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第14話 現場監督、棟梁に試される

夕暮れの町は、日中とは違う顔を見せ始めていた。軒先の灯りが一つ、また一つと灯り、路地には夕餉の匂いが漂う。吐く息はもう白く、日が落ちるにつれ、冷え込みが一段と増していた。


工房を出て、宿の方角へ数歩進んだところで、背後から声がかかった。


「待て」


低く、太い声だった。振り返ると、先ほどの――樽のように横に厚い体つきの男が、工房の戸口に立っていた。焼けた赤ら顔に、値踏みするような目。腕を組んだ右手の指は、二本欠けていた。


「お前、橋脚の根元が削れてたと言ったな」


「聞こえてましたか」


「工房は狭い。聞こえないわけがなかろう」


男はゆっくりと近づいてきた。木くずの匂いと、汗の匂いが濃くなる。隣で、ミラが誠の袖をそっと引いた。緊張しているのが伝わってくる。


「俺はバルド。この町の職人組合で、棟梁をやっている」


「轟誠です」


バルドは名乗りには興味がないというように、すぐに本題へ戻った。


「川底が掘れて、橋脚が持っていかれた。そう言ったな」


「ええ」


「見てもいないのに、よく分かったもんだ」


嘲るような響きがあった。誠は動じずに答えた。


「見たから分かりました。橋脚の周りだけ、川底の深さが違ってた」


「水が土台を削る、というのは知ってる。だが、それだけで木の橋脚が傾くか?」


試すような問いだった。誠はしばらく考え、答えた。


「傾いた後、自重で沈んだんだと思います。基礎が水平を保てなくなれば、あとは重さが仕事をする」


バルドの片眉が、わずかに動いた。その目の奥に、一瞬だけ何かがよぎった気がした。誠には理由が分からなかったが、単なる興味や疑いとは違う色だった。


「なら、直したところで同じ場所に橋を架けりゃ、また同じことが起きるな」


「ええ。なので、今回は基礎から見直す必要があります」


「どう見直す。言ってみろ」


誠は少し考えてから答えた。


「橋脚の周りに石を組んで、流れが直接土台を削らないようにします。それと、川底が掘れやすい場所そのものを避けて、基礎の位置を少しずらすのも手です」


バルドは目を細めた。


「石を組む、か。この辺りじゃ、聞いたことのない工法だな」


「新しいものじゃありません。ただ、知られていないだけです」


「石はどこから運ぶ気だ。ここいらの川原の石じゃ、流れに負けて動くぞ」


バルドの声に、初めて実務の色が混じった。


「川上に、もっと大きい石が転がってる場所があります。運ぶ手間はかかりますが、川を使って村総出でやれば」


「村の人手だけで、川の中の作業をやる気か」


「危ない作業は、季節と水位を選びます。今の時期なら、水も減って浅い」


ミラが横で小さく頷いていた。冬に向けて水位が下がる今こそ好機だという理屈は、村での経験と重なっているのだろう。


バルドは、しばらく黙って誠を見つめていた。


「……お前、本当に現場の人間なんだな」


「異国の生まれですが。橋や道を、長く見てきました」


嘘ではなかった。誠はそれ以上、詳しくは語らなかった。


バルドは腕を組んだまま、しばらく誠を見下ろしていた。工房の奥では、他の職人たちが手を止め、こちらの様子をちらちらと窺っていた。棟梁が自ら表に出て、余所者と長々と話し込むことなど、滅多にないのだろう。


「理屈だけの野郎は、これまでも何人も見てきた。図面は綺麗でも、現場に立たせりゃ何もできん」


その声には、単なる偏屈さだけでなく、何か具体的な記憶を踏まえたような重みがあった。


「俺は図面の人間じゃありません。現場の人間です」


「口じゃ、いくらでも言える」


バルドの声には、まだ疑いが残っていた。だが、先ほどまでの完全な拒絶とは、わずかに質が違っていた。


「お前がここへ来た理由は、木材と金具だったな」


「はい。それと、腕のいい職人の力です」


「さっきうちの職人が、片手間仕事はやらんと言っただろう」


「もう一度、頼みに来ます。今日じゃなくても」


バルドは鼻を鳴らした。呆れたような、それでいてどこか面白がっているような音だった。


「ヴァルガは口先だけの奴を一番嫌う」


低い声で、独り言のように付け足す。


「――本当に、川底が原因だと言い切れるなら」


一拍、間があった。


「証明してみせろ。口じゃなく、その現場で」


それだけ言うと、バルドは背を向け、工房の中へ戻っていった。振り返ることはなかった。


「……なんか、認められた、のかな?」


ミラが小声で聞いてきた。強張っていた肩から、ようやく力が抜けたのが分かる。


「いや」


誠は工房の戸口を見つめたまま、答えた。


「まだ、何も認められてない」


だが、頭ごなしの拒絶とは違う何かが、あの背中には残っていた気がした。片眉が動いた、あの一瞬の目の色も。ただ頑固なだけの男には見えなかった。


「監督、あの人、何か知ってるみたいな顔してたね」


「……そうだな」


誠にも、うまく言葉にはできなかった。だが、確かに何かがあった。橋脚の話をした瞬間だけ、バルドの目つきが変わった。理屈への疑いとは、質の違う反応だった。


宿への道を戻りながら、誠は空を見上げた。日はすでに落ち、星が瞬き始めている。凍える夜になりそうだった。


「でも、証明してみせろって、どうやって?」


ミラが並んで歩きながら聞いた。


「まだ分からん。だが、口約束じゃなく、目の前で結果を見せろってことだ。それなら、村でもう一度やったことだ」


「村道と同じ、ってこと?」


「規模は違う。だが、やることは変わらない」


誠は歩きながら、頭の中で段取りを組み始めていた。石組みの調達、川の流れの確認、村の人手――一人で背負う必要はない。ドルガにも、ガルフにも、相談すればいい。


宿に入ると、誠は借りた紙の切れ端に、覚えている限りの川の形を描き始めた。橋脚の位置、流れの向き、石を組む場所の見当。ミラが横から覗き込み、時々何かを指さして質問する。


「段取り八分、仕事二分、だっけ」


「そうだ。証明の場に立つ前に、もう半分は終わらせておく」


窓の外はすっかり暗くなり、町の喧騒も次第に静まっていく。だが誠の手は、夜が更けるまで止まらなかった。


「証明してみせろ」――その一言が、誠の中で重く、それでいてどこか温かく響いていた。

次回の更新は、7月22日 21:10を予定しています。


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