが、入口へ続いていた場所には、岩と折れた木材が積み重なっていた。
レオンは這い寄り、いちばん手前の石へ触れた。
冷たかった。
光は指先の傷を示すだけだ。この岩を持ち上げることも、潰れた支柱を元へ戻すこともできない。
「……ここからは、出られません」
言葉にすると、ルカが息を呑んだ。
レオンは視線を上げた。
頼れる領主の答えを、何も持っていなかった。
それでも、分かったふりだけはできなかった。
「別の道を、確かめたいです」
左の通路から風が来ていた。
さっきまで感じなかった、細い流れだった。土煙がそちらへ吸われ、壁の灯りの前を横切っていく。
ミレイユが綱を確かめた。
「ゆっくり進む。離れるな」
レオンは工具箱を持ち上げた。
開けたばかりの扉は、もう見えない。
代わりに闇の奥で、一つだけ青い灯りが瞬いた。
誰も触れていないのに。




