第26話 現場監督、街道工事に着手する
ヴィムとの交渉から数日、約束通りの荷が村に届いた。
朝の光の中、荷馬車が連なって村道を進んでくる。荷台に積まれた木材からは、まだ切ったばかりの匂いが漂っていた。
荷馬車から降ろされる木材と石材を、誠は一本ずつ、一つずつ目で追った。念入りな検分ではない。数量に間違いがないか、輸送中に傷んだものがないかを確かめる程度だ。
「全部、揃ってるな」
「ヴィムも律儀に約束を守ったもんだ」
バルドが荷の脇で腕を組み、満足げに頷いた。
「あの調子なら、次からも安心して頼めそうだ」
「一度信用させりゃ、それを裏切るような真似はしない男さ。商人ってのは、そういうもんだ」
バルドはそう言うと、木材の一本を持ち上げて重さを確かめた。乾燥の具合も、この間の検分の通りだった。
村人たちも荷降ろしを手伝いに集まってきていた。数日前まで見慣れなかった資材の山が、今日から現場を作る材料に変わる。誠はその光景に、着工が現実のものになった手応えを感じていた。
朝、崩落現場には村人たちが集まっていた。吐く息が白く、頬が赤くなるほどの冷え込みだったが、誰の顔にも気負いがあった。手には鍬や鋤、荷運び用の背負い籠が握られている。
「並べ、並べ! 端から詰まって突っ立ってるんじゃない」
声を張り上げているのはガルフだった。大柄な体で村人たちの間を歩き回り、道具の配置や立ち位置を手早くまとめていく。作業員長としての振る舞いが、すっかり板についていた。
「今日は山側の溝切りから始める。誠の指示通りに並べ」
村人たちが列を整えるのを見届け、誠は崩落箇所の全体を指し示しながら、今日の作業を説明していった。
段取りを一通り話し終えたところで、街道の向こうから見慣れない一団が近づいてくるのが見えた。
革鎧に武器を帯びた者たちだ。数は五、六人。統率の取れた足並みではなく、それぞれが好き勝手な歩調で歩いている。
「あれは何だ」
バルドに尋ねると、彼は木材を運ぶ手を止めずに答えた。
「冒険者ギルドの護衛だな。山間の工事は魔物や落石の危険があるから、レオン様が手配したんだろう」
「冒険者ギルド?」
「魔物討伐や護衛を請け負う、何でも屋みたいなもんだ。国のどの町にも支部があって、依頼を受けて動く。腕は立つが、規律ってもんとは縁遠い連中も多いぞ」
「今回は、山間部での落石や獣避けが主な役目だろう。工事そのものには関わらせないはずだ」
「なら、あいつらの扱いはこっちの現場のやり方に合わせなくてもいいってことか」
「本来はな。だが同じ場に長くいりゃ、いずれ揉めるだろうよ」
バルドの読みは、思いのほか早く当たることになる。
一団の先頭に立つ、傷だらけの革鎧をまとった男が、誠たちの方をちらりと見た。名乗りもせず、値踏みするような一瞥だけを寄越して、仲間たちの方へ向き直る。詳しい素性は誠にもまだ分からなかった。
朝礼が終わり、作業の割り振りが始まっても、冒険者たちは輪から離れた場所で座り込んだままだった。焚き火を囲み、暇そうに欠伸をしている者までいる。
放っておくべきか、誠は思案していた。頭ごなしに叱ったところで、彼らの働き方が変わるとは思えない。契約の中身も、規律の作り方も知らない相手に、いきなり現場の流儀を押し付ければ、反発だけが残る。段取りが先だ。まずは相手のやり方を見極めてからでいい。
そう考えている間に、テオが先に動いていた。
「あんたら、持ち場につけよ」
歩み寄っていくテオに、先頭の男が面倒くさそうに片手を挙げる。
「護衛は護衛だ。土を掘るのは俺たちの仕事じゃない」
「誰も掘れとは言ってない。朝礼にも出なかったな。何が起きてるか知らないまま突っ立ってて、いざって時に動けるのか?」
「小僧に説教される謂れはない」
「小僧で悪かったな。だが、この現場で何が起きて、どこが危ないか分かってないと、護衛もクソもないだろ」
男が鼻で笑おうとしたが、テオは怯む様子もなく続けた。
「上の斜面はまだ緩んでる。あんたらが座り込んでる場所も、絶対安全とは言い切れない。それでも突っ立ってたいなら、好きにすればいい」
その一言に、男の表情がわずかに変わった。
テオは崩落箇所の位置と、今日の作業範囲を手早く説明していく。かつて規律を鼻で笑っていた男が、今は誰より現場の秩序にうるさい顔をしていた。
冒険者たちは面食らったような顔をしていたが、やがて一人が渋々立ち上がり、崩落箇所の見える位置に移動した。
誠はその様子を少し離れた場所から見ていた。
規律を毛嫌いしていた男が、今は誰よりもうるさく規律を説いている。人は変わる。それも、こんなにあっさりと。段取りを練っていた自分より先に、体が動いていた男がいる。
村道を直した頃には想像もしなかった光景だった。
作業が始まった。
村人たちは山側の斜面に取り付き、誠が示した通りの位置に溝を切っていく。凍った表土を鍬で割り、その下の柔らかい土を掘り進める。息を合わせた掘削は、橋を架け替えた時よりも慣れた手つきだった。ミラが要所要所で土を持ち上げ、運搬の手間を省いていく。
「ここは、もう少し深く」
誠の指示に、ミラの手元で土が滑らかに動いた。魔力に頼りきりにはせず、あくまで人力の補助として使う。溝の底が徐々に形を作っていった。
途中、水はけを確かめるために誠自身も鍬を握った。土の重さ、含む水分の量、掘り進める硬さ。数字では測れない感覚を、体で確かめながら溝の深さを調整していく。
冷えた土の匂いが鼻をつく。手袋越しにも伝わる冷たさに、指先が徐々に感覚を失っていくのが分かった。それでも誰も音を上げなかった。
日が傾く頃には、崩落箇所の半分近くまで溝が通っていた。
「今日はここまでにするか」
ガルフの声に、村人たちが一斉に手を止めた。疲れた顔の中に、それでも達成感が滲んでいる。ガルフ自身も溝の出来を覗き込み、満足げに頷いた。
「明日には、向こう側まで抜けそうだな」
「順調にいけば」
村人たちが道具を片付ける中、誠はふと、冒険者たちの一人がじっとこちらを見ていることに気づいた。
先頭に立っていた、傷だらけの革鎧の男だった。
日暮れの薄暗さの中、男の目つきには昼間の投げやりさとは違うものが混じっていた。何か言いたげな顔をしていたが、結局何も言わず、視線を外して仲間たちの方へ戻っていく。
その視線の意味は、まだ分からなかった。
次回の更新は、8月 3日 21:10を予定しています。
【お願い】
もし面白かったら、下のブックマーク(★)や評価で応援いただけると非常に励みになります!
(ブックマークは下の「ブックマークに追加」ボタンからお願いします)
【本作品のAI利用について】
本作品は「小説家になろう」の規定に基づき、生成AIを執筆・構成の補助として使用しております。
※本作品は「カクヨム」様にも掲載しております。




