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第40話 現場監督、積み方を教える

朝霜が、踏むたびに白く砕けた。


誠は杭を片手に、ミラと並んで堤防予定地を歩く。息が白い。土は表面だけ固く凍り、その下はまだ湿って柔らかかった。川の方から吹く風は、昨日より一段と冷たい。冬が、確かに近づいている。


「ここから、ここまで」


縄を張り、目印の杭を打ち込んでいく。木槌の音が、朝の静けさに響いた。ミラが縄の端を押さえ、誠が距離を読み上げる。単調な作業だが、誠の頭の中では、打たれた杭の一本一本が、後の断面図の骨組みに変わっていった。堤の高さ、幅、法面の傾き

――数字がひとつずつ、確かな形を取っていく。


「監督、これで全部?」


「今日はここまで。あとは資材と人が揃ってからだ」


杭を最後の一本まで打ち終えると、二人は堤の跡地に腰を下ろした。息を整えながら、誠はふと足元の土を一掴み取った。


「せっかくだ。ここで、やることを説明しておく」


ミラが姿勢を正す。誠は掴んだ土を、地面の上にそのままどさりと落とした。


「旧堤防は、こうやって作られている。一気に、力任せに」


土の山は、盛り上がった形のまま、しばらく持ちこたえていた。だが誠が指で軽く突くと、あっさりと崩れて広がった。


「見ての通り、脆い。中身がどうなってるか、外からは分からない」


「じゃあ、監督のやり方は?」


誠は今度は、土をひとつまみだけ取り、薄く地面に広げた。手のひらで、ぎゅっと押さえつける。


「まず、薄く広げる。それから、押し固める」


もうひとつまみ。今度はさっきの層の上に重ね、また押し固める。同じ動作を、三度、四度と繰り返した。


「一度に全部積まない。薄い層を作って、その都度しっかり押し固めてから、次の層を重ねる。これをひたすら繰り返す」


ミラは誠の手元を覗き込みながら、自分でも土を一掴み取ってみた。真似して薄く広げ、押し固める。


「……なんか、地味」


「ああ、地味だ。派手なことは何もない」


誠は息を吐き、白い息が宙に溶けるのを目で追った。


「雪玉を作ったことはあるか?」


「子供の頃に。……それが?」


「一気に大きな塊を丸めようとすると、途中で崩れるだろう。芯を作って、少しずつ雪を足しながら、その都度しっかり押し固める。それを繰り返すと、硬くて締まった玉になる」


「堤も、同じってこと?」


「そうだ。だが、こうやって層ごとに締めた土は、隙間が少ない。隙間が少ないと、水が染み込みにくい。染み込みにくければ、内側から緩まない」


誠は先ほど崩れた土の山を指した。


「あっちは、逆だ。一気に積んだから、中はスカスカだ。隙間だらけの土に水が入り込めば、内側からじわじわと緩んで、いずれ崩れる。何年も経ってから、突然な」


ミラの手が、動きを止めた。


「旧堤防が、何度も崩れてたのって……」


「たぶん、それが理由の一つだ」


しばらく黙って、ミラは自分の作った小さな層を見つめていた。それから、もう一つ聞いた。


「水はけは? 監督、前に畑の話で言ったよね。水はけの悪い畑は作物が腐るって」


「よく覚えてるな」


誠は感心しながら、層の内側に指で細い溝を作ってみせた。


「堤の中にも、水の逃げ道を作っておく。水はけの悪い畑に作物を植えたら、根が腐る。堤も同じだ。中に水を溜め込んだままにしたら、いずれ内側から腐る」


ミラは自分の小さな模型に、同じように指で溝を掘った。真剣な顔で、誠の手元と自分の手元を何度も見比べている。


「層の厚さは、どれくらいがいいの?」


「薄いほど確実だが、薄すぎると手間ばかりかかる。今回の規模なら、大人の掌一枚分ってところだ。締める回数も、一層につき最低三回」


「数えながらやるの?それ」


「数えないと、どこまでやったか分からなくなる。段取りってのは、そういうもんだ」


ミラは小さく笑った。


「監督らしい」


「監督、私、これ魔法でできると思う!」


「よし、試しにやってみるか」


ミラは手をかざし、掌ほどの土の塊に意識を集中させた。土がわずかに震え、薄い層になって折り重なっていく。層と層の間に、細い水路のような筋が自然に浮かび上がった。


誠はその出来を、指で崩してみる。崩れなかった。先ほどの一気盛りの山より、明らかに硬い。


「うん、上出来だ」


「これを、あの規模で……」


ミラは堤の全長を見渡し、ごくりと喉を鳴らした。誠も同じ方向に目をやる。今日の小さな模型が、いずれあの規模になる。気の遠くなるような話だが、やることの中身は変わらない。


そこへ、馬の蹄の音が響いた。


街道の方から、革鎧の男が一人、馬を降りて歩いてくる。肩の古い傷跡には見覚えがあった。街道工事の頃、規律を毛嫌いしていた男だ。資材置き場の縁で足を滑らせかけたところを、誠が引き上げたことがある。あれ以来、朝礼に顔を出すようになった。


「よう、現場監督殿」


「久しぶりだな」


男は誠の前まで来ると、ふと居心地悪そうに視線を逸らした。


「レオン様から話は聞いてる。今回はでかい仕事だってな」


「ああ。だから、人手を借りたい」


「その前に」


男は一瞬、言葉に詰まったような顔をした。それから、片手を差し出してぶっきらぼうに続けた。


「名乗ってなかったな、そういや。ガインだ」


「轟誠だ、よろしく」


差し出された手を握り返し、誠が答えた


「お互い、今さらだな」


ガインは頭を掻きながら、決まり悪そうに言った。街道の現場で、名も名乗らず突っかかっていた頃とは、明らかに違う態度だった。あの落石の一件から、この男の中で何かが変わったのを、誠は覚えている。


「よろしく頼むよ、ガイン」


「ああ」


短いやり取りだったが、それで十分だった。ガインは咳払いをひとつして、話を本題に戻した。


「で、今回は何を頼みたいんだ」


「川沿いの警備。それと、資材運搬の護衛。増水期が近づけば、川の様子も変わる。危険な動きがあれば、真っ先に知らせてほしい」


「畑仕事の護衛とは、随分勝手が違うな」


「規模もでかいからな。長丁場になる。今日から冬を越して、雪解けまでかかるだろう」


ガインは腕を組み、堤の跡地をぐるりと見渡した。杭の並びを目で追い、川音に耳を澄ませる。


「街道の時は、正直舐めてた。あんたの言うことなんぞ、素人の勘だと思ってたからな」


「思われて当然だ。あの頃はまだ、何の実績もなかったからな」


「だが、あんたの見立てが外れたのを見たことがない。資材置き場の一件も、路肩の崩落も」


ガインは自分の肩を軽く叩いた。あの落石の記憶を、指先で確かめるような仕草だった。


「今回も外すつもりはない」


「なら、こっちも本気で付き合うさ」


ガインはにやりと笑うと、詰所に伝えると言い残し、馬に戻っていった。誠はその背中を見送りながら、頭の中で人員の割り振りを組み直す。測量、工法、そして人手。堤の骨組みが、ようやく形になり始めていた。


「監督」


ミラが、まだ手のひらの模型を見つめながら呟いた。


「私、もっと練習しておくね!これ、失敗したら大変なことになるでしょう」


「そうだ。だから、時間があるうちに徹底的にやろう」


「監督は、失敗しないの?」


不意打ちの問いに、誠は少し考えてから答えた。


「段取りを間違えなければ、大抵はどうにかなる。……間違えれば、どうにもならない。それだけだ」


ミラは黙って頷くと、もう一度、掌の中の模型に目を落とした。層と層の間の細い水路を、指先でそっとなぞる。


冷えた風が、堤の跡地を吹き抜けていった。測量の杭が、等間隔に並んで冬空の下に立っている。


これから積み上げるのは、土だけではない。

次回の更新は、8月17日 21:10を予定しています。


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