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第35話 現場監督、正しき段取りを取り戻す

「辺境伯領からの永久追放、および不正な蓄財の全額没収だ。没収した資金は、今回の正規の資材購入費と、今後の国境警備の強化費に充てる」


「妥当な判断かと存じます。……現場としても、これでようやくまともな仕事に取り掛かれます」


誠がバインダーから視線を上げて応じると、レオンは微かに息を吐いた。


「後味が悪い思いをさせたな、監督。よそ者のお前を、領内の腐敗に巻き込んでしまった」


「気になさらないでください、閣下。どこにでも、私欲に溺れたり体面を優先したりする人間はいます。……私はただ、私の現場からそういう要素を排除したかっただけですから」


誠が平坦な声で答えると、レオンは少しだけ目を細め、口角を上げた。


「お前は本当に、仕事となるとブレない男だ。……よし。厄介払いは済んだ。本物の仕事を見せてくれ」


「承知いたしました」


誠が短く頭を下げたのと同時に、砦の門をくぐって数台の大型馬車が連なって入ってきた。商人ヴィムが手配した、正規の資材だ。


「おう、監督! ヴィムの旦那のところから新しい資材が届いたぞ!」


バルド親方が赤ら顔に汗を光らせながら、太い腕を振って声をかけてきた。


「ご苦労様です、親方」


「どれもこれも、見事な上物だ。あの商人、かねにはうるせえが、約束の期日と品質はきっちり守りやがる」


誠は静かに【大地審眼】を起動した。


視界が切り替わる。


数日前まで砦の壁面や基礎部分にこびりついていた、ひび割れや強度不足を示す『黄色』や『赤』の光。それは、不正資材の撤去とともにおおむね消え去っていた。


代わりに荷台から降ろされていく新しい石材や木材は、どれも健全な強度を示す深い『青色』のグラデーションに染まっている。


(よし。これでようやく、まともなスタートラインだ)


誠は頷き、工程表の次の項目をペンで叩いた。


「親方、南側の城壁から補強に入りましょう。冒険者の連中には、外側の堀の清掃と土運びを回しています」


「おう!任せとけ。まともな石で仕事ができるんだ、腕が鳴るぜ!野郎ども、気合い入れろ!」


バルドの号令に、職人たちが威勢よく応える。


カン、カン、と石を鑿で打つ澄んだ音が響き渡り、切り出されたばかりの木材の青臭い匂いが風に乗って漂う。


段取り八分、仕事二分。


障害となる腐った権力者と粗悪な資材を排除し、適正な材料と人員を配置した。ここまで来れば、あとは工程表通りに進めるだけだ。


誠はヘルメットの鍔を上げ、青空の下で組み上がっていく足場を見上げた。


昼時。現場の片隅に設けられた休憩所から、香ばしい匂いが漂ってきた。


「お疲れ様です、監督さん。お昼、できてますよ」


ハンナが温かい笑顔で、湯気を立てる木椀を差し出した。


「ありがとう、ハンナさん。いつも助かる」


受け取った椀からは、煮込まれた根菜と豚肉の濃厚な匂いが立ち昇っていた。


冷えた体に、とろみのある温かいスープが染み渡る。硬めの黒パンを浸してかじると、麦の素朴な甘みが口いっぱいに広がった。


「うめえ……。やっぱりハンナの飯は最高だな」


少し離れた場所で、ガルフやテオたちモーレン村の面々も、笑顔で食事を取っている。


誠の隣では、ミラがパンをかじりながら、自分の仕事の成果をじっと見つめていた。


彼女の視線の先には、砦の外周に沿って築かれた真新しい土塁がある。


ミラの土魔法によって隙間なく押し固められた、分厚い防壁だ。誠が細かく指示を出しながら少しずつ盛らせた甲斐あって、石垣に匹敵する強度を持っている。


「……どうした、ミラ。自分の仕事に見惚れてるのか?」


誠がからかうように言うと、ミラは少し照れくさそうに顔を赤くした。


「違うの。ただ……」


ミラは土塁から目を離さず、ぽつりとこぼした。


「私の魔法は、ずっと『気味が悪い』って言われてきて。土を盛るだけで、何の役にも立たないって。……でも、監督が教えてくれた通りに魔法を使ったら、こんなに大きな壁ができて……」


ミラの小さな手が、自身の膝の上でぎゅっと握りしめられる。


「この壁が、砦を守るんだよね。私の魔法が、人を守る役に立ってるんだよね?」


誠はスープを飲み干し、ふっと口角を上げた。


「ああ。お前の土魔法がなきゃ、あの土塁を固めるのに職人が百人いても足りなかった。重機三台分どころか、五台分以上のいい仕事だ」


「……うんっ!」


ミラの顔がパッと明るく輝き、真っ直ぐに顔を上げて背筋を伸ばした。


その姿には、もう村で縮こまっていた頃の面影はない。一人前の立派な『職人』の顔だった。


夕暮れ時。


一日の作業を終えた職人たちが、道具を片付けながら口々に軽口を叩き合っている。石を鑿で打つ音はもう止み、代わりに笑い声が広場に響いていた。


誠は工程表に目を落とす。残る項目はもうわずかだった。


(明日には、片がつく)


ペン先で最後の欄をなぞりながら、誠は静かにそう呟いた。

次回の更新は、8月12日 21:10を予定しています。


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