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魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ②眼を、隠す

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第23話 レオの言葉

家までレオと一緒に水を運んだ。


家の前でエマが待っていてくれた。


「あら、レオくん。来てくれたの?」


「エマさん、こんにちは」


レオは礼儀正しく頭を下げた。


「途中でリナの桶、運んでくれたの?」


「うん。半分こぼれちゃったけど」


「……あら、リナ、頑張ったのね」


エマがわたしの頭を撫でた。

何が起きたかたぶんエマには半分くらい伝わっていた。

それでも彼女は深く追及しなかった。


「レオくんちょっと上がっていく? いまパン焼いたところよ」


「いいの?」


「ええ。お礼しないと」


——レオは嬉しそうに頷いた。


◇◇◇


居間でレオは、エマが切ってくれたパンをもぐもぐと食べていた。


わたしはその隣で自分のパンをちぎりながら、ぼんやりと彼を見ていた。


(——レオ)


(——同い年の男の子)


(——いままでちゃんと話したことなかった)


家族とグスタフ親方しか、わたしには村での「居場所」がなかった。

だけど、もしかしたら、


(——レオも、わたしの「居場所」になるかもしれない)


胸の奥がふわりと温かくなった。


「リナ」


レオがパンを飲み込んでわたしを見た。


「うん」


「お前本当に何やってるの? 最近、グスタフさんとこに毎日行ってるって聞いた」


「うん。鍛冶屋さんの工房」


「そんなの、面白いの?」


「うん。とっても」


——レオはしばらくわたしを見つめた。


それから首を傾げた。


「ふーん。変わってる」


——でも、その「変わってる」は、


さっきの年上の子供たちが言った「変わったやつ」とはぜんぜん響きが違った。


レオの「変わってる」は、ただ事実を述べていた。

そこに嫌悪も優越感もなかった。


——ただ、不思議、というだけ。


(……あ、)


(……この子、もしかして悪気がない)


胸の奥で何かがほどけ始めた。


「レオ、ありがとう」


わたしは思わずぽつりと呟いた。


「ん? 何が?」


「あの、さっき助けてくれて」


「ああ、あれ?」


レオは肩をすくめた。


「俺、あいつら嫌いだから」


「嫌い?」


「うん。アイラお姉ちゃんとか、いっつも年下に偉そう」


——アイラ、というのがたぶんさっきの年上の子の一人の名前。


「レオはなんで嫌いなの?」


「だって人を馬鹿にするから。俺、馬鹿にされるの嫌い」


——その単純さが、なんだか可愛らしかった。


「レオも馬鹿にされたこと、ある?」


「あるよ。俺、勉強苦手だから」


「あ、そうなんだ」


「うん。お前は勉強できそうだ」


レオがわたしを見て、にやりとした。


「レオは何が得意?」


「鶏の世話。あと、走るの」


「速い?」


「うん。村の同い年の中じゃ一番」


「すごい」


レオは嬉しそうに胸を張った。

八歳児の素直な誇り方だった。


◇◇◇


「レオ」


「うん」


「もしまた明日会えたら、お話聞かせてくれる? レオの好きなことを」


——わたしは思い切って言った。


レオはぱちぱちとまばたきして、それから、


「うん、いいよ」


と頷いた。


「俺の好きなこと、聞いてくれるの初めて」


「えっ、本当?」


「うん。大体、お母さんとかは『そんなのいいから勉強しなさい』って言う」


——なんだかその言葉が、わたしの胸をちょっとつねった。


(……レオ、寂しいんだ)


(——「魔力なき者」のわたしと、勉強が苦手なレオ)


(——たぶん似てる)


(——「みんなの中でちょっと外れてる」という似た位置にいる)


——わたしは心の中で決めた。


(——レオと、ちゃんと友達になる)


(——わたしの初めての、家族以外の友達)


エマが片付けをしている台所から、ふっとわたしたちを見た。

そして何かを察したように優しく微笑んだ。


◇◇◇


レオが帰った後、わたしは屋根裏に上がった。


窓の外を見た。

青の月の終わりの、強い日差し。

村の屋根が白く光っていた。


(……たくさん、あった、今日)


頭の中でわたしは整理した。


(——朝井戸で、おばさんたちの「優しい侮蔑」を受けた)


(——道で、子供たちの「あからさまな悪意」を受けた)


(——そしてレオが間に入った)


(——レオの「変わってる」は悪意ではなかった)


——胸の奥には、まだちくちくと何かが残っていた。


おばさんたちの言葉。

子供たちの笑い声。

桶を半分こぼした失敗。


それでも、


レオの差し出した手の温度が、それを上書きしてくれた。


(——わたしはひとりじゃない)


——心の中でもう一度噛みしめた。


(——家族と、グスタフ親方さん、そしてレオ)


(——わたしの「居場所」が少しずつ増えていく)


明日もレオに会えるだろうか。

会えたら、彼の好きなことをたくさん聞きたい。


そう思いながらわたしはノラを抱き上げて、もう一度家族の輪に戻った。


階下からエマの「お昼ご飯よー」と呼ぶいつもの声が聞こえてきた。


■あとがき・解説


第23話も技術用語の少ない、感情の回でした。井戸の帰り道に割って入ってくれたレオが、家のパンを食べながらぽつりと「変わってる」と呟く。たったその一言が、リナの胸の奥でどれほどの意味を持ったか。今回はその辺りを少しだけ書き残しておきます。


■この話で起きたこと


■同じ言葉、ちがう響き


ほんの少し前、年上の子供たちはレオを指して「変わったやつ」と笑いました。同じ「変わってる」という言葉なのに、レオがリナに向けた「変わってる」は、まったく別の手触りをしていました。


何が違うのか。レオの言葉には比較も評価も入っていないのです。「みんなと違う」を「だから下」とつなげない。ただ「自分とは違う」を「ふしぎだな」と受け取る。それだけ。


世の中には、人と人を区別する言葉が無数にあります。けれど区別したあとにそこへ上下をつけるかどうかは、まったく別の動作です。レオの八歳児の率直さは、その区別と評価の間にすっと線を引いてくれていました。リナの胸の奥で「ほどけ」が起きたのは、たぶんここでした。


■「みんなの中でちょっと外れている」似た者同士


レオは勉強が苦手で、家でも「そんなのいいから勉強しなさい」と言われるタイプの男の子。リナは魔力なき子で、井戸の前で「一人で来ない方がいい」と言われるタイプの女の子。


得意なことも苦手なことも違うのに、二人は村の真ん中からちょっとだけ外れた場所に立っている、という意味では似た位置にいました。リナが「たぶん似てる」と感じ取ったのは、その立ち位置の角度のことです。


似た位置に立つ人同士は、お互いをわざわざ「励ます」必要がありません。ただ隣にいて、それぞれの好きなことを話せばいい。それだけで、いつの間にか足元の地面が少しずつ広がっていく。リナにとって、レオはそういう種類の「友達候補」でした。


■「初めての、家族以外の友達」


これは技術の話ではなく、人間の話です。リナの前世は社会人として走り抜けた末の過労死でした。きっと友達らしい友達は、もうずいぶん前から疎遠になっていたはず。それより前の学生時代に、こんなに真っ直ぐに「俺、あいつら嫌いだから」と隣に来てくれる友達がいたかどうか。


リナ自身が屋根裏で噛みしめていたように、たぶん前世にもいなかった。だからこそレオの差し出した手は、八歳児の手の温度を超えて、リナの中の「もうひとりの前世のリナ」までを少しだけ温めた、そういう手だったのだと思います。


明日もレオに会えるかな。会えたら、彼の好きなことをたくさん聞きたい。


そんな小さな約束を胸に抱えて、リナは家族の輪に戻っていきました。井戸の冷たさを覆い隠すほどの温度ではなくても、少なくともそれと並べて置いておけるくらいの、温かな何か。


次の話もお楽しみに。


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