↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/16

奴隷少女 第二幕

その少女を見つけたのは、別の街へ移動したときだった。


大きな街だった。


街道が何本も交わる交易都市で、商人や旅人が多い。市場には野菜や肉だけでなく、武器、防具、衣類、香辛料まで並んでいた。


そして、その一角に奴隷市場があった。


存在すること自体は知っていた。


だが、実際に見るのは初めてだった。


「……マジかよ」


思わず声が出た。


人が並んでいる。


首に金属製の輪をつけられた男女が、店先に座らされていた。


値札まである。


奴隷制度。


歴史の教科書では知っている。


映画でも見た。


だが、実際に目の前にすると全然違った。


「旦那、何かお探しで?」


商人が声をかけてきた。


「いや……」


「労働奴隷ですか? 護衛に使える男もおりますよ。家の仕事でしたら女の方が扱いやすい」


扱いやすい。


その言葉に腹が立った。


しかし商人に怒鳴ったところで何も変わらない。


この男にとっては普通の商売なのだ。


「見るだけだ」


「どうぞどうぞ」


俺は並んでいる人たちを見る。


目を合わせない者が多い。


諦めたように地面を見ている。


その中に、若い女がいた。


十七、十八くらいだろうか。


痩せている。


茶色い髪は雑に切られ、服も汚れていた。


ただ、ほかの奴隷と違って俺を睨んでいた。


「この子は?」


気がつくと聞いていた。


「若いですよ。少々気が強いですが、身体は健康です」


「なんで奴隷になった?」


「借金ですね。親の借金です」


少女の表情が険しくなる。


商人は気にしない。


「読み書きは少し。料理もできます。まあ、躾には多少時間がかかるでしょうが」


「いくら?」


金額を聞く。


払えた。


ブラッドホーンの報酬と、その後にこなした依頼の金がある。


安い買い物ではない。


それでも十分足りる。


「買う」


少女が初めて俺をまっすぐ見た。


    ◇


「名前は?」


奴隷商を出てから聞いた。


少女は黙っている。


「言いたくないならいいけど」


「……リナ」


「リナか。俺はユウだ」


「知ってる」


「そうなの?」


「さっき商人が呼んでた」


「ああ」


なるほど。


会話が終わる。


気まずい。


俺は何をしているのだろう。


勢いで買ってしまった。


もちろん、このまま奴隷商に置いていくよりはいいと思った。


だが、これからどうすればいい。


「腹減ってない?」


リナが俺を見る。


「別に」


腹が鳴った。


俺は聞かなかったことにした。


「飯にしよう」


「いらない」


「俺が腹減ったんだよ」


近くの食堂へ入る。


「二人分」


店員がリナの首輪を見る。


「奴隷にも?」


「ああ。同じのでいい」


店員は一瞬だけ俺を見たが、何も言わなかった。


パンと肉のスープが運ばれてくる。


リナは料理を見ている。


「食べていいよ」


「……本当に?」


「そのために頼んだんだけど」


リナは恐る恐るパンを取った。


一口食べる。


次からは速かった。


かなり腹が減っていたらしい。


「ゆっくり食べろよ」


リナの手が止まる。


身体が固くなった。


「怒ってないよ。喉に詰まるから」


リナが俺を見る。


何も言わず、また食べ始める。


今度は少しゆっくりだった。


    ◇


その日の宿でも少し揉めた。


「部屋は二つで」


俺が言うと、主人が怪訝な顔をした。


「奴隷用の部屋ですか?」


「普通の部屋でいい」


「旦那の部屋に寝かせればよろしいのでは?」


「いや」


意味は分かった。


「二部屋で」


「もったいないですぜ」


「いいから」


金を払う。


リナが黙ってこちらを見ていた。


部屋へ向かう途中で聞いてくる。


「なんで?」


「何が?」


「部屋」


「一人で寝たいだろ?」


「奴隷なのに?」


「それは……」


俺は言葉に詰まる。


「俺は奴隷っていうのが好きじゃないんだ」


「何それ」


「俺のいたところにはなかったから」


「どこから来たの?」


「遠いところ」


「どこ?」


「説明しても分からないと思う」


「変なの」


リナはそう言った。


「とりあえず、殴ったりしないから安心していい」


リナの表情が変わる。


「食事も普通に食べていい。嫌なことがあったら言ってくれ」


「……なんで?」


「なんでって」


答えに困る。


人を殴らない理由を聞かれた経験がない。


「殴る必要がないから」


リナは黙った。


しばらく俺を見る。


「変な人」


「よく言われる」


今日だけで何度目だろう。


    ◇


翌日から、二人で旅を始めた。


目的地は西にある街だった。


俺はそこで護衛の依頼を受ける予定だった。


リナをどうするかは、まだ決めていない。


奴隷契約を解除する方法があることは知っていた。


ただ、小さな街では手続きができない。ある程度大きな都市へ行く必要があるらしい。


だったら、そこまで連れていけばいい。


最初の数日、リナはほとんど話さなかった。


俺の後ろを歩く。


俺が止まれば止まる。


俺が食べろと言えば食べる。


何か聞いても、


「はい」


「いいえ」


それだけだった。


まあ当然だと思う。


知らない男に買われて、いきなり旅に連れ出されたのだ。


俺だって同じ立場なら警戒する。


だから無理に話しかけなかった。


変化があったのは、一週間ほど経ってからだった。


「そっちじゃない」


「え?」


「道」


リナが言った。


俺は地図を見る。


「こっちだろ?」


「昨日の宿の人、西の橋を渡れって言ってた」


「これ西じゃないの?」


「南」


空を見る。


太陽の位置を確認する。


「……南だな」


「馬鹿なの?」


「地図が分かりにくいんだよ」


「逆さま」


地図を見る。


本当に逆さまだった。


リナが笑った。


初めて見た。


「笑うなよ」


「だって」


「気づいてたならもっと早く言え」


「聞かなかったじゃない」


「普通言うだろ」


「主人に勝手なこと言ったら怒られるから」


俺は少し黙った。


「俺には言っていいよ」


「怒らない?」


「道を間違えてるのは俺だからな」


「ふうん」


リナが俺の横を歩き始める。


それまでは必ず数歩後ろだった。


俺は少し嬉しかった。


    ◇


それから、リナは少しずつ話すようになった。


「まずい」


野営中、俺が作ったスープを一口飲んでリナが言った。


「そこまでか?」


「味しない」


「塩入れたぞ」


「少なすぎ」


「健康にはいい」


「何それ」


リナが俺から鍋を奪う。


「貸して」


「お前が作るの?」


「これ食べるくらいなら」


塩と香草を追加する。


しばらくして出てきたスープを飲む。


「うまい」


「普通」


「料理できるんだな」


「奴隷になる前は家でやってたから」


「そうか」


それ以上は聞かなかった。


聞いてほしくないこともあるだろう。


翌日から料理はリナが担当するようになった。


その代わり、俺が荷物を多めに持つ。


「それ、私が持つ」


「いいよ」


「なんで?」


「俺の方が力あるから」


「そんなにないでしょ」


「あるよ」


「嘘」


「なんで嘘つくんだよ」


リナが鼻で笑う。


どうやら信じていない。


まあ、困ることでもない。


旅は思っていたより楽しかった。


一人で歩いていた頃より会話がある。


飯もうまくなった。


リナも以前ほど俺を警戒しなくなった。


言いたいことを言うようになったし、時々俺を馬鹿にする。


普通なら奴隷が主人にする態度ではないのだろう。


俺はそれでよかった。


むしろ嬉しかった。


少しずつ、俺を一人の人間として見てくれるようになったのだと思った。


    ◇


街道を外れた森で魔物に襲われたのは、その数日後だった。


狼に似た魔物が三頭。


俺たちを見るなり飛びかかってきた。


「ユウ!」


リナが叫ぶ。


「下がってて」


先頭の一頭を殴る。


頭が地面にめり込んだ。


二頭目の首を掴み、木に投げつける。


三頭目が逃げようとしたので、落ちていた石を投げた。


石が頭に当たり、その場に倒れる。


終わった。


「行こう」


振り返る。


リナが呆然としていた。


「どうした?」


「……何、今の」


「魔物」


「それは分かる」


「結構速かったな」


「え?」


「いや、なんでもない」


素材になる部分だけ回収する。


リナはしばらく黙っていた。


俺は少し得意になっていた。


これで少なくとも、旅の護衛くらいはできる男だと思ってもらえただろう。


「怖かった?」


「別に」


「そう?」


「弱い魔物なんでしょ?」


「たぶん」


俺は答えた。


実際、弱かった。


リナは何か考えているようだったが、それ以上は聞いてこなかった。


俺も気にしなかった。


このときの俺は知らなかった。


リナが魔物の強さなど知らないことを。


俺が簡単に倒したのだから、大した魔物ではないと思ったことを。


そして俺が人を殴らず、店では言われた金を払い、奴隷である自分にさえ強く命令しない姿を見て、彼女が何を考えていたのかも知らなかった。


俺は、リナが心を開いてくれたのだと思っていた。


リナは俺を怖がらなくなっていた。


そこだけは間違っていない。


ただし、その理由だけが、俺の考えていたものとはまったく違っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。