第19話 現場監督、川を動かす
着工の朝は、まだ暗いうちから川岸に人が集まり始めた。
霜の降りた地面を踏みしめる足音が、あちこちで重なる。吐く息は白く、村人たちの持つ松明の灯りが、薄闇の中に点々と浮かんでいた。村の顔ぶれに混じって、バルドの職人たちの姿もある。ふだんは別々の場所で働く二つの集団が、今日初めて同じ現場に立っていた。
互いに様子を窺うような空気が漂っている。村人たちは町の職人の道具の質に目を丸くし、職人たちは村人たちの数の多さに戸惑っているようだった。
誠は皆の前に立ち、声を張った。
「朝礼を始める」
村人たちには馴染みのある光景だが、職人たちは戸惑ったように顔を見合わせている。
「今日から、水路掘削班、石組み班、基礎組み班の三つに分かれて動いてもらう。水路掘削は村の人手が中心、石組みはバルドさんの職人、基礎組みはバルドさんと俺で見る」
誠は各班の顔ぶれを指差しながら確認していく。テオが水路掘削班をまとめ、ガルフが力仕事の要として入る。バルドの職人三人が石組みに、誠とバルドが基礎組みを直接見る割り振りだった。
「最後に、今日の危ない所を先に言っておく」
「危ない所……ですか」
石組み班の職人の一人が、怪訝な顔をした。
「事故は、起きてから考えても遅い。先に、どこで何が起きそうか、みんなで出し合う」
誠が促すと、最初は戸惑っていた村人たちも、慣れた様子で次々と声を上げた。
「石を運ぶ時、足元がぬかるんでます」
「基礎組みの穴は深いんで、崩れに注意です」
石組み班の職人たちは初め黙って聞いていたが、誠がその一つ一つに「なら、そこは板を敷こう」「二人一組で運べ」と対策を返していくのを見て、次第に自分たちも口を開き始めた。
「石は重い。落としたら、足を潰す」
「なら、足先を守る覆いを用意しろ。今すぐでなくていい、明日までに」
そして、テオが手を挙げた。
「水路を掘ってる途中、水が下から湧いてくるかもしれません。前に、井戸を掘った時にそういうことがありました」
「良い指摘だ。掘削中は、常に足元と壁面を見ておけ。湧水があれば、すぐ声を上げろ」
誠が頷くと、テオは少し誇らしげな顔をした。バルドの職人たちも、最初の戸惑いが薄れ、次第に真剣な表情でやり取りに加わり始めていた。
「よし、始めるぞ」
誠の号令で、それぞれの班が持ち場へ散っていった。
水路の予定地に、誠とミラが並んで立った。
「ここから、あそこまで。掘るというより、土を持ち上げて水路の形に成形する」
誠は地面に線を引きながら説明した。ミラは深く息を吸い、両手を地面にかざした。
「川を、本当に動かすんですね」
「動かすんじゃない。逃がすんだ。行き先を、お前が用意してやる」
ミラが目を閉じ、意識を集中させる。地面がわずかに震え、やがて土が意志を持ったかのように盛り上がり始めた。
川岸に集まった村人と職人たちから、どよめきが上がった。
「川を、動かすんですか!?」
誰かが叫んだ。土は生き物のようにうねり、水路の輪郭を描いていく。同時に、川の上流側の岸が少しずつ盛り上がり、水の逃げ道を作っていった。土煙が朝日に照らされ、金色に舞い上がる。バルドの職人たちは、道具を握ったまま、口を半開きにして立ち尽くしていた。
誠はミラの隣で、頭の中に水路の断面と深さ、勾配を思い描き続けていた。ただ土を動かすだけでは、水は思い通りには流れない。精度は、誠が与える心象の正確さにかかっている。
「ミラ、あと少し深く。奥の方を、もっと緩やかに」
「うん……こう?」
ミラの額に汗が浮かぶ。だが、その動きに迷いはなかった。誠の指示と、ミラの魔力が噛み合うたび、水路は目に見えて完成に近づいていった。
石組み班の職人たちは、道具を持ったまま作業を止めていた。誰もが、目の前の光景から目を離せずにいる。
バルドが、腕を組んだまま呟いた。
「……こいつは、桁が違うな」
かつて誠の理屈を疑っていた職人たちも、今は言葉を失って土の動きに見入っていた。
水路がほぼ形になった頃、掘削班の一角から声が上がった。
「監督!水が、下から!」
テオの声だった。予告した通り、掘っていた地面の底から水が滲み出し始めていた。
周囲の村人たちが一瞬色めき立ったが、朝礼で聞いていた通りの事態に、大きな混乱にはならなかった。
誠は駆け寄り、湧水の広がりを一目で見た。
水量、広がる速さ、周囲の土の色。
判断は一瞬だった。
「そこの区画だけ止めろ! 反対側から迂回して掘れ! 土嚢を持ってこい!」
指示を受けた村人たちが、迷いなく動いた。朝礼で危険を共有していたからこそ、混乱は最小限で済んだ。ガルフが真っ先に土嚢を担ぎ、湧水の広がりを堰き止めていく。バルドの職人たちも、村人の動きを見て、すぐさま加勢に回った。
数分もしないうちに、湧水は制御下に置かれた。
「危なかったな」
バルドが誠の隣で呟いた。
「先に言っておいたおかげです。誰も慌てなかった」
誠がそう答えると、バルドは何も言わず、小さく頷いた。その目には、また一つ、誠のやり方への理解が積み重なっているようだった。
昼を過ぎる頃、ミラが最後の一盛りを終えた。
水路に水が流れ込み始め、元の川の流れが、みるみるうちに細くなっていく。やがて、川床の一部が完全に姿を現した。
濡れた石と土がむき出しになった河床を見て、村人たちから歓声が上がった。石組み班の職人たちも、目を丸くしてその光景を眺めていた。
「本当に、乾いた場所ができた」
誰かが呟いた声に、誠は小さく頷いた。
朝は遠巻きに様子を窺っていた職人たちが、今では自分から村人たちに声をかけ、道具の使い方を教え合っている。二つの集団の間にあった壁は、今日一日で確かに薄くなっていた。
「バルドさん、基礎組みに入れます」
「ああ。ここからが、本番だ」
バルドが道具を手に取り、乾いた河床へと足を踏み入れた。誠もその後に続く。
「監督、今日だけで、こんなに進むなんて」
ミラが、疲れの滲む顔で、それでも嬉しそうに言った。
「お前の魔法がなけりゃ、何日かかっても終わらなかった仕事だ」
「……そっか。私、ちゃんと役に立ってるんだ」
その一言に、誠は小さく頷いた。かつて村で誰にも認められなかった魔法が、今では誰よりも仕事を前へ進める力になっている。
冬までの日数は、指折り数えるほどしか残っていない。だが、材料も、技術も、人手も、今日ここに揃った。
乾いた川底に、初めて誠たちの足跡が刻まれていった。
次回の更新は7月27日 21:10を予定しています。
【お願い】
もし面白かったら、下のブックマーク(★)や評価で応援いただけると非常に励みになります!
(ブックマークは下の「ブックマークに追加」ボタンからお願いします)
【本作品のAI利用について】
本作品は「小説家になろう」の規定に基づき、生成AIを執筆・構成の補助として使用しております。
※本作品は「カクヨム」様にも掲載しております。




