第25話 現場監督、資材を目利きする
クロイツェンの町、職人ギルドの工房を訪ねると、炉の熱気が真っ先に顔を炙った。
外の冷え込みに縮こまっていた体が、じわりと緩む。吐く息の白さも、戸口をくぐった途端に消えた。金属を叩く音、木屑の匂い、炉の炎が壁に落とす揺れる影。冬の外気とは別世界の熱気だった。
「おう、来たか」
バルドが金槌を置いて振り返る。工房の奥では、弟子たちが冬支度の道具を並べ替えていた。防寒用の外套や、雪かき用の道具が壁際に積まれている。
「街道の補修に必要な資材について相談したい」
「木と石だな。量は」
「崩落箇所の規模から、だいたい見積もった。土留めの丸太が要る分と、路面を固める石材だ」
誠が数字を挙げると、バルドは顎髭を撫でながら頷いた。
「橋の時よりは大分軽いな。それなら急ぎでも揃うだろう」
「これなら、ヴィムのところだな。あそこが一番、質のいいものを回してる」
「知り合いか」
「食えねえ男だよ。愛想はいいが、油断すると足元見られるから気をつけろよ」
バルドはそう言って、案内に立った。
町の商人街の一角、資材を扱う店の奥から、恰幅の良い男が出てきた。着ているものは上等だが、嫌味にならない程度に整えられている。
「これはこれは、バルド親方。今日はまた別嬪連れて……おっと、こちらは男性。失礼」
「ヴィム、冗談はいいから、資材の話だ」
「相変わらず愛想がないなあ、親方は」
ヴィムと名乗った男は、丸い顔いっぱいに笑みを浮かべて誠に手を差し出した。分厚い手のひらは、荷を扱い慣れた者の硬さをしている。
「バルド親方から聞いてますよ。村の橋を架け替えたって? にわかには信じがたい話だが、親方がそこまで肩入れするとなると、眉唾でもなさそうだ」
「過分な評価を受けてる気がするな」
「謙遜するねえ、監督殿は。まあいい、追い追い分かることだ」
ヴィムはそう言って笑うと、店先に目をやった。棚は半分ほどしか埋まっていない。
「街道が使えなくなってから、商売の方はどうだい」
誠が聞くと、ヴィムの笑みがわずかに苦いものに変わった。
「参ってますよ、正直。北回りは日数も宿代もかさむ。ここらの商人は軒並み青息吐息だ。うちも、抱えてる在庫を捌ききれずに困ってる」
「だから、我々商人としても、街道の補修はありがたい話だ。旅の無事はシルフェ次第とはいうが、道が繋がってなけりゃ、シルフェ様も守りようがない」
軽口を叩きながら、ヴィムは奥から木材と石材を運び出させた。手代たちが次々と荷を積み上げていく。
「ささ、見てください。うちの品はどれも上物ですよ。よそに行くより安心できる」
そう言う間も、ヴィムの目は誠の作業着や、腰の道具入れをさりげなく観察していた。値踏みされている、と誠は気づいた。
「監督殿は、この辺りの生まれじゃなさそうだ。もっと遠くから流れてきた口かな」
「まあ、そんなところだ」
「腕一本で成り上がる人間は嫌いじゃない。うちも似たようなものです」
ヴィムはそう言って笑うと、話を切り上げるように手を叩いた。
「さて、無駄話はこのくらいにして。実際に見てもらいましょうか」
誠は木材の一本を手に取り、まず年輪を確かめた。詰まり方が均一で、節の位置も端に寄っている。悪くない。
次に叩いてみる。乾いた高い音が返ってきた。水分が抜けている証拠だ。
「いい木を使ってるな」
「でしょう。うちは選び抜いた品しか置きませんから」
そうやって数本を確かめ、誠は次の一本、また次の一本と手に取っていった。バルドも横で別の山を検分している。二人の手が、示し合わせたわけでもないのに自然と分担していた。
だが、山の中ほどに積まれた数本だけ、様子が違った。
年輪の間隔が粗い。叩くと、音がわずかに鈍い。
「これは」
「ん? ああ、そちらも良品ですよ」
ヴィムの笑みは崩れない。だが誠は構わず、その一本を手に取り、断面に爪を立てた。柔らかい。水気がまだ残っている証拠だ。
「乾燥が甘い。これを使うと、数年で反りが出る」
バルドも横から一本を取り、同じように断面を確かめた。
「……確かに。木目の色も心なしか若い。これは伐ってからそう経ってないだろう」
二人がかりで検分されて、ヴィムの笑みがほんの一瞬、削げるように消えた。
「よく分かりますね、旦那」
「監督だ。旦那じゃない」
「これは失礼。……監督殿は、木を見る目をお持ちのようだ」
石材の検分に移る。誠は一つずつ手に取り、角の欠け方を確かめ、断面に走る層の入り方に目を凝らした。冷えた石の表面が、指先の感覚を鈍らせる。
「こっちの層は詰まってる。荷重をかけても割れにくい」
そう言って積み上げていく傍らで、バルドが別の一角から声を上げた。
「おい、これは駄目だ」
指の先で叩くと、乾いた音ではなく、こもった鈍い音が返ってきた。
「層が薄い。叩くとこの通り、簡単に剥がれる」
軽く力を入れただけで、石の表面が薄く割れて崩れ落ちた。
「これじゃ、砕けて詰め物にしかならん」
誠も別の場所から、似たような質の悪い石をいくつか見つけ出した。上に良品を重ねて、下に紛れ込ませてある。積み方まで含めて、意図的な仕込みに見えた。
示し合わせたわけでもないのに、誠とバルドは互いの見ている場所を避けるように動き、店の商品を隅から隅まで検め終えていた。共に橋を組んだ日々が、無言のうちに手つきを読み合う呼吸を作っていた。
「参ったな……これは下働きが間違えて出したものです。すぐに引っ込めましょう」
ヴィムはようやく仮面を外したような顔で、額の汗を拭った。愛想笑いの下から、値踏みする商人本来の顔が覗いていた。
「単刀直入に言おう。良品だけを、相応の値で欲しい」
「ええ、ええ。それでこそ商売です。値切られるより、目利きされる方が気持ちいい」
ヴィムは声のトーンを一段落とし、初めて商人としての顔で向き合ってきた。
「正直に言うと、あんたみたいな客は久しぶりだ。大抵は言い値のまま買っていくか、逆にわけも分からず値切ってくるかのどちらかだ。分かった上で買われると、こっちも変な物は出せなくなる」
「街道が直れば、隊商も戻ってくる。あんたの仕事は、俺たち商人にとっても他人事じゃない。そこは正直に言っておく」
「その分、無理な安値は言わない」
「望むところだ」
ヴィムは帳面を取り出し、数字を書きつけながら値を提示した。誠が必要な分量を確認し、二度ほどやり取りを重ねて折り合いがついた。
「街道工事の開始までに、これだけの量を届けてもらう。木材は特に、乾燥の甘いものは一本も混ぜるな」
「肝に銘じましょう。監督殿に見られてるとなると、下手な仕事はできない」
価格と納期の交渉は、そこから驚くほど早くまとまった。良品を選び直し、必要な分量を確定させ、街道工事開始までに届けるという約束が結ばれる。
工房への帰り道、日はもう傾きかけていた。吐く息が、また白く濃くなっていく。
バルドがふと足を止めた。
「砦の資材は、こっちの筋とは別だぞ」
「別?」
「軍の備蓄から出す決まりだ。ヴィムみたいな商人は関わらない。……あそこは山ほど余ってるはずなのに、何でか出し渋るって噂もあるがな」
バルドはそれ以上語らず、また歩き出した。
誠はその背中を追いながら、懐にしまったままの木片のことを思い出していた。
同じ町の中で、これほど質にうるさい商人がいる。それなのに、砦の資材だけが、なぜか別の顔を持っている。
次回の更新は、8月 2日 21:10を予定しています。
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