未来転生 第三幕
## 第十章 特別ではない自分
自分は特別な人間になる。
主人公は幼い頃から、どこかでそう信じていた。
前世の記憶がある。転生するときに望んだ能力も、ほぼそのまま与えられている。知能は高く、容姿にも恵まれ、身体能力は人間として突出している。健康状態に至っては、専属AIが何度もしつこく褒めるほどだった。
これだけ揃っていれば、何か大きなことを成し遂げるのが当然だと思っていた。
だが学校生活を何年か送るうちに、その期待は少しずつ薄れていった。
勉強は相変わらずよくできた。
理解の速さでは同年代のほとんどに負けない。複雑な課題を整理するのも得意で、共同作業では自然と全体をまとめる役割を任されることが多い。
しかし、それで注目の的になることはなかった。
必要な知識はAIが補える。難しい計算も、膨大な情報の検索も、人間が能力を競うようなものではない。主人公が一時間かけて理解する内容を、AIは理解するという過程すら必要とせず扱える。
だからといって、知能が無価値なわけではなかった。
話が早い。物事を整理しやすい。新しいことを覚えるのも苦にならない。
生活するうえでは、間違いなく便利だ。
ただ、それは主人公が期待していた「天才」という立場とは違っていた。
「また一番?」
学習区画で課題を終えた主人公に、友人が聞いた。
「順位は出ないって何回言えば分かるんだよ」
「でも一番早かったでしょ」
「たぶんな」
「じゃあすごいじゃん」
「お前、全然すごいと思ってないだろ」
「思ってるよ。俺だったら面倒だからAIに途中までやってもらうし」
「それ褒めてる?」
「褒めてる褒めてる」
友人は笑いながら、手元の作業へ戻った。
悪意はない。
むしろ主人公の頭の良さは、周囲にも十分認識されている。
ただ、それだけだった。
以前なら、その扱いに苛立った。
最近は少し慣れてきた。
自分が頭の良さを誇示したところで、目の前にいる全員が自分より高性能なAIを使えるのだ。そこで優越感を得ようとすること自体、考えてみれば妙な話だった。
容姿についても似たようなものだった。
成長するにつれて、主人公の顔立ちはますます整った。外見を変更していないことを知ると驚かれることもある。
だが、やはりそれ以上ではない。
「本当に一度も調整してないの?」
ある日、同年代の少女に尋ねられた。
「してない」
「へえ。珍しいね」
「それだけ?」
「何が?」
「いや、なんでもない」
少女は主人公の顔をもう一度見てから、自分の髪を指で触った。
「私は成人したら少し輪郭変えたいんだよね。今のも嫌いじゃないけど」
「そんな気軽に決めるものなの?」
「気軽っていうか、自分の身体でしょ?」
「まあ、そうだけど」
「服とか髪型を選ぶのと、そんなに変わらないと思う」
主人公にとっては、まだ完全には馴染めない感覚だった。
前世では、生まれ持った容姿は人生を左右する要素の一つだった。多少の美容整形はあっても、誰もが自由に好きな外見を選べる社会ではない。
ここでは違う。
天然の美形というのは、せいぜい「生まれつき歯並びが綺麗」くらいの話なのだろう。
羨ましがられることはある。
だからといって、人生が決まるほどではない。
身体能力についても同じだった。
そして芸術方面については、何年試しても評価が変わらなかった。
普通より器用。
習得は速い。
だが、突出した才能はない。
主人公はようやく、自分について現実的な評価をするようになった。
能力は高い。
しかし、この社会では特別ではない。
それを認めるまでに、思ったより長い時間がかかった。
## 第十一章 顔は綺麗だけど
恋愛というものが、未来社会でもそれほど変わっていなかったことは、主人公にとって少し意外だった。
もちろん細かい部分は違う。
結婚制度も前世とは異なるし、子供を持つことと恋愛は必ずしも結びついていない。人工生殖が一般化しているため、交際相手と遺伝的な親が同一である必要すらない。
だが、人が誰かを好きになるという部分は、驚くほど変わっていなかった。
主人公にも、気になる相手ができた。
同じ学校に通う少女だった。
特別な美人というわけではない。もっとも、この世界でその表現にどれほど意味があるのかは怪しい。彼女自身も外見にはあまり関心がなく、髪型すら「邪魔じゃなければいい」と言うような人間だった。
主人公が惹かれたのは、話していて楽しかったからだ。
彼女は古い物語が好きだった。
何百年も前に作られた演劇や文学を読み、当時の人間が何を考えていたのか想像することを楽しんでいる。
「答えなんて分からないのに?」
最初に聞いたとき、主人公はそう言った。
「分からないから面白いんじゃない」
「作者の記録が残ってれば、AIに分析させればかなり推定できるだろ」
「そういうことじゃないの」
「またそれか」
「あなた、すぐ答えを出そうとするよね」
彼女は笑った。
「悪い?」
「悪くないけど。何でも問題みたいに扱う」
主人公は反論しようとして、やめた。
言われてみればその通りだった。
何か分からないことがあると、条件を整理して答えを探す。それが自分の得意な方法だったし、前世ではかなり役に立った。
しかし彼女は、答えが出ないものをそのまま楽しんでいる。
主人公には、それが新鮮だった。
彼女と話す時間は増えていった。
主人公なりに手応えも感じていた。
容姿は悪くない。頭もいい。話を理解するのも速い。少なくとも嫌われてはいない。
だから、ある日かなり遠回しに交際を匂わせた。
彼女は少し考えたあと、困ったように笑った。
「あなたのこと、嫌いじゃないよ」
「その言い方、だいたい続きが悪いやつだよな」
「前の世界でもそうだったの?」
「だいたいな」
前世の話は専属AI以外にはしていない。彼女は単なる冗談だと思ったらしく、笑った。
「顔は綺麗だし、頭もいいし、一緒にいて困ることもないんだけど」
「うん」
「あなたって、あんまり面白い趣味ないよね」
主人公は固まった。
「......そこ?」
「そこって?」
「いや、もっとこう、性格が合わないとか」
「性格は別に嫌いじゃないよ」
「じゃあ何が駄目なんだ」
「駄目っていうより、あなたが何を好きなのか、よく分からない」
「いろいろやってるだろ。楽器とか書とか」
「全部、『何か得意なものを見つけたいから』やってる感じじゃない?」
図星だった。
主人公は黙った。
「私はね、上手いかどうかより、その人が何を好きなのか知りたいの。あなた、何してるときが一番楽しい?」
答えが出なかった。
彼女はそれ以上追及しなかった。
結局、その恋は始まらなかった。
帰宅後、主人公はしばらく自室でぼんやりしていた。
振られたこと自体も傷ついた。
だが、それ以上に「あまり面白い趣味がない」という一言が刺さった。
転生するとき、自分は何を欲しがっただろう。
頭脳。
容姿。
身体能力。
健康。
どれも「自分が何をしたいか」ではない。
他人より優位になるための性能ばかりだった。
「......人生設計、雑だったな」
『人生全体を設計した記録はありません』
「今、反省してるところだから黙ってて」
『了解しました』
専属AIは素直に黙った。
主人公はベッドへ倒れ込む。
顔が良ければ恋愛もうまくいく。
そんな単純な話ではなかった。
考えてみれば当然なのだが、前世の自分は案外それを理解していなかったらしい。
## 第十二章 上手くなくてもいい
恋に敗れたからといって、急に人生観が変わるわけではない。
主人公は相変わらず学校へ通い、勉強をし、友人と話した。
ただ、文化活動への向き合い方が少し変わった。
以前は、自分に才能があるものを探していた。
今度は、上手くならなくても続けられそうなものを探すことにした。
「条件がおかしくない?」
友人に言われた。
「前は才能あるやつ探してたんだろ?」
「なかったから方針転換した」
「潔いな」
「うるさい」
いくつか試した末に、主人公は古い時代の身体表現に興味を持った。
祭事で行われる舞踊だった。
現代的な舞台芸術とは違い、地域ごとに長く受け継がれてきた型がある。動きには意味があり、音楽や衣装、物語と結びついている。
主人公にとって都合が良かったのは、最初に明確な型があることだった。
足をどこへ運ぶ。
腕をどの角度へ上げる。
重心をどう移す。
そういう具体的な指示なら理解できる。
しかも身体能力が高いため、難しい姿勢も苦にならない。
「覚えるの、異常に速いね」
指導者が感心した。
「身体動かすのは得意なんで」
「補助なしでこれだけ動ける人、最近は珍しいよ」
久しぶりに、素直に嬉しかった。
以前なら「珍しい」では満足できなかっただろう。
今は少し違う。
練習を続けるうちに、主人公は型の意味を知った。
なぜこの方向を向くのか。
なぜここで一度止まるのか。
なぜ同じ動きを三度繰り返すのか。
何百年も前の祭事に由来するものもあれば、途中の時代で意味が変わったものもある。
正解が一つではない。
以前なら苦手だと思ったはずだ。
だが、身体を動かしながら話を聞いていると、不思議と面白かった。
「ここ、もっと速く動けますけど」
ある日、主人公が言うと、指導者は笑った。
「速くする必要はないよ」
「でも、この動きならもっと――」
「できることと、やることは違うからね」
また、そういう話か。
以前なら苛立った。
今は一度試してみる。
あえて速度を落とし、決められた間を取る。
すると、前後の動きとのつながりが変わった。
「あ」
「分かった?」
「なんとなく」
「それで十分」
主人公は何度か繰り返した。
自分の身体能力を最大限に使うのではなく、必要なところだけ使う。
速く動けるから速くするのではない。
高く跳べるから跳ぶのでもない。
表現したいものに合わせて身体を使う。
考えてみれば当たり前だ。
だが主人公にとっては、自分の能力を「優劣」以外の尺度で扱った最初の経験だった。
発表の日、主人公は小さな舞台に立った。
観客は多くない。
世界的な大会でもない。
ただの地域行事だ。
踊り終えると、拍手が起きた。
圧倒的な称賛ではなかった。
誰かが泣くわけでも、主人公の才能に驚愕するわけでもない。
それでも悪くなかった。
「楽しかった?」
指導者に聞かれた。
主人公は少し考えてから答えた。
「はい」
その返事をした自分に、一番驚いた。
## 第十三章 普通であること
主人公は、少しずつ普通の生活を受け入れていった。
別に諦めたわけではない。
頭が良いことは今でも便利だと思うし、容姿が良いことを嫌だとも思わない。身体能力が高いのも、実際に舞踊を始めてからは明確な長所になった。
ただ、それらを使って「何者かにならなければならない」という感覚が薄れた。
友人と遊ぶ。
興味を持ったことを調べる。
祭事の練習へ行く。
時々、昔好きだった少女とも話す。
彼女とは結局恋人にはならなかったが、関係が壊れたわけでもない。
「最近、前より話しやすくなった」
ある日、彼女が言った。
「前は話しにくかった?」
「何か言うと、すぐ分析される感じがした」
「最悪だな」
「自覚なかったの?」
「なかった」
「今は?」
「分析した結果、分析しすぎない方がいいと判断した」
彼女は吹き出した。
「そこは変わってないね」
「うるさい」
主人公も笑った。
人生は、思っていたほど劇的ではない。
転生者だからといって大事件が起こるわけでもない。
世界を揺るがす敵もいない。
自分だけが使える魔法もない。
そもそも、この世界では大抵の問題をAIと機械が処理してしまう。
主人公は時々、前世で読んだ物語を思い出した。
異世界へ行った主人公は、特別な能力を得て活躍する。
その能力が社会の需要と完全に噛み合わなかった話は、あまり記憶にない。
「普通、転生特典って役に立つものじゃないのか」
『比較対象となる転生事例を確認できません』
「お前に聞いた俺が悪かった」
専属AIとのやり取りも、いつの間にか日常になっていた。
前世の記憶について話せる唯一の相手。
同時に、この世界で生まれてからずっと自分を見てきた存在でもある。
『本日の活動量は推奨範囲内です』
「舞踊やるようになって増えた?」
『増加しています。ただし身体的負担は低水準です』
「俺、やっぱり頑丈なんだな」
『あなたの身体的健全性は極めて優秀です』
「それ、もう何百回聞いたんだろうな」
『記録を集計しますか』
「しなくていい」
主人公は笑った。
幼い頃は、健康など一番地味な特典だと思っていた。
今でも華やかだとは思わない。
ただ、好きなときに好きな場所へ行き、身体を動かし、疲れて眠れば翌日には元気になる。
それは案外、悪くない能力なのかもしれない。
少なくとも、主人公はその程度には健康の価値を認め始めていた。
もちろん、自分がどれほど異常なのかは知らない。
この時点で主人公が理解していたのは、ただ一つ。
完璧な人間にはなれなかった。
しかし、完璧でなくても人生は続く。
そして続いている人生は、思っていたより悪くなかった。




