未来転生 第一幕
## 第一章 今度こそ、完璧な人生を
死ぬ直前まで、自分の人生が不幸だったとは思っていなかった。
勉強はできた。仕事でも、それなりに評価された。少なくとも頭の出来について困った記憶はほとんどない。だが、その一方で身体にはずっと不満があった。
子供の頃から運動は苦手だった。体力もなく、体育の授業では目立たないようにしていたし、社会人になってからは長時間働けばすぐに身体のどこかが悲鳴を上げた。鏡を見て絶望するほど容姿が悪かったわけでもないが、どうせ次に生まれるなら、もう少し格好良くても罰は当たらないだろう。
だから死後、何者かに「次の人生で望むもの」を問われたとき、答えはすぐに決まった。
高い知能。優れた容姿。人間として最高峰の身体能力。そして、極めて健康な身体。
頭脳明晰、容姿端麗、スポーツ万能、おまけに健康。
我ながら欲張ったと思う。しかし、望んでいいと言われたのだから遠慮する理由もない。
――これなら次の人生は完璧だ。
そう確信したところで、意識は途切れた。
そして次に自分という存在をはっきり認識したとき、彼は三歳児になっていた。
「......なんだ、これ」
最初に出た言葉は、それだった。
小さな手。短い足。妙に高い視点――ではなく、低い視点。目の前には見覚えのない部屋が広がっている。壁の一部が透けるように変化し、その向こうに青空が映っていた。
窓かと思ったが、少し違う。空には見たこともない形の飛行物体が音もなく横切っている。
『覚醒時の混乱を検出しました。体調に異常はありません。必要であれば保護者を呼びます』
「誰?」
『私はあなたの専属支援AIです』
声は部屋のどこからともなく聞こえた。柔らかいが、人間の声とは微妙に違う。
主人公――三歳児となった彼は、しばらく黙ってから尋ねた。
「ここ、日本?」
『「日本」が指す対象を確認します。現在の行政区分にその名称は存在しません。歴史上の国家を指しているのであれば、追加情報が必要です』
「......何年?」
返ってきた数字を聞いて、彼は理解を諦めた。
少なくとも、自分が知っている西暦ではなかった。
その後の数時間で、彼はかなり無茶な説明をAIにした。自分には前世の記憶があること。別の時代、別の社会で成人男性として生きていたこと。死んだあと、次の人生で望む能力を選んだ記憶があること。
専属AIは途中で遮らなかった。
『認知機能を確認します』
「やっぱり病気扱い?」
『現時点では判断していません。あなたの申告内容と、認知機能の状態を分けて評価しています』
いくつかの質問と簡単な検査が行われた。三歳児に対するものとしては奇妙な内容だったが、彼には容易だった。
『認知機能に明確な異常は認められません。現在の申告内容のみを理由として、保護者への緊急通知を行う必要性もありません』
「じゃあ、父さんと母さんには言わないで」
『理由を確認してもよいですか』
「説明できないし、信じてもらえるとも思わないから」
『了解しました。あなたの個人情報として保護します。ただし、本人または他者への重大な危険が認められた場合は例外となります』
三歳児とAIが交わす会話としては、あまりにも事務的だった。
だが彼にとってはありがたかった。少なくとも、前世の記憶を持つ異常な子供として大騒ぎされることはないらしい。
問題はもう一つある。
「俺が頼んだ能力って、本当にあるの?」
『「頼んだ能力」の定義を確認します』
「頭が良くて、顔が良くて、運動ができて、健康。そういうやつ」
少し間があった。
『現在取得可能な情報から評価します。認知能力は同年齢集団と比較して極めて高い水準にあります。身体形態については主観的評価を含みますが、一般的な審美指標では高評価となる可能性が高いでしょう。運動機能にも顕著な優位性があります』
「健康は?」
『あなたの身体的健全性は極めて優秀です』
その言葉を聞いた瞬間、彼は小さな拳を握った。
成功だ。
転生なのか、時間を越えた再誕なのか、そもそもここが同じ宇宙なのか。それは分からない。だが少なくとも、自分が望んだものはすべて手に入っている。
「勝ったな」
『何に対する勝利でしょうか』
「人生」
『人生は開始から約三年が経過しています』
「そういう意味じゃない」
AIには分からないだろう。
前世で欲しかったものが、全部ある。
頭脳も、容姿も、身体も、健康も。
この時点で彼は、本気で思っていた。
今度こそ、何をやってもうまくいく、と。
## 第二章 美形は希少価値ではありません
最初の違和感は、鏡ではなく家族写真から始まった。
父親も母親も整った顔をしている。親だから多少ひいき目に見ているのかとも思ったが、近所の人も、保育施設で会う大人も、妙に容姿の水準が高い。
子供たちも同様だった。
自分が美形なのは間違いない。専属AIに確認しても、審美的な評価は高いと言われる。しかし周囲を見渡せば、自分だけが飛び抜けているという感じがしない。
五歳になった頃、彼はとうとうAIに尋ねた。
「この時代って、顔が良い人ばっかりなの?」
『外見に関する社会的傾向を質問していますか』
「そう。前にいた世界だと、ここまで美形ばっかりじゃなかった」
『身体外観の変更技術が普及していることが影響していると考えられます』
「変更?」
その日の午後、彼は初めて未来社会の美容医療について体系的な説明を受けた。
骨格、皮膚、毛髪、体型。かなりの範囲を、安全かつ低負担で変更できる。成長期には制限があるものの、成人後の外見変更は珍しくもない。大掛かりな手術という感覚ですらなく、本人の希望に応じた身体管理の一種として扱われている。
「じゃあ、顔が気に入らなかったら変えればいいの?」
『成人であれば、原則として本人の自己決定が尊重されます。未成年の場合は身体発達への影響を考慮し、変更可能な範囲が制限されます』
「......イケメンって、価値ない?」
『「価値」の定義によります』
「モテるとか、羨ましがられるとか」
『外見が対人印象へ影響することはあります。ただし、変更可能性が高いため、生得的外見そのものを特別な能力として評価する文化は限定的です』
嫌な予感がした。
数日後、その予感は現実になる。
母親の知人が遊びに来たとき、彼の顔を見て感心したように言った。
「この子、本当に何もしてないのよね?」
「もちろん。まだこの年齢だもの」
「へえ。自然のままでこんなに整ってるんだ。珍しいわね」
褒められている。確かに褒められているのだが、前世で想像していた反応とは違う。
例えるなら、「天然の綺麗な石を拾ったんだ」と言われたようなものだった。
珍しい。綺麗。でも、それだけ。
彼はその夜、ベッドの中で天井を見ながら呟いた。
「......一個、死んだな」
『何が死亡しましたか』
「ステータス」
『生命反応に異常はありません』
「俺じゃない」
転生するとき、かなり重要な条件として選んだはずの「優れた容姿」が、早くも怪しくなった。
もちろん不細工よりはいい。人から悪い印象を持たれにくいのも便利だろう。だが、彼が期待していたような圧倒的な武器ではない。
何しろ、気に入らなければ変えられるのだ。
生まれつき顔が良いというだけで勝てる社会ではなかった。
## 第三章 人類最高峰の身体能力、その用途
容姿はまだいい。
そう自分を慰めた。
頭脳と身体能力が残っている。特に身体能力については、人間として最高峰という注文をつけた。五歳を過ぎる頃には、その片鱗が自分でも分かるようになっていた。
走れば速い。跳べば高い。動きを一度見れば、身体が自然に再現する。疲れにくく、多少無茶をしても翌日には何事もなかったように回復している。
前世の自分からすれば夢の身体だった。
ある日、教育施設の屋外区画で、彼は同年代の子供たちと遊んでいた。
遊びといっても、前世の鬼ごっこのようなものではない。空間投影された光の標的を追い、手で触れて消していく反応ゲームだった。
彼は開始直後から圧倒した。
身体が軽い。次にどこへ標的が出るかを見た瞬間、考えるより先に足が動く。ほかの子供が一つ消す間に二つ、三つと触れていく。
終了時、成績表示には大差がついていた。
「すごい!」
一人の子が目を丸くした。
主人公は内心で少し得意になる。
そうだ。これだ。こういう反応を待っていた。
「どうやったの?」
「普通に走っただけ」
「そんなに速く走れるんだ!」
別の子供まで寄ってくる。教師役の支援システムも、身体能力が年齢基準を大幅に上回っていると評価した。
ようやく転生特典らしい場面が来た。
しかし、その喜びは長く続かなかった。
「ねえ、もう一回やって」
「いいよ」
「今度は補助なしで!」
「補助?」
主人公が聞き返すと、子供は自分の脚を指さした。薄い衣服の下に、ごく小型の運動補助装置が組み込まれているらしい。
「さっき切ってたの。これ使うともっと速いよ」
再戦。
主人公は負けた。
正確には、勝負にならなかった。
子供たちは安全制限の範囲内で運動補助を使い、先ほどまでとは比較にならない速度で標的を追った。主人公の身体能力は人間としては突出している。だが、機械による補助まで含めれば話は別だった。
「君、補助なしですごいね」
悪意はない。本気で感心している。
それが余計につらかった。
「......ありがとう」
「なんで使わないの?」
「いや、俺は、その......自分の身体でやりたくて」
「へえ。変わってるね」
その日の帰宅後、主人公は専属AIに聞いた。
「この世界って、スポーツ選手は?」
『存在します』
「あるんじゃん!」
『ただし、競技形態は多様です。身体能力そのものを競う伝統競技も保存されていますが、文化的活動としての性格が強いものが多数です』
「世界一速い人とか、世界一強い人とかは?」
『定義によります。機械補助を許可すれば、人間の生得的身体能力を比較する意味は薄くなります』
「じゃあ、重い物を持つ仕事は?」
『自律機械が担当します』
「危険な場所に行く仕事」
『原則として無人機が担当します』
「軍人」
『現在の社会制度では、あなたが想定する形態の軍事職は存在しません』
「救助隊」
『人間が直接危険区域へ進入することは、例外的状況を除き推奨されません』
彼はしばらく黙った。
「俺の身体能力って、何に使える?」
『運動そのものを楽しむことができます』
「ほかには?」
『身体表現を伴う文化活動への適性が期待できます。また、日常生活における身体的自由度は高いでしょう』
「もっとこう......圧倒的に役立つやつ」
『質問の条件が曖昧です』
主人公は頭を抱えた。
前世なら、これほどの身体能力があれば選択肢はいくらでもあった。競技スポーツに進んでもいい。身体を使う職業でも圧倒的な優位になる。何より「人間離れした身体能力」というだけで、十分な個性だった。
だが、この世界では違う。
機械の方が速い。強い。正確で、疲れない。
人間が身体能力で機械と張り合う理由そのものがない。
もちろん、珍しくはある。
補助なしで速く走れば驚かれるし、重いものを持てば感心される。
しかし、その反応は尊敬というより大道芸を見るものに近かった。
「人間って、そんなことできるんだ」
それ以上でも、それ以下でもない。
主人公は二つ目の死にステータスを認めざるを得なかった。
## 第四章 最後の砦
それでも彼は、まだ余裕を失ってはいなかった。
容姿が自由に変えられる。分かった。
身体能力は機械に負ける。それも認めよう。
だが、頭脳だけは違う。
彼は前世でも頭が良かった。そのうえ転生時には、さらに高い知能を望んだ。実際、この世界での学習でも理解に困ることはほとんどない。
七歳になる頃には、通常の教育内容では明らかに物足りなくなっていた。
提示された教材を読む。一度で理解する。問題を解く。ほぼ間違えない。
専属AIは学習内容を次々に先へ進めた。
「これ、同い年はどのくらいやってるの?」
『学習進度は個人ごとに最適化されているため、単純比較は推奨されません』
「いいから。俺、速い?」
『非常に速い部類です』
主人公は笑った。
やはりこれだ。
前世でも結局、最後に頼れたのは頭だった。世界がどれほど変わっても、知性の価値までなくなるはずがない。
その考えを確信に変えたのは、ある数学課題だった。
年齢相応の範囲を大きく超えた問題を、彼は自力で解いた。途中で何度か試行錯誤したが、最後には筋道の通った証明まで組み立てた。
「できた」
『正解です』
「これ、難しい?」
『あなたの年齢を考慮すれば、高度です』
「普通の大人なら?」
『専門教育を受けていない成人には難しいでしょう』
「じゃあ、かなりすごいよな」
『あなたの認知能力が高いことは、以前から評価しています』
主人公は満足した。
念のため、聞いた。
「ちなみに、お前なら何秒?」
『問題文の解釈を含め、通常は一秒未満です』
「......え?」
『類似問題であれば、回答生成に実質的な遅延はありません』
主人公は自分が数十分かけて書いた解答を見た。
「でも、お前は専属AIだから高性能なんだろ?」
『私は個人支援用途に最適化されています。より大規模な研究用AIと比較すれば、計算資源には制約があります』
「研究用は?」
『この問題を単独課題として処理する意味がない程度には容易です』
しばらく、部屋が静かになった。
主人公はもう一度、自分の解答を見る。
間違ってはいない。
自力で解いた。七歳児としては驚異的だ。
だが、この社会には、自分より遥かに賢い存在がどこにでもいる。
しかも一家に一台どころではない。一人に一つ、専属AIが付いている。
「......いや、でも、人間が考えることにも価値はあるだろ」
『あります』
即答だった。
主人公は少し安心した。
「だよな」
『人間自身が知的活動を行うことを趣味とする例があります。数学、論理ゲーム、歴史研究などは文化活動としても行われています』
「趣味」
『はい』
「仕事じゃなくて?」
『人間の研究者も存在します。ただし、研究成果の大部分はAIとの協働によって生み出されます。純粋な計算速度や情報処理量を人間とAIで比較することには、一般に大きな意味がありません』
主人公は椅子にもたれた。
嫌な予感がする。
容姿のときと同じだ。
身体能力のときとも同じだ。
自分が持っている能力は確かに優秀なのに、その能力が社会の中で希少ではない。より正確には、同じ仕事を圧倒的に上手くこなす手段が、すでに社会のどこにでも存在している。
それでも彼は、この時点ではまだ認めなかった。
頭脳まで死にステータスだとは。
学校へ行けば違う。
人間同士の社会に入れば、自分の知性はきっと評価される。
そう考えていた。
その期待が完全に砕かれるのは、もう少し先のことだった。
その夜、就寝前の健康確認が終わる。
『身体状態に異常はありません。あなたの身体的健全性は極めて優秀です』
「はいはい。健康なのは分かったよ」
『睡眠時間を確保してください』
「分かってる」
彼は軽く手を振って表示を消した。
健康。
四つも選べた能力の中で、一番地味なもの。
病気にならないならありがたい。だが、それで特別な人間になれるわけでもない。
主人公はそう考えたまま眠りについた。
この世界で、その評価だけが完全に間違っていることを知らずに。




