第28話 現場監督、支給資材を疑う
崩落箇所の盛り直しが終わり、街道工事は仕上げの段階に入っていた。
吐く息が白く、指先はかじかんでいたが、路面をならす手を止める者はいなかった。均された土の上に薄く霜が降り、朝日を受けて輝いている。空気の冷たさは、峠道に来た初日よりも一段と鋭くなっていた。
路面をならし、最後の水はけを整える。凍える指先を息で温めながら、村人たちは黙々と手を動かしていた。
「これで、峠道は生き返るな」
ガルフが均された路面を踏みしめ、感慨深げに呟いた。テオも隣で腕を組み、満足げに頷いている。
「荷車がすれ違えなかった場所だぞ、ここ。今じゃ二台並んでも余裕がある」
テオがそう言って、均された路面を軽く踏み鳴らした。数か月前まで規律を鼻で笑っていた男が、今は誰より工事の進み具合を誇らしげに語っている。
「あとは砦だけか」
「砦の方は、また勝手が違うだろうがな」
ガルフの言葉に、誠も頷いた。建物という、これまでとは異なる規模の仕事が控えている。
少し離れた場所では、ミラが村人たちに囲まれていた。
「あの斜面を丸ごと動かしたんだって? 見た時は腰が抜けたぞ」
村の年配の男が、感心した様子でミラの肩を叩く。かつてミラの魔法を「気味の悪いもの」として遠巻きにしていた顔ぶれと、今のこの空気は、まるで別人たちのようだった。
「昔は、お前の魔法を見て子供を隠す親までいたのになあ」
「やめてください、その話は」
ミラが少し困った顔で笑う。だがその声には、以前のような硬さはなかった。過去の扱いを笑い話として口にできるくらい、今の立場が確かなものになっている証だった。
「私一人じゃ、できませんでした。監督が全部、段取りを組んでくれたので」
「そうやって謙遜するのも板についてきたな」
軽口に、ミラは照れたように笑った。俯く癖はもう、どこにも見当たらなかった。
ハンナが温かい湯を張った鍋を運んできて、冷えた体に染み渡る湯気を振る舞う。誰もが一仕事終えた顔で、束の間の労いに浸っていた。
そんな空気を破るように、街道の向こうから馬が近づいてきた。セラだった。
「街道の進み具合、順調そうですね」
「明日には終わる」
「それは何より」
セラは帳面を開き、確認するように目を落とした。
「それと——砦の支給資材が、ようやく届きました。予定よりだいぶ遅れましたが」
「遅れた理由は」
「軍の備蓄からの手配なので、こちらでは詳しい経緯は分かりません。担当が違いますので」
「担当というと」
「砦の管理は城代の管轄です。物資の出納も、基本的にはそちらで完結しています」
「城代とは、まだ顔を合わせてないな」
「近いうちに視察の機会を設けます。人となりは……お会いになれば分かるかと」
セラの言い方には、含みがあった。誠もその「ようやく」という言葉に、小さな違和感を覚えた。街道の資材はヴィムから数日で届いた。それより優先されるはずの軍需物資が、なぜこれほど遅れたのか。
届いた資材の前で、誠は【大地審眼】を起動した。
荷馬車の荷台には、木材と石材が無造作に積まれていた。ヴィムのところで見た荷積みとは違い、丁寧さの欠片も感じられない乱雑な積み方だった。近くで手伝っていたミラが、その様子を見て小さく首を傾げている。
軍の備蓄から出されたはずの木材と石材。本来なら、質の管理も厳格なはずだ。だが視界に浮かんだ色は、想定していた澄んだ青ではなく、くすんだ黄色だった。
——想定より、弱い。
数値の違いだけではなかった。手で触れた時の重さ、木目の詰まり方、どれもがヴィムの店で見た並品と近い感触をしていた。軍の備蓄品にしては、妙に見覚えのある質だった。
違和感の正体は、単純な強度の低さではない。「軍の備蓄」という看板と、実際に手に取った時の感触が食い違っている、その落差だった。数字の上では規定を満たしているのかもしれない。だが、現物を触った経験がある人間なら、誰でも引っかかる感触だ。
「バルド、これを見てくれ」
工房から呼び出したバルドに、誠は資材の一本を差し出した。バルドは無言でそれを叩き、断面に爪を立てる。険しい表情のまま、何度か同じ動作を繰り返した。
「……軍の備蓄にしちゃあ、質が落ちるな」
「だろう」
「街道の資材とは、明らかに格が違う。こっちは急ごしらえの匂いがする」
バルドは石材の方も一つ手に取り、角の欠け方を確かめた。
「石の方も、層の詰まりが甘い。急いで採ったものを、そのまま出したような品だ」
「軍の備蓄なら、逆に一番厳しく管理されてそうなもんだけどな」
「普通はそうだ。だからこそ、引っかかる」
バルドは腕を組み、資材の山をじっと睨みつけた。
その言葉に、誠の記憶が繋がった。峠道の崩落現場で見つけた、あの古い補修材の木片。同じような、乾燥の甘さと粗い年輪。まだ確証はない。だが、何かが引っかかる感触があった。
「気になることでもあるのか」
バルドが誠の表情の変化に気づいて尋ねた。
「峠道で見つけた古い木片と、質が似てる気がする」
「……それは、穏やかじゃないな」
バルドの声のトーンが、わずかに低くなった。長年この町で職人をやってきた男の勘が、何かを感じ取っているようだった。
「セラ、この資材の搬入記録は残ってるか」
「軍の備蓄ですから、記録はあるはずです。確認しておきます」
「頼む。物と数字、両方から見ておきたい」
「何か、疑っておられるのですか」
セラが帳面から顔を上げ、誠を見た。
「まだ何とも言えない。ただ、引っかかる」
「分かりました。搬入時期と量、扱った担当者まで、分かる範囲で調べます」
「城代の管轄だと、調べにくいか」
「多少は。ですが、辺境伯様の名の下で動く分には、無下にはできないはずです」
セラは帳面に何かを書き留め、頷いた。事務的な表情の下に、わずかな緊張が滲んでいるように見えた。
日が暮れる頃、誠は届いたばかりの資材の山をもう一度見やった。
夕闇に沈んでいく山の輪郭が、昼間見た時よりも不穏に見えるのは、気のせいではないはずだった。
明日には街道が完成する。喜ぶべき節目のはずが、素直に喜べない自分がいた。
橋を架け替えた時も、最初は些細な違和感から始まった。今回もまた、同じ予感がする。
数字と現物、二つの筋から辿れば、何かが見えてくるはずだ。
その正体は、まだ形になっていなかった。
次回の更新は、8月 5日 21:10を予定しています。
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