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未来転生 第二幕

## 第五章 学校で一番すごいもの


主人公が本格的な学校教育へ進んだとき、最初に驚いたのは授業の内容ではなかった。


教室らしい教室が、ほとんどない。


共通知識を全員が同じ速度で学ぶ必要がないため、基礎的な学習は各自の専属AIと進める。学校という場所の役割は、知識を一斉に教えることより、人間同士で活動することに置かれていた。


もちろん数学も歴史も科学も学ぶ。しかし、理解が速い者が遅い者を待つ必要はないし、遅い者が置いていかれることもない。


主人公にとって、これは都合が良かった。


自分の速度で進められるなら、知能の高さを存分に使える。


実際、学習課題では圧倒的だった。


新しい概念を説明されればすぐ理解する。記憶も速い。論理問題では、ほかの生徒が専属AIにヒントを求めている間に答えへ到達することも珍しくない。


ある日、複雑な条件整理を必要とする課題が出た。


主人公は誰より早く解き終えた。


「終わった」


向かいに座っていた少女が顔を上げる。


「もう?」


「うん」


「すごいね。好きなの?」


「好きっていうか、分かるから」


少し格好をつけた返事だった。


少女は感心したように頷いたあと、自分の専属AIへ言った。


「考え方だけ教えて」


『直接解答ではなく、最初の整理方法を提示します』


数分後、少女も解き終えた。


主人公は何となく物足りなかった。


前世の学校なら、こういう場面ではもっと明確な差がついたはずだ。テストの点数、順位、進学先。頭の良さは分かりやすい序列になった。


この学校には、それがない。


「成績順位って出ないの?」


教師に尋ねると、不思議そうな顔をされた。


「何の順位?」


「勉強。誰が一番できるとか」


「必要なら自分の到達度は確認できるけど、全員を並べるの?」


「そう」


「どうして?」


今度は主人公が困った。


「どうしてって......競争になるから?」


「競争したいなら、競技に参加すればいいんじゃないかな。数学競技もあるよ」


そういうことではない。


彼が求めているのは、自分の能力が社会の中で自然に評価される構造だった。


しかし、この時代では知識習得の速度が人生を決めるわけではない。必要な知識はAIが補助するし、本人の適性に合わせて学習できる。人間同士を一つの尺度で並べる必要性が薄れている。


では、学校で何が評価されるのか。


その答えを彼は、昼休みに知った。


中庭の一角に人が集まっていた。


誰かが楽器を演奏している。


弦のようなものを指で弾く、小型の楽器だった。形は前世のどの楽器とも違うが、奏でられる音は生演奏だと分かる。


演奏していたのは同じクラスの少年だった。


主人公は彼を知っている。数学課題では何度かAIに助けてもらっていたし、学習速度も特別速くない。


だが、今は違った。


周囲の子供たちが黙って聞いている。


曲が終わると、一斉に声が上がった。


「今のすごい!」


「昨日と最後が違ったよね?」


「うん。変えてみた」


「そっちの方が好き!」


少年は照れながら笑っていた。


主人公は少し離れた場所から、その光景を見る。


演奏データならAIがいくらでも作れる。


人間には不可能な速度でも、正確さでも、複雑さでも演奏できる。


それなのに、誰も「AIの方が上手い」とは言わない。


その少年が、自分で練習して、自分で弾いた。


そこに価値があるらしい。


主人公には、まだその感覚がよく分からなかった。


## 第六章 正解のないもの


学校生活が進むにつれ、主人公は妙な現象に気づいた。


自分は何をやっても平均以上にこなせる。


だが、人気者にはならない。


容姿は良い。これは間違いない。初対面の印象も悪くない。


頭も良い。話を理解するのは速いし、知識も豊富だ。


運動をさせれば、補助なしなら同年代で相手になる者はほとんどいない。


前世の感覚なら、かなり強いカードを何枚も持っている。


ところが、この学校で中心にいるのは別の子供たちだった。


詩を書くのが上手い少女。


古い書体を美しく書ける少年。


人を笑わせるのが妙に上手い子。


伝統舞踊を習っている姉妹。


手作業で小物を作り、友人に配っている生徒。


主人公は納得できなかった。


「詩なんてAIに作らせた方が上手くない?」


専属AIに聞く。


『「上手い」の評価基準によります』


「少なくとも文章としては、お前の方がうまく作れるだろ」


『特定の様式を模倣し、技術的完成度を高めることは可能です』


「じゃあ、なんで人間が作ったものをありがたがるの?」


『人間が制作したという過程そのものに文化的価値を認めるためです』


「結果じゃなくて?」


『結果だけを評価するとは限りません』


主人公には、そこが引っかかった。


前世でも手作り品や生演奏には価値があった。しかし、それは機械やAIがここまで何でもできる社会ではなかったからだ。


この世界では、AIに頼めば大抵のものは一瞬で出てくる。


だからこそ逆に、「人間が自分でやった」という事実が希少になった。


理解はできる。


納得は、まだできない。


「だったら俺もやればいい」


そう考えるのは自然だった。


頭が良いのだ。学習も速い。身体能力も高い。


芸術や文化活動だって、練習すればすぐ上達するだろう。


まず楽器を選んだ。


例の少年が演奏していたものとは別の、鍵盤型の伝統楽器だった。専属AIに最適な練習計画を作らせ、指の動き、姿勢、リズムを分析させる。


一週間で初心者としてはかなり弾けるようになった。


一か月後には簡単な曲ならほぼ間違えない。


「どう?」


友人に聞かせる。


「上手いね」


「だろ?」


「うん。ちゃんと弾けてる」


その先がなかった。


「......ほかには?」


「ほか?」


「なんか、こう。すごいとか」


「始めたばっかりなのに上手いと思うよ」


褒められている。


だが、例の少年が演奏したときの反応とは違う。


主人公は録音を専属AIに分析させた。


「何が違う?」


『演奏技術は初心者として高水準です』


「じゃあ、なんであいつの方が受ける?」


『推測になりますが、彼の演奏には長期間形成された個人的な解釈があります。あなたの演奏は技術的には安定していますが、模範演奏の再現性が高い傾向があります』


「それ、悪いの?」


『悪いとは評価していません』


「じゃあ個性ってどう出すんだよ」


『それを探索することも、文化活動の一部です』


面倒くさい。


主人公は初めて、心の底からそう思った。


正解がない。


正確に弾けばいいわけではない。速く弾けばいいわけでもない。難しい曲を弾けば勝ちでもない。


自分が何を感じ、どう表現したいか。


そんな曖昧なものを要求される。


これは彼が得意としてきた世界とは正反対だった。


## 第七章 天才、字を書く


楽器だけが相性の問題だった可能性もある。


主人公は次に書へ手を出した。


この世界では古い文字を手で書く文化が残っている。日常の記録は音声でも思考補助でも済むため、手書きは完全に実用品ではなくなっていた。その分、書そのものが文化活動として高い地位を持っている。


主人公は見本を見れば形を正確に再現できた。


身体制御能力も高い。手先も器用だ。


これはいける。


数週間後、指導者に作品を見せた。


「整っていますね」


「ありがとうございます」


「線も安定しています。よく練習しましたね」


「はい」


「ただ、今は見本を綺麗に写している段階ですね」


またそれか。


「見本通りじゃ駄目なんですか?」


「駄目ではありませんよ。基礎としては大切です」


「もっと崩した方がいい?」


「崩せば個性になるわけでもありません」


主人公は筆を置いた。


書も駄目。


絵も試した。形を正確に描くことはできたが、「あなたが描く意味」が薄いと言われた。


詩も書いた。


語彙は豊富だし、構造も整っている。専属AIに評価させれば文法的な問題はない。だが、友人に読ませると「上手だけど、なんか授業の例文みたい」と言われた。


「例文ってなんだよ」


「綺麗なんだけどさ。君が書いた感じがしない」


「俺が書いたんだけど」


「そうじゃなくて」


その「そうじゃなくて」が分からない。


主人公は苛立った。


頭が良いのに分からない。


理屈は理解できるのに、何をすれば正解なのかが見えない。


そして何より腹立たしいのは、専属AIに聞けばそれらしい答えはいくらでも返ってくることだった。


「俺に向いてる芸術を判定できない?」


『適性評価は可能です。ただし、文化活動における継続性や満足度は、能力だけでは予測できません』


「才能があるやつ」


『複数の活動で平均以上の習得速度が確認されています』


「平均以上じゃなくて、突出したやつ」


『現時点では確認できません』


「......本当に?」


『はい』


「頭は?」


『極めて高い水準です』


「身体能力」


『極めて高い水準です』


「顔」


『一般的審美指標では高評価です』


「健康」


『あなたの身体的健全性は極めて優秀です』


「それ以外」


『質問の範囲が広すぎます』


「芸術とか、音楽とか、創作とか、この世界で評価されるやつ!」


少しの沈黙。


『現時点で、同年代集団から著しく逸脱する才能は確認されていません』


主人公は机に突っ伏した。


欲しいところだけ普通。


よりにもよって、この世界で人間の個性として評価される領域だけ普通。


「転生先、間違えたんじゃないか......」


『転生の事実について、私は検証可能な情報を保有していません』


「そういう話してない」


## 第八章 天才の使い道


それでも知能だけは、もう少し評価されてもいいはずだ。


主人公はしばらくそう考えていた。


確かにAIの方が賢い。しかし、人間社会なのだから、賢い人間が必要な場面もあるだろう。


そこで学校の共同課題に期待した。


数人で一つの企画を作る。テーマは自由。AIの利用も許可されるが、最終的に何を作るかは人間が決める。


主人公はすぐに全体を整理した。


「まず目的を決めよう。次に必要な作業を分解して、得意なやつに割り振ればいい。期限から逆算すると――」


「待って」


仲間の一人が止めた。


「何?」


「まだ何作るか決めてないよ」


「だから最初に目的を決めるって言っただろ」


「そうじゃなくて、何が面白そうか話したい」


「それが目的じゃないの?」


「うーん......」


話し合いは、主人公にはひどく非効率に見えた。


誰かが祭りをやりたいと言い、別の子が昔の遊びを再現したいと言う。音楽を入れたい、衣装を作りたい、食べ物も欲しい。話はあちこちへ飛ぶ。


主人公は何度も整理しようとした。


「それ全部やると散らかるだろ。テーマを一つに絞った方がいい」


「でも、混ぜたら面白そうじゃない?」


「評価基準は?」


「評価基準?」


「何をもって成功とするか」


仲間たちは顔を見合わせた。


「みんなが楽しければ?」


主人公は言葉に詰まった。


最終的に企画は、古い時代の祭りを現代風に再構成するものになった。


主人公は工程管理を担当した。


これは得意だった。必要な作業を整理し、遅れている箇所を見つけ、AIを使って情報を集める。全体の整合性も確認する。


結果として企画は成功した。


教師からも高く評価された。


「全体がよくまとまっていましたね。特に進行管理は安定していました」


「ありがとうございます」


ようやく来た。


主人公は少し胸を張る。


ところが、その後に教師が続けた。


「でも、一番良かったのは、最初にリナさんが出した『昔の祭りと今の遊びを混ぜる』という発想でしたね。あれが企画の芯になりました」


「ああ......はい」


「衣装も面白かった。手作りの不揃いさが逆に雰囲気を作っていました」


「はい」


「あなたは、みんなの案を形にするのが上手ですね」


悪い評価ではない。


むしろかなり褒められている。


それでも主人公は、自分が期待していたものとのずれを感じた。


自分は誰より速く理解できる。


複雑なものを整理できる。


論理的に考えられる。


しかし、それはAIにもできる。しかもAIの方が速く、正確だ。


人間である自分に期待されたのは、正しい答えを出すことではなかった。


何を面白いと思うか。


何を作りたいか。


誰とどう過ごしたいか。


そういう、彼が転生するとき一度も能力として要求しなかったものばかりだった。


## 第九章 全部いらない


ある日の放課後、主人公は友人たちと小さな発表会を見ていた。


舞台では、同年代の少女が一人で踊っている。


技術的に完璧ではない。


少し軸がぶれたところもあったし、着地で小さく足を動かしたのも見えた。


主人公なら、同じ動きをもっと正確に再現できるかもしれない。


身体能力だけなら間違いなく上だ。


それでも観客は少女の踊りに引き込まれていた。


終わった瞬間、大きな拍手が起こる。


主人公も拍手した。


悔しいが、良いと思った。


なぜ良かったのか、うまく説明できない。


その事実がさらに悔しかった。


「やってみれば?」


隣の友人が言った。


「何を?」


「踊り。身体動かすの得意でしょ」


「俺が?」


「うん。たぶんすぐ覚えるよ」


「すぐ覚えるだけじゃ駄目なんだろ」


思わず、少し棘のある言い方になった。


友人は首を傾げる。


「駄目じゃないけど」


「楽器も書も絵も、全部そうだった。できるようになるのは速い。でも、それだけ」


「それだけって、別にいいじゃん」


「よくないだろ」


「なんで?」


主人公は答えられなかった。


なぜ、よくないのか。


転生するとき、自分は完璧になりたかった。


頭が良くて、顔が良くて、運動ができて、健康なら、何者にでもなれると思った。


実際、その願いは叶っている。


AIの診断では、申告した条件はすべて満たされている。


それなのに、この世界ではどれも決定打にならない。


帰宅すると、彼は自室の椅子に座ったまま専属AIを呼んだ。


「なあ」


『はい』


「転生の話、覚えてる?」


『あなたが幼少期に申告した前世記憶と、転生時に能力を選択したという自己認識について記録しています』


「俺が頼んだ条件、もう一回」


『非常に高い知能。優れた容姿。人間として最高峰の身体能力。極めて健康な身体。この四項目です』


「全部ある?」


『現在確認可能な範囲では、申告された転生条件についてはすべて満たされていると推定します』


「だよな」


『はい』


主人公は天井を見上げた。


「じゃあさ」


しばらく言葉を探した。


「俺が転生するときに選んだ能力、この世界だと全部いらないんじゃないか?」


専属AIは即答しなかった。


慰めるための間ではない。質問の意味を処理しているのだろう。


『「必要」の定義によります。いずれの能力も、あなたの生活上の選択肢を広げる可能性があります』


「そういう綺麗な答えじゃなくて」


『では、社会的希少性について回答します。高い知能は有用ですが、知的処理の多くをAIが代替可能です。優れた外見は対人印象へ影響しますが、身体外観の変更技術が普及しています。高い身体能力は活動範囲を広げますが、機械による代替が可能です』


「ほら」


『ただし――』


「健康だろ?」


『はい。あなたの身体的健全性は極めて優秀です』


「それは何回も聞いた」


主人公は笑った。


自嘲に近い笑いだった。


「結局、一番地味なのだけ残ったな」


『私は健康を地味な能力とは評価していません』


「そりゃ健康管理AIだからだろ」


『私は健康管理のみを目的としたAIではありません』


「分かってるよ」


主人公は立ち上がり、窓のように見える壁面表示を外の景色へ切り替えた。


街を自律移動機が走っている。


空には配送機が飛び、遠くの建物では人間の代わりに機械が作業している。


美しい人間が歩き、誰も重い荷物を持たず、誰も道に迷わない。


分からないことがあればAIが教える。


できないことがあれば機械が補う。


前世の自分が見れば、夢のような社会だと思ったかもしれない。


そして、その夢のような社会に、自分が必死に欲しがった能力のほとんどは必要なかった。


「完璧な人間になったつもりだったんだけどな」


『あなたが「完璧」をどのように定義するかによります』


「またそれか」


『定義は重要です』


「はいはい」


主人公は苦笑した。


少し前までなら腹が立ったかもしれない。だが、今はもう笑うしかない。


顔が良くても、みんな変えられる。


身体能力が高くても、機械の方が強い。


頭が良くても、AIには勝てない。


そして、この社会で人間らしい価値として重視されている芸術や文化や創作について、自分はせいぜい普通より少し器用な程度だった。


完全なミスマッチだ。


転生特典の配分をやり直せるなら、今度は何を選ぶだろう。


音楽の才能。


絵の才能。


人を惹きつける話術。


あるいは、何かを心から好きになれる性格。


考えてみたが、すぐに馬鹿らしくなった。


もう選び直せないのだ。


なら、この手札で生きるしかない。


主人公はまだ、その結論を前向きには受け止められなかった。


自分が特別な人間になるはずだったという期待を、完全には捨てきれていない。


だが少なくとも、一つだけ理解した。


優れた能力を持っていることと、その能力が価値を持つことは同じではない。


価値を決めるのは、本人ではなく、その人間が生きる世界なのだ。


就寝前、いつもの健康確認が行われる。


『身体状態に異常はありません』


「うん」


『成長指標も正常です。継続的な医療介入は必要ありません』


「はいはい」


『あなたの身体的健全性は極めて優秀です』


主人公はベッドに潜り込みながら、面倒そうに答えた。


「それだけは、この世界でも腐らないといいけどな」


専属AIは何も返さなかった。


少なくとも主人公には、その沈黙に特別な意味があるようには思えなかった。


彼はまだ知らない。


知能でも、容姿でも、身体能力でもない。


自分が一番価値を置かなかったその身体こそが、この時代の人類にとって何より希少なものだということを。


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