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第36話 現場監督、対等な杯を交わす

よそ者の職人、素人の村人、そして最初は反発していた冒険者たち。


バラバラだった寄せ集めの集団が、今では自ら周囲の危険を予測し、声を掛け合いながら動く、ひとつの統率された「現場」になっていた。


誠はバインダーを閉じ、彼らに向かって大きく頷いた。


「ご苦労様です。これにて、全工程完了とします。……よくやってくれました!」


夜。砦の広場には幾つもの焚き火が焚かれ、大規模な打ち上げの祝宴が始まっていた。


「さあさあ、たくさん食べてくださいね! お肉はまだまだありますから!」


ハンナの弾むような声が響く。


彼女を中心に村の女たちが用意した料理が、長机の上に次々と並べられていく。


主役は、丸ごと直火で炙られた豚肉だ。


表面はカリッと香ばしく焼き上がり、ナイフを入れると、閉じ込められていた肉汁と香草の鮮烈な匂いが弾けるように広がった。


それを厚く切り分け、塩気の効いたチーズと、酸味のあるザワークラウトを添えて硬い黒パンに乗せる。


樽から惜しげもなく注がれる、よく冷えた琥珀色のエール。


無事に仕事を終え、何一つ事故を起こさずにこの日を迎えたからこそ味わえる、極上の労働の対価だった。


「うめえ! なんだこの肉、最高じゃねえか!」


「おい、そっちの麦酒回せ!」


職人も冒険者も身分を忘れ、焚き火を囲んで盛大に飲み食いしている。


その喧騒の端で、ハンナの手伝いをしていたミラが、ふうっと額の汗を拭った。


土と炭で顔を少し汚しながらも、その表情はどこか晴れやかだ。


「おい、ミラ」


声をかけてきたのは、木椀を持ったテオだった。


「テオ……」


かつて、ミラの土魔法を「気味が悪い」と嘲笑っていた村の若者頭。


ミラが少しだけ身構えるように視線を下げると、テオは頭を掻きながら、砦の外壁のほうへ顎をしゃくった。


「お前の作ったあの土塁の壁……すげえな。石垣みたいにカチカチじゃねえか」


テオの言葉には、もう嘲笑も偏見もなかった。


ただ純粋に、良い仕事をした職人を称える、真っ直ぐな称賛だった。


「……え」


「お前の魔法が、俺たちの村に続く道を安全にしてくれたんだ。……その、なんだ。今までバカにしてて、悪かった」


テオはぶっきらぼうにそう言うと、持っていた木椀を少し持ち上げて見せ、背を向けて仲間たちの輪に戻っていった。


残されたミラは、ぱちぱちと瞬きを繰り返し、やがてその瞳にじわりと涙を滲ませた。


「……よかったね、ミラちゃん」


隣で見ていたハンナが、優しく微笑みながらミラの肩を抱く。


ミラはこくりと頷き、焚き火の光を反射して輝く壁を、誇らしげに見上げた。


誠は少し離れた場所で、エールの入った木のジョッキを傾けながら、その光景を眺めていた。


自分の仕事がもたらした、安全に笑える空間。


これを見るために、自分は現場監督をやっているのだと、前世の記憶が胸の奥で静かにうずく。


「……いい夜だな、監督」


不意に背後から声がかかった。


振り返ると、質の良い外套を羽織ったレオン辺境伯と、その後ろで帳面を抱えたセラが立っていた。


二人の手にも、木製の酒杯が握られている。


「閣下。……それにセラさんも」


「今日はただの打ち上げだ。無礼講で頼む」


レオンは誠の隣に立ち、広場の喧騒を見渡した。


「砦が再生し、物流の要である街道も復活した。……お前の残した仕事は、我が領地の未来を確実なものにしてくれた。改めて礼を言う」


レオンは酒杯を掲げ、誠のジョッキに軽く打ち合わせた。


コツン、とくぐもった木の音が鳴る。


「過分なお言葉です。私はただ、契約通りに段取りを組んだだけで」


誠がいつものように敬語で返すと、レオンは苦笑して酒をあおった。


「……いい加減、その堅苦しい話し方をやめないか」


「え?」


「前に言ったはずだぞ。俺のことはレオンと呼び、敬語も崩せと」


それは、峠道の補修現場で初めて契約を結んだ時の出来事だ。


あの時、誠は「仕事の相手にはけじめをつける性分で」と断った。


レオンは真っ直ぐに誠の目を見た。


「あの城代という腐敗を共に切り捨て、こうして現場を完成させた。それでもまだ、お前と俺の間には『けじめ』が必要か?」


それは、ただの雇い主と労働者という関係から、対等なパートナーとして誠を遇するという、辺境伯としての最大の誠意だった。


誠は少しの間、レオンの真剣な瞳を見つめ返した。


そして、手元のジョッキに残っていたエールを一気に飲み干し、ふっと肩の力を抜いた。


「……わかった。あんたがそこまで言うなら、そうさせてもらう」


言葉尻から、敬語の鎧が外れた。


レオンの顔に、今日一番の痛快な笑みが広がる。


「それでいい。頼もしい男が味方になってくれた」


その後ろで控えていたセラが、かすかに視線を細めた。


絶対的な権力者を前にしても阿らず、しかし仕事の実績をもって対等な関係を受け入れる。


いかにもこの男らしい流儀だと納得したように、彼女は帳面を抱き直す所作で、微かに口角を上げた。


夜空には、焚き火の火の粉が舞い上がり、満天の星空に溶けていく。


「さて、監督。祝宴の席で無粋だが、仕事の話だ」


レオンが、西の空を見つめながら口を開いた。


「明日、少し馬を走らせるぞ。見てもらいたい場所がある」


「暴れ川、だったか」


「ああ。我が領地の咽首を締め上げる、最悪の自然災害だ。……お前のその目で、川が治まるかどうか診断してほしい」


それは、一介の村の道普請から始まった誠の仕事が、ついに国家の基盤に挑む巨大プロジェクトへと昇格した瞬間だった。


誠は空になったジョッキを握り直し、不敵に笑い返した。


「ああ、任せておけ。俺の現場のやり方で、きっちり見積もってやる」


夜風が、新たな現場への期待を乗せて、強く吹き抜けていった。

次回の更新は、8月13日 21:10を予定しています。


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